凛太郎の徒然草

別に思い出だけに生きているわけじゃないですが

リバース・インディアンデスロック

2022年10月02日 | プロレス技あれこれ
 アントニオ猪木の技と言えば、まず思い出されるのは卍固めなのだろう。猪木の至高のフィニッシュホールドと言っていい。自身最も大切にした技ではなかったか。僕などはイメージとしてタイトルマッチ、あるいはシリーズ最終戦にしか出てこない技という印象までもつ。
 代名詞とも言える技で、オリジナルホールドと言ってもいいような気さえするが、実際は僕も昔書いたとおり(→オクトパスホールド)、ヨーロッパに以前からある技らしい。日本では猪木ののち、天龍がダサくつかった以降は鈴木みのるや西村修らがリスペクト的にやるくらいで後継者はいない、と以前書いたが、上リンク記事は15年前に書いたもので、最近は猪木の影響下にないレスラーも時々使用する。キャッチの使い手であるザック・セイバーJr.の卍固めを見ると、いかにもヨーロッパ技らしくみえるから不思議だ。

 ふと思う。猪木にオリジナル技というのはあったのだろうか。
 伝説的に語られるのはアントニオ・ドライバーである。猪木の初期のフィニッシュホールドとされる。しかしこの技、古すぎて僕は見たことがない。
 なので、雑誌やプロレス本に載る写真だけが手がかりなのだが、これはフロントネックチャンスリードロップの猪木流であるということが定説になっている。確かに、そのように見える。
 実際に見ていないので論じるのはよろしくないのは承知だが、フロントネックチャンスリードロップは、フロントヘッドロックの体勢から後方へ投げる。僕の知っているこの技は、つまり反り投げである。相手は背中から落ちる。猪木は、マットに脳天を突き刺しているように見える。だからこそ「ドライバー」なのだろう。パイルドライバー同様、脳天杭打ちなのだ。
 マットに脳天を突き刺す技といえば近い技があってそれはDDTなのだが、DDTはフロントネックロックに捕えて後方へ倒れこむ。これなら僕にもできそうに思える(後方受け身が無理か)。猪木はアントニオドライバーを多用しすぎて腰を痛め、この技を封印したのだという。DDTでは腰を痛めない。やはり反り投げだったと思われる。
 しかしながら、やはりオリジナル技とは言えない。「脳天をマットに突き刺すように放つフロントネックチャンスリードロップ」が分類としては正しいだろう。今なら垂直落下式か。

 猪木のフィニッシュホールドを年代順に考えれば、アントニオドライバー、コブラツイスト、ジャーマンスープレックス、卍固め、延髄斬り、魔性のスリーパーなどが並ぶ。バックドロップや腕ひしぎ逆十字、また腕固めなどをフィニッシュにした試合も記憶しているが、いずれも昔からある技や柔道技からの派生である。
 延髄斬りだけはオリジナルに近いような気がするが、昔僕も書いたけれども(→記事)、分類すればこれはジャンピングハイキックの猪木流である。
 猪木の技は他に、ドロップキック、ボディスラム、アームブリーカー、キーロック、ショルダースルー、ニードロップ、ボーアンドアロー、ナックルパート…いずれも先人がいる。(ナックルは反則)
 ただひとつ、リバース・インディアンデスロックだけは、先達がいたのかどうかがわからない。
 以前インディアンデスロックの記事を書いたときに、当然ながらリバース式にも言及したのだけれど、そのときも元祖が誰かわからなかった。僕の持っているプロレス技読本的なものをひっくり返したのだがオリジナルに言及があるものがなかった。
 15年前と違い、今はネット上にも資料が蓄積してきている。検索すれば驚くべきことにリバースインディアンデスロックのWikipediaまであった。そこには、リバースにするアレンジを施したのは猪木だと記してある。しかしWikipediaなのに出典が明記されてない。[要出典]と編集したくなるが面倒臭い。
 文責のないネットはあてにならないけれど、認定でオリジナルと考えてもいいような気もした。もう証言者も少ないだろう。もちろん猪木に聞けばわかるのだろうが、それも出来なくなってしまった。


 訃報を聞いたのは、10月1日の夜のニュースだった。亡くなられた当日の夜。
 その夜は遅い時間だったので酒を呑んで寝たのだが、翌朝もなんだか空虚な気分が晴れない。思ったよりも強いダメージを受けている自分に気づいた。
 もちろん猪木の病状が悪化しているのは知っていたし、激烈に痩せている姿も映像で見ていたから、ある程度は覚悟も出来ていたはずだったのだが、それでも予想外の喪失感に自分でも驚いている。同い年の橋本真也が死んだとき。馬場さんが死んだとき。鶴田が死んだとき。三沢が死んだとき。ブロディ、アンドレ、マードック、アドニスのときも辛かったけれども、今回のような落ち込みじゃなかったような。僕が歳をとったからかもしれないが。
 リング上の猪木のことを朝からぼんやりと考えていた。いろんな場面が思い浮かんでくる。

 報道は、もちろんプロレスラー猪木のことを中心に振り返っているが、やはり政治家として、あるいは「元気ですか!」と声をあげる猪木や、闘魂注入のビンタなどもとり上げている。猪木ファンは、猪木のよくない部分も多く知っているため、レスラーとしての猪木に特化して報道してくれればいいのに、と勝手に考える。
 僕は猪木が出馬したとき、猪木信者だったにも関わらず散々逡巡して投票しなかった。猪木は政治家にはならない方が良いと思った。それでも、人質解放の時、北朝鮮とのときに揶揄する声が聞こえてきたら、つい必死にかばって猪木の行動を肯定して口論めいたことにもなったりした。ファン心理は難しい。根底には、猪木がどれだけ素晴らしいレスラーだったかを知らずに猪木を語るなかれ、とやっぱり思うからだろう。ヘンなものだと自分でも思う。

 またリング上の猪木のことに思いを馳せる。
 プロレスはking of sportsであるのは疑いないが、その「プロ」という部分を最重要課題にしたという点においてもKingである。顧客満足を一義とし、「勝つ」だけではなく「魅了する」ことが最も大切だった。その頂点に猪木がいた。
 アマチュアレスリングは、基本的にタックルを狙うために前傾姿勢となる。プロレスもレスリングなのでそういう一面もある。だが猪木は、動物が獲物を狙うような鋭い目で前かがみに相手をキャッチせんとする瞬間もあれば、またすっと背筋を伸ばし両手を広げて自らを大きく見せた。その姿がいかにも美しかった。
 多くの一流レスラーはそうなのだが、中でも猪木の立ち姿の見せ方は徹底していたといえる。表情を伝えることを重視していたからかもしれない。
 ショルダースルーですら、最後まで身をかがめない。相手をロープに振り、前をしっかり見て向かってゆく。相手が返ってきたその一瞬、片方の肩口を下げて潜り込む。スピード感がある。リング中央で腰をかがめて待つ鶴田とはかなり違う(鶴田には鶴田の意図がある)。
 猪木の延髄斬りのシルエットの美しさは、ジャンプしながら上体が立っていることにある。レの字型。これはなかなか出来ないのではないか。なのでヒットの瞬間も顔が見える。多くの模倣者は頭が落ちている。確認してほしい。
 卍固めもそうだ。猪木はバランスにこだわっているように見え、極まれば必ず上体はリングに対して垂直になっている。これは左脚で相手の頭部をぐっと押さえつけるパワーが必須となる。猪木は傾かない。鈴木みのるやザックはどうしても左脚が浮いて傾げてしまう。良い悪いの話ではなく、ザックの方がタコに似ていて、鈴木の方が卍に見えるが、猪木は顔が傾かないように見せる。さらに卍固めは実は右腕が必要ない。ザックなどはその空いた右手で相手の腕をさらに極めにかかったりもするが、猪木は相手の臀部に右腕を置いて、出来るだけ左右対称であろうとしている。観客に映じる姿を常に念頭においていた。

 猪木は、またその速さがいい。一瞬のスピード感。
 Jr.ヘビーはもちろん俊敏に技を繰り出すし、ヘビー級も今はみな動きが速い。だが猪木には、緩急を自在に使い、刹那の攻防を観客に見せる技術があった。
 コブラツイストを仕掛けるときのアレはなんだろうか。相手をロープに振り、戻ってきたときに一瞬交錯したと思ったらもう完全に掛かっている。手品のようだ。そもそもなんでコブラツイストをかけるのにロープに振るのか。猪木の演出だろう。棒立ちの相手に仕掛けるよりもスピード感が何倍も増加する。コブラは立ち関節技で極まれば動かない。なので、動と静の対比をそこで見せる。
 ニードロップを落とすのに、誰よりもコーナートップに上がるのが速かったのではないか。だいたいヘビー級はよっこらしょと上がるのだが、猪木はするするっと駆け上がって直ぐに降ってくる。今なら棚橋もまあまあ速いが、棚橋はフィニッシュ技のためにある程度派手に動かなくてはならないから、スピード感なら猪木の後塵を拝してしまう。
 
 それらの、猪木のプロレス表現要素。立ち姿。一瞬のスピード。動と静。
 その白眉が、リバース・インディアンデスロックではなかったかと考えている。
 タッグマッチならなおのことこの技が映える。相手をロープに飛ばし、自らも交錯するようにロープワークを駆使して走る。リング中央で十字に交わるその刹那、スライディングレッグシザース(カニ挟み)で相手を倒すと同時に足をとり、うつ伏せに倒れた相手の足首を離さぬまま両足を畳み、自らの足を瞬時にその中へ差し込むとすぐさま仁王立ちとなって両腕を前方に出し、敵陣の相手パートナーを威嚇し牽制する。ここで、一瞬時間が止まる。猪木の千両役者っぷりが最高潮に達する瞬間。
 ロープに振ってから動きを止めて見得を切るまで5秒くらい(ワシ調べ)。全盛期だともう少し速かったかもしれない。この疾走感と緩急、表情は猪木でないと無理だろう。対比するなら歌舞伎の荒事とか高橋英樹の殺陣とか、そういうものが相応しいか。とにかく絵になる。
 このあとはご承知の通り何度も後ろに倒れて痛めつけ、若い頃は鎌固め、後年はボウアンドアローに移行して終わるのだが、この技が本当に猪木オリジナルであったとすれば、フィニッシュに結び付く技ではないが、何とも猪木らしい技を開発したものだと思う。

 僕は、年齢的にしょうがないのだが猪木のデビュー時から追っかけているわけではない。
 僕の両親や祖父母は、全くプロレスに興味がない。なので誰の影響も受けておらず、おそらく入り口は幼稚園生だった時に放映していたアニメ「タイガーマスク」からプロレスに入っている。そこに登場する馬場や猪木を見ようと、チャンネルを合わせたのだろう。しかし日プロ時代、BI砲時代は、本当に小さくていくつかの場面は記憶にあるものの体系だってない。毎週猪木を見るようになったのは、新日を旗揚げしてジョニー・パワーズと争っていたころだった。ストロング小林との死闘はよく記憶している。タイガージェットシンが悪の限りを尽くし、一方で異種格闘技路線が始まった。それが僕の小学生時代。その頃は、もう猪木信者だったと思われる。大雑把に言えば50年くらいは猪木のことを考えてきたか。
 なんだか、なーんだか寂しい。古いことを思い出すと、余計に喪失感が増す。
 いろんなリング上の猪木が、いろんな場面が、いろんな技を繰り出している猪木が思い浮かんではなかなか消えてゆかない。
 いっそのこと消えないでくれ、とも思う。次はアリキックと、谷津に切れた猪木がグラウンドからガンガン蹴り出したあの傍若無人蹴りとどっちが効いたのかを語ろうか。言ってることが意味不明になってきた。
 今日ももう少し呑まないと眠れないか、とも思う。

 アントニオ猪木氏のご冥福を心よりお祈り申し上げます。さよなら猪木。
 
 

 

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