机の上にバスケットに入ったスコーン。
白磁のティーセット、そして紅茶の良い香りが漂っていた。
そして、2人の男女が机を挟んでゆっくりと午後の時間を過ごしていた。
「ん、おいしなこれは」
「当然よ、だって私が提督のために作ったんだから」
スコーンを口にし提督とその甘みと旨さに頬が緩む。
叢雲は提督のその言葉を聞くと誇らしげに笑みを浮かべた。
「そうか、ありがとう」
提督が叢雲に感謝の言葉を伝える。
そのまま雑談をもせずにただゆっくりと静かな時間を過ごしだした。
叢雲は提督が雑談を好む性質でないのを知っていたので同じく静かな時間を過ごす。
執務室に聞こえる音は窓の外から低く聞こえる海の音。
部屋中からはスコーンを齧る音だけであり、静寂な空間を保っていた。
このまま2人だけの時間が流れることを叢雲は望んだが、それを打ち破る乱入者が登場した。
「ヘーイ、提督ぅー『神風』の容態は大丈夫なのですカー?」
「あの、姉さま。
執務室に入るときは静かにしてください。
……あ、姉が何時もお騒がせしてすみません」
ドアを蹴り飛ばす勢いで入室してきたのは毎度騒がしい金剛型戦艦1番艦『金剛』であった。
さらに後ろから『榛名』が頭をペコペコ下げながら続けて入って来る。
「オウ!スコーンに紅茶じゃありませんかー!提督食べていいですカ?」
「ちょっとアンタ、これは提督用に準備したものよ!」
紅茶の香りに気づくと金剛は眼をキラキラと光らせて提督に懇願する。
叢雲は思わず立ち上がって乱入者の発言を否定する、何せ自分が提督のために用意したのだから。
「問題ない、頂くといい」
「アリガトウございマース!」
提督の解答にはぁ、とため息一つ。
せっかく提督と2人で過ごせたはずなのに、と叢雲は気分が落ち込む。
しかし、元気なのは結構であるが少々浮つきすぎではないだろうか、特に金剛は。
嬉々とスコーンを頬張り紅茶の香りを堪能する金剛。
そして申し訳なさそうな視線を偶に自分に送る榛名を叢雲はぼんやりと見た。
ふと、金剛が口にした言葉を思い出しその真意を尋ねた。
「ところでアンタは、そんなに神風が気に入ったの?」
「せっかく肩を並べて戦う仲ですから当然デース」
駆逐艦『神風』が運び込まれてまだ1日しか経っていない。
が、入れ替わり立ち代りで艦娘達は神風の容態を聞きに来ている。
しかし、態々提督の執務室まで押しかけて彼女の容態を聞きに来たのは金剛だけだ。
やっぱり仲間思いなのね金剛は、叢雲は内心で口にした。
金剛は片言な言葉使いと、提督ラブな態度を普段はしているがその実力は本物だ。
前世?というべきか元となった戦艦『金剛』は帝国海軍の戦艦の中でも数多くの海戦に参加した歴戦の艦でもある。
また、かつて日本に12隻しかなかった戦艦の中でも最古参で4人姉妹の長女であるせいか、意外と面倒見がいい性格をしている。
そのせいか友好関係が手広く、多くの艦娘から親しまれている。
ただし訓練の厳しさは有名あり。
地獄榛名に鬼金剛、羅刹霧島、夜叉比叡。
乗るな山城、鬼より怖い。
戯れ歌があるように、
新たに着任した艦娘たちの教育に金剛が担当したさい罵声と共に情け容赦なく扱き倒している。
そのせいで随分と怨まれる事もあるが、あまりしたくないが彼女たちが生き残るために必要なことだ。
と、吐露したのを叢雲は本人の口から聞いた。
「あの、叢雲さん。神風さんはどんな艦娘なのですか?」
榛名がおずおずと質問する。
隣にいた金剛が好奇心でわくわくした表情を浮かべている。
叢雲は提督に話してもいいか視線で問いかけると頷いた。
ため息一つ、そして書類上でしかまだ把握していない内容を叢雲は披露した。
「神風型駆逐艦1番艦『神風』。
これまでの経歴の大半は船団護衛に従事していたらしいわよ」
「船団護衛ですか、確かに神風型は特型以前の艦ですし。
けど、わざわざ今回リンガ泊地に配属されたということは、何か特徴があるのですか?」
「神風の元は散々日本の艦船を沈めた潜水艦を逆に追い詰めた経緯から対潜能力が高いわよ
それに、帝国海軍最後の水上戦闘であるペナン沖海戦にも参加しているから回避能力も高めだと言われているわ」
「私も最後は潜水艦で沈められましたしネ」
頼りになりますネー、と金剛は笑い叢雲もその点について頷いた。
何せ史実では金剛を筆頭に多数の軍艦がアメリカの潜水艦に沈められた。
特にアルバコアの名前は天竜を始めに多くの艦娘にとってトラウマそのものである。
「ああ、後なんか無口キャラらしいわよ」
へーと金剛、榛名が相槌を打つ。
さて、どうしたものか?自分が知っているのはその程度だ。
叢雲が次に言うべき会話のついて考えた刹那、執務卓上の電話が鳴った。
秘書艦である叢雲がとる前に提督が受話器を取り応対する。
「どうした……そうか、神風の意識が戻ったのか」
「本当なの提督!?」
「それは本当デスカ!?」
「よかった……」
神風の意識が回復した事実に叢雲、金剛、榛名の順で3人の艦娘はそれぞれの反応を示した。
「ふむ、なるほど。そうか……いや謝罪する必要はない。
貴官は最善と義務を果たした。任務ご苦労、報告書は追って提出するように」
受話器が置かれ、堅い音が部屋に響く。
神風の意識回復の報の後はあまい良くない内容の会話であったために艦娘達は緊張する。
提督は指揮官として自身の動揺が部下に悪影響を与えることを知っていたため顔色を変えずに3人を見渡す。
しかし、それでも長い付き合いである叢雲だけは、提督の微妙な表情の変化から悪い内容であることを察した。
「意識は回復した、身体には特に異常は見られないそうだ。
……しかし、記憶に著しい欠落が見られる上に最悪人格に影響を受けた可能性があるとのことだ」
3人はその言葉に硬直した。