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た・たむ!

言の葉探しに野に出かけたら
         空のあお葉を牛が食む食む

1月1日の前の日に

2016年12月31日 | essay

 

 

   時代はいよいよ混迷の度合いを増し、人々はいよいよ信じるものを失いつつある。正しいものは綺麗にラッピングされてバーゲンセールされ、美しいものは究極の形をとって無料ダウンロードされる。そういった世の中になった。そういった世の中とはいったい何なのかさえわからない時代が来た。憎しみではなく憂さ晴らしに人が殺され、愛や幸福ではなく馬鹿笑いすることが無上の価値を帯びる。天災という名で人類の力ではどうにもならないことが時折起こるが、ずっとそんなことを起こしてきたのが自分たち自身であることすら、すでに忘られつつある。

   これでいいのならささやかな拍手の欲しいところだ。だが、それをしてくれる異星人はまだ見つかっていない。

   Goodbye 2016.    Goodbye 長過ぎた現代。

 

 

 

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素敵な出会いをするには。 8

2016年12月15日 | essay

 

 

 クリスマスが近づくころ素敵な出会いをするには。

 

 おいおい、定番じゃないかと言われそうである。どうせ雪のちらつくイルミネーションだらけの街中で、手袋にマフラー姿の若い男女が熱いキスを交わすんだろ、と言われそうである。だから、そんなんじゃなくても、こんな出会いもありますよ、というお話。

 

 これはずっと以前、書物で知った話である。

 時代は第一次大戦前、場所はドイツの辺り。クリスマスを数日後に控えて、雪降る町は華やかな雰囲気に包まれている。みすぼらしい身なりをした少年が、両手に収まるほどの小さな木箱を大事そうに抱えて通りを行く。少年の肩は寒さに震えているが、しっかりと木箱を抱きかかえ、真剣な眼差しで先を急ぐ。木箱の中には硬貨が半分ほど入っている。彼が鉄道の売り子をしたり掃除夫をしたりしながら三年がかりで懸命に貯めたお金である。飲んだくれて家を飛び出した父親の代わりに、彼は幼い手で、病気の母親と小さな妹を養わなければならなかった。当然ながら、毎月箱に入る金額はほんの僅かずつであった。その上今日、母親には暖かいストールを、妹にはお菓子のいっぱい詰まった袋をクリスマス用に買って家に隠しておいたので、木箱に残った硬貨の立てる音は、実に心もとなかった。

 それでも少年は、三年間ずっと欲しかったものを、今日こそ手に入れようとしていた。それは中古のバイオリンだった。古物商のショーウィンドーに飾ってあるのを見て以来、彼はずっとそのバイオリンのために金を貯めてきたのだ。

 家を飛び出す前の父親は、音楽家だったので、息子の彼にバイオリンをよく弾いて聴かせた。機嫌の良いときは楽器を触らせてもらい、音を出してみたこともあった。いい筋をしているぞ、と父親は少年の肩を叩いて言った。いつかお前のためにバイオリンを買ってやろう、と。しかしその約束は果たせぬまま彼は蒸発した。少年は、自分がバイオリンを弾ける気がしてならなかった。そして、どうしても弾きたかった。弾かなければいけない気がした。今年のクリスマスこそは、自分のために、安い中古のバイオリンを買おう。神様もそれは許してくれる、と、彼は何度も自分に言い聞かせた。

 古物商の店にたどり着いたとき、埃を被って古ぼけたそのバイオリンでさえ、彼の木箱に収まる金額では到底手が届かないものだという事実を、彼は思い知らされた。幼い彼は、バイオリンがどのくらいの値段がするものかさえ知らなかったのだ。店主の冷たい視線を背に浴びながら、彼は完全に打ちひしがれて店を出た。彼は希望を失った。働きづめに働いてきたのも、いたいけな体で家族をここまで養ってきたのも、いつしか憧れのバイオリンを弾ける、という望みがあったからである。しかしそれは、あと十年二十年彼が死ぬほど働いても手に入る金額ではなかった。彼は、人生にはどう頑張っても乗り越えられない壁があることを知った。生きる意欲すら失って、彼はとぼとぼと橋を渡った。

 橋の中ほどに、一人の乞食がいた。その姿は、貧しい少年の目から見ても信じられないほど哀れな姿であった。この真冬に穴だらけのシャツ一枚で、捨てられた新聞を被り、しゃがみ込んでガタガタと震えている。よく見ると、それほど年寄りでもない。少年の父親くらいの年齢に見えた。本当はもっと若いのかも知れない。少年はふと自分の父親のことを思い出した。そして彼が辿ったであろう悲惨な運命を想像して涙が溢れた。父親を恨む気持ちは、とっくに消え失せていた。ただただ、酒浸りで自堕落な彼が、今もどこかで健康に生きていることを願った。どうしようもない父親であったが、少年にとっては、バイオリンの魅力を教えてくれた人であった。今や、その思い出をつなぐバイオリンを手に入れる希望すら断たれたのだ。

 少年は哀れな男を見つめながら心を決めた。

 膝を突き、男に木箱を差し出した。

 男はびっくりして少年を見返した。おそるおそる木箱を受け取り、その重みに再度驚いた。

 「メリークリスマス」

 少年ははにかみながらそうつぶやくと、立ち上がり、男が声をかけるのを恐れるように足早に去っていった。

 

 少年の話はここまでである。その木箱は、哀れな男の飢えを満たしたのみならず、彼に人生をやり直すチャンスを与えた。数年後のクリスマス前夜、木箱はぎっしりと硬貨を詰まらせて、盲目の少女の手に渡る。それからさらに一年後、別の人の手へ。木箱は少年のあずかり知らぬところで、長い長い旅をすることになる。しかしその話は、ここで語られるべきものではない。

 

 

 

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素敵な出会いをするには。 7

2016年12月10日 | essay

 

 ゴミステーションで素敵な出会いをするには。

 

 小学生たちがランドセルを振り回したり奇声を発したり、口喧嘩の末、拗(す)ねて先に歩き出したり、眠い目を擦りながらすぐ傍で起こっている喧嘩に全く無関心でいたりと、つまりは大人たちの社会と同じような行動を取って登校している、その朝靄立ちこめる団地の光景に、完全に溶け込むようにして男と女が現れる。男は可燃ごみを両手に提げる。ぼさぼさの髪には寝癖が付き、無精ひげに火の付いてない煙草をくわえ、のそりのそりと現れる。いかにも去年妻に逃げられました、というオーラを発散している。彼より一足先にゴミステーションに着いた女も、孤独と疲労が片足ずつサンダルを履いて立っている感がある。ほつれた鬢(びん)を地味な色のカーディガンの上に垂らし、ゴミ袋の山がどう築き直しても崩れるのに悪戦苦闘している。

 男が女の脇から片手でドン、と袋を叩いてやると、すべてのゴミ袋は鬼隊長に一喝された一兵卒たちよろしく、大人しく一山に固まって微動だにしなくなる。

 「あ、ありがとうございます」

 女は身を退き、小さく礼を言う。長年、他人と関わり合うのを避けてきた人が発する、相手に聞こえることを望まないような、声にならない声。彼女はたとえ喫茶店で甘ったるいストロベリー・パフェをご馳走しても、自分の長い過去を語りそうにない。

 しかし男の不愛想に、内心女は心惹かれる。ひょっとして自分より不幸な人生を歩んできたのかな、この人は、と、ふと不謹慎な考えまで脳裏をよぎる。

 男が自分の持ってきたゴミ袋を二つ、放るようにしてゴミの山に乗せると、せっかく固まっていた一団が、鬼隊長の去った後の一兵卒たちよろしく、だらしなく崩れ落ちてしまう。

 女は思わず、くすり、と笑う。男は女の顔を見て、鼻息だけで苦笑を返す。

 まぶしい朝日が靄の上から顔を出す。二人は同時に目を細める。

 「いつもこの時間に捨てに来るんだ」

 「あなたも」

 二人は目を合わせ、気まずく逸らす。

 「たまには亭主にやらせりゃいいのに」

 「亭主なんて五年もいないわ」

 「・・・そりゃ、どうも」

 「あなたこそ。奥さんにやらせればいいのに」

 「奥さんがいる恰好か、これが」

 女は男を上から下まで眺め回し、思わずぷっ、と噴き出す。

 「・・・ごめんなさい」

 「構わねえよ」

 二人は並んで佇み、騒々しい小学生の一団をやり過ごす。一人の子が彼らに向かって朝の挨拶をする。二人共、驚いたように挨拶を返す。

 朝日はぐんぐんと高く昇る。

 お互いとうの昔に三十路を過ぎ、人生の何かを諦めかかった矢先の────それは朝靄のように掴みどころのない────しかし、忘れかけていた朝のすがすがしさを思い出させるような出会いであった。

 

 

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冬の到来を

2016年12月07日 | essay

 

 冬の到来を感じさせるもの。

 

 朝、子どもの服装を気遣う母親の声。冷たい陽射しを浴びて、枯葉すら姿を消した路面。夕刻、着膨れした背中を揺すって家路を急ぐ人の群れ。食卓に残る蜜柑。深夜に聞こえてくる、押し殺された妻の咳。

 

 

 

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素敵な出会いをするには。 6

2016年12月02日 | essay

 

 

 宇宙空間で素敵な出会いをするには。

 

 これはなかなかハードルが高い。まず宇宙飛行士になる訓練に耐えなければならない。ここで多くの人が脱落する。たとえ晴れて宇宙飛行士になっても、何しろ真空では動作がままならず、その上ごわごわした宇宙服や大きいヘルメットを被っているので、キスもろくにできやしない。

 しかしこれでは夢も希望もない。ここは一つ、ハリウッド並みに空想を解き放って、宇宙人に拉致されたケースを考えてみよう。

 

 男は地球人のサンプルとして、宇宙人に捕えられ、宇宙船の中で目覚める。目の前には女。彼女は宇宙人である。ただしインディペンデンスデイよりは戦艦ヤマトの予想の方が当たったのであり、宇宙人はタコではなくほとんど人に近い姿であった。若干肌が黄緑がかっているし、目が大きいような気がするが、彼女は地球の規格から見てもほれぼれする美人であった。

 女に説明されて、男はようやく納得する。生物の進化の過程は、その進化に耐えうる物質的条件が揃っている限り、どの星でも大差がない。進化の最終段階はどうしても人間的な形態を採ってしまう。肌の色や目の大きさを変えたものは、むしろ歴史や食文化である。女の生まれた星は地球よりも進んでいた。しかし人口増加と自然破壊に伴う深刻な食糧不足に悩むことになり、ついには宇宙船をこしらえ、地球を征服しに来るまでに至った。自分はこの艦の艦長である。ついては地球上の人類を絶滅させてから食料を奪うか、それとも奴隷として自分たちの星に持ち帰るか、サンプルである彼を研究し、最終判断を下すのだと言う。

 男はびっくりする。宇宙船に拉致されるまでは、リストラと離婚を経験し、貧乏で日々飲んだくれ、人類全体に悪態を吐くようなルーザー(負け犬)であったが、地球と人類の危機を知らされるや否や、猛然と人類愛に目覚める。宇宙人である女に対し、まずは腕力に訴えようとするが、もちろん最新機器に阻まれ叶わない。すると今度は、計画を変えるよう必死の説得にかかる。女はもちろん耳を貸さない。しかし男が断食してまでも交渉を諦めず、サンプルとしての延命を約束されても、地球の終わりを見過ごすくらいなら自殺すると豪語するのを見るにつけ、彼女の心が徐々に揺らいでいく。

 こんなに命をかけてでも同胞を守ろうとする男は、自分の生まれた星にもいなかった気がする。地球という惑星に住む人間とは、なんと頭が悪く、なんとあきらめが悪いのか。どうして僅かな望みに身を投げ売ってまで自分の信じる道を貫こうとするのか。この男はなぜ───なぜ、こんなにも、心惹かれるものがあるのか。

 一方で男も、女を極悪非道な人と決めつけていたものの、その美貌と、上品で知的な物腰に心を騒がせ続ける。

 ある日、男はハリウッド並みの知恵と幸運を発揮し、二重三重の捕囚状態から逃れ、女を羽交い絞めにし、ナイフで一刺しできる寸前にまでなる。しかし、男の汗ばむ手はどうしてもそこから動かない。人類を滅亡させる、あるいは奴隷にさせることを目論む女なのに、どうしても、その胸にナイフを突き立てることができない。

 ナイフが音を立てて床に落ちる。虚脱し、座り込んだ二人。

 女が床を見つめて小さく笑う。

 「負けたわ」

 男が顔を上げる。

 「あなたからは、まだ私たちの文明が知らなかったものを学んだ気がするわ」

 女は決意したように一人頷くと、男を見つめ返す。

 「わかった。考えてみる。殺戮と征服以外にも、まだ採るべき道はあるかも知れない」

 歓喜のエンディングテーマ曲。

 手と手を取り合う二人。

 

 ・・・と、こういう素敵な出会いが、宇宙空間には待っているやも知れない、というお話でした。

 

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