「あ……?」
ペリーヌ・クロステルマンが目覚めた先に見えたのは病室の天井であった。
しばらくその意味が分からず、ぼんやりと天井を眺めて過ごす
が、徐々にこうなったであろう原因の記憶を思い出し、状況を理解する。
そう、自分はネウロイに対して無茶な行動をした。
そしてその結果、負傷してしまったのだ。
「ん、眼が覚めたか中尉」
「…っ!!バルクホルン大尉!」
横から声が掛けられる。
振り向けばそこにはぎこちなく腕を挙げるバルクホルンがいた。
よく見れば手から腕にかけて包帯が巻かれており、同じく負傷したのだろう。
いや、違う。
そんな原因を作ったのはペリーヌ自身だ。
「申し訳ございません、大尉!!
私があんな事を…あんな事をしなければ大尉は負傷しなかったのに!!」
起き上がりバルクホルンに頭を下げるペリーヌ。
無理にネウロイに突撃していた自分を止めようとしていたのを覚えていた。
「あ、ああ。別に気持ちが落ち着かず、
むしゃくしゃする時だってあるさクロステルマン中、ペリーヌ」
対するバルクホルンは気にするなと言いたげな言葉で答えた。
しかし、ペリーヌの心が追いついていなかったことを知っていた。
それを知った上での言葉にペリーヌは自分の未熟さを思い知り、落ち込む。
「大尉がいなかれば今頃私は……」
「そ、そんな顔をするな。
それに感謝するならわたしじゃなくて宮藤だ。
宮藤がネウロイを仕留めたお陰でこうして生きていられるのだから」
「あの宮藤ですって!!?」
思わぬ人物が出てきたことでペリーヌが叫ぶ。
宮藤、宮藤芳佳といえばペリーヌが密かに慕っている坂本少佐の同郷というだけでも気に入らないが、
何よりも気に入らないのは少佐に可愛がられており、自分ではとても進展できないほど密接な関係を築いている。
「…本当にあの子は実戦はここが始めてですよね、大尉?」
「本当だぞ、わたしも信じられないけど」
それに輪に掛けて気に入れないのは、
圧倒的なウィッチとして才能をこれでもかと見せ付けてくることだ。
未熟な所は多いが訓練を重ねるごとに徐々に洗練されており、とてもこの間まで一般市民だったとは思えない。
だからこそ、ペリーヌは宮藤が羨ましかった。
少佐に可愛がれている上に、自分と殆ど変わらぬ歳で見せる才能。
はっきり言ってペリーヌは、
「私では勝てないのですね、あの子に…」
ペリーヌは宮藤に負けていた。
ウィッチとしての才能の差を思い知った。
そして湧き上がる劣等感を初めとする負の感情がペリーヌの心を支配し、やがて嗚咽と共に涙を流す、
「ぺ、ペリーヌ……」
その光景にバルクホルンは彼女の名前を口にすることしか出来なかった。
※ ※ ※
どうすればいいのだ?
と、言うのが正直な感想だ。
ペリーヌが思い詰めて情緒不安定なのは知っていたけど、
普段の強気の姿勢がこうも負の感情を露にして崩れるなんて。
いや、違うか。
単に強がっていただけかもしれない。
ペリーヌに家族はいない。
ようやく10台に入った所での離別。
そして戦争、さらに異郷で戦いに自ら身を投じた。
楽しい事よりも辛い経験の方が多く、ずっと辛いことを我慢していたのだろう。
そしてここ第501統合戦闘航空団は国際的な部隊だ。
真面目な彼女が祖国を代表する気概で緊張した日々を過ごしていたのは、
わたしだけでなくミーナに坂本少佐といった部隊幹部は皆知っている。
後はエイラだな。
エイラはしょっちゅう真面目なペリーヌを弄っていたけど、
ああ見えて歴戦のウィッチだからたぶんペリーヌが負の感情に陥らないように、
わざと挑発してペリーヌの感情を発散させていたし。
もしも同郷の人間、わたしにミーナ、エーリカのカールスラント組のように同じ国。
同じ部隊で過ごした戦友がいればペリーヌの心を癒すことができただろう。
「ぺ、ペリーヌ……」
彼女の名を口にするがそこから先が続かない。
どんな言葉を掛けても今のペリーヌに届かないからだ。
どうすればよいか?
他人の心を癒せるほど人生経験がないまま、
前世を終えてしまったわたしに出来ることが分からない。
転生憑依と言えばニコポ、ナデポでヒロインの心を掴むものだが、
現実でそんなことが出来る人間なんて非常に限られているのは分かっている。
そもそも同姓にフラグを立ててどうするということあるが…。
「う、うぅ……」
だけど、泣き続けるペリーヌを放って置くなんてできない。
彼女は前世でボクが知る物語の登場人物であると同時に今のわたしの仲間なのだから。
それにだ、泣いている女の子を放置するなんてありえない。
今では女の子、ついでに人種も変わってしまったが心は漢であり紳士でありたい。
だからわたしは黙ってペリーヌの傍に座り肩を貸した。
未だ涙と嗚咽を漏らす彼女はわたしにもたれ掛かり涙でわたしの服を濡らす。
「…………」
わたしはその間何も言葉を発せず引き続き沈黙を保つ。
なぜなら下手な同情や哀れみの言葉は返ってペリーヌの心を傷つけるからだ。
かつてのわたしのように。
わたしはまだこの世界に馴染めずいとことも有って夜には涙を零した。
色んな人がわたしに対して色々な言葉を掛けたけど、それで落ち着くことはなかった。
けどそんな時、当時親戚の子で今では兄となるゴドフリード兄さんは黙って傍にいてくれた。
どんな情けや同情の言葉よりも、それが一番良かった。
※ ※ ※
「ん…?」
誰かが自分の髪を撫でる感触であやふやな意識が覚醒する。
眼をうっすらと開けてみれば視界は横になっていた。
頬に感じる体温から誰かの膝を借りているようで、
心地良さにペリーヌは再度眠りにつこうとしたがある事実に気付く。
すなわちこの膝枕は誰の膝なのか、ということに。
『そろそろ眼が覚めたか?
まあ、そうでもなくてももう少し付き合ってもいいけど』
頭上から耳に届く声はカールスラント語。
東部カールスラント訛りがある口調でペリーヌは直ぐに声の主が誰かが分かった。
バルクホルンである。
「~~~~~っっっ!!!」
一瞬でペリーヌは意識を覚醒させ、眼を見開く。
そして自分がバルクホルンの膝を借りていた事実に悶絶する。
「…そ、そんな!わ、わたくしには坂本少佐が!!」
「あー、ペリーヌ?クロステルマン中尉?」
出た言葉ペリーヌの勘違い10割の内容であった。
彼女はまだこの状況を作った原因を思い出していないためである。
そのため、バルクホルンが態々部隊内の共通言語である英語に切り替えて呆れた感想を述べる。
「少佐に好意を抱いているのは、
皆知っているから良いとして、ここはどこか分かるか?」
「……病室です」
バルクホルンの冷静になるようにとの促しにペリーヌは従い周囲を観察する。
並ぶベット、鼻を刺激する薬品の香りなどと間違いなく病室であること確認した。
「どうしてここにいるか分かるか?」
「…………私が負傷したからです」
健康のままここに訪れるのは健康診断の時ぐらいである。
ペリーヌにとって病室の世話になるのは負傷の時だけであり、
そして何をして負傷したかをペリーヌははっきりと思い出した。
「良く寝てたな、まあ疲れていたのだろうな」
ペリーヌが思い出したのを確認したバルクホルンの第一声は優しいものであった。
別に馬鹿にしたりする内容でない事は知っているが自分が上官に対して泣き出した上に、
子供のように縋った上に泣き疲れて寝てしまった事を綺麗に思い出したペリーヌが羞恥心で顔を赤らめる。
「大尉、わ、私は」
「そこまでだ、中尉。
人間色々あるが今回のような事が偶々あっただけ、それだけだ」
謝罪、あるいはいい訳か。
どっちか分からないが何らかの言葉を言おうとしたがバルクホルンに止められる。
しかし、そんな大人の態度に大してもペリーヌは絶対に言うべき事が思い出した。
「…先ほどは失礼しました、バルクホルン大尉
この傷を治してくれたのは宮藤さんなのに私はあんなことを」
自分の暴走で周囲に迷惑を撒き散らした挙句、
傷を癒した人間に対する暴言、どちらも最低な行為で、
ペリーヌは自分がやらかした事実を前に気落ちする。
「……ペリーヌだけじゃない、
私だって嫉妬ぐらいするさ、あの才能を見れば」
ぽつり、とバルクホルンが呟く。
普段宮藤を評価し賞賛することが多いバルクホルンの発言にペリーヌがやや驚く。
「もしもあの時、あの位の才能があればと思い事だってある。
おまけに本人は無自覚でそれが宮藤芳佳の良さだが…まあ、人によっては腹が立つものだよ」
「以外ですね、大尉。
あの子を高く評価する大尉がこんな事を言うなんて」
「まあ、ペリーヌのそうした感情は人事じゃないからな」
ペリーヌの問いにバルクホルンが苦笑気味に答える。
普段見られない表情と初めて知った上官の感情にペリーヌは親近感を抱いた。
「さて、傷の話だが医者の話によると数日間寝ていれば直るそうだ、
出撃とかはミーナから禁止されているから、無理に出ようとするなよ」
「分かっています、そのくらい」
もしも始めに病室で眼が覚めた時は何が何でも出撃しようとしただろう、
が、ようやく冷静な考えを持てるようになってペリーヌは自重を覚えていた。
これも全て自分の感情を黙って受け止めてくれたバルクホルンのお陰だ。
「バルクホルン大尉、ありがとうございます。
お陰さまで私少しは冷静になることが出来ました」
「少しじゃなくてもっと冷静でいてほしいが…今回はそれで良しとしよう」
ペリーヌの再度の感謝の表意にバルクホルンが苦笑と共に謝意を受け取る。
「それに最初より顔色が良くなっているしな、ではな」
「はい、大尉。お疲れ様です」
バルクホルンの言葉にペリーヌが答えるとバルクホルンは病室から出て行った。
「ふぅ……」
後ろ姿を見届けたペリーヌが息を吐く。
そして今までの会話を思い出し、纏め、考え、結論が出る。
弱いのはウィッチとしての強さではなく、人間としてのまだまだ未熟で弱いことでだ。
ウィッチとしての才能は確かに宮藤芳佳の方が遥かに優れている、
しかし、そこで嫉妬し感情を爆発させても何の進歩もなく、意味がない。
だからこそ、自分がすべきことは。
「まずは寝ましょう、傷を癒してからそれからね」
先に傷を癒すために寝ることだ。
そうと決まれば、とペリーヌは再度ベットに横になる。
「ふん、今は貴女の勝利を称えますわ、宮藤芳佳。
だけど才能に胡坐をかいている間に私が追いかけてくるので、その事を忘れずに」
日が沈みつつある病室でペリーヌはそんな決意を小声で口にし、眼を閉じた。
その表情はまるで好敵手でも見つけたかのように良い表情であった。
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