7月18日(土)
当日の行程:(車) → 【大台ケ原】 → 【鳥羽城】 → 【常安寺(九鬼嘉隆の墓)】 → 【賢島周辺】 → 【天の岩戸】 → (伊勢泊)
近鉄・賢島駅
賢島に行ってみようと夫が言う。
私には賢島のイメージがわかない。
よって、一体何を見に行くの?と不思議でならない。
何かあるのかと思って尋ねれば、夫もそれが分からないから行ってみたいのだという。
それならば、と私は『るるぶ伊勢志摩』を手に取る。
賢島に割かれたページは1ページで、志摩マリンランドと英虞湾を一望できるというのがウリのホテルが何軒か掲載されている。
それだけかなあー?と夫。
賢島駅は近鉄志摩線の終着駅。
ここまで鉄道を敷くということは人が集まる何かがあるはずだ、と言う。
実際、賢島は、人が集まる観光地として開発された島なのだそうだ。
昭和4年(1929年)、鉄道敷設にあたり、「海の軽井沢」として開発が進められた。
Wikipediaには、次のような説明があった。
「当駅は志摩電気鉄道の路線計画には入っていなかった。着工直前までは2つ手前の鵜方浜(鵜方駅)を終点とする計画であったが、目黒蒲田電鉄幹部に参宮客を英虞湾まで誘致しなければ利益が見込めないと指摘され、重役会議で英虞湾岸のかしこ島の真珠港駅まで延長することとなった。当時のかしこ島は真珠養殖場はあるものの無人島であったが、鉄道駅開設を祝し土地が寄付されたことから観光地としての開発が始まり、賢島と漢字表記されるようになった」とある。
企業の保養所や大きな別荘が並んでいる。
景色を楽しんだり、ゴルフを楽しんだりするのだろう。
けれど、今では、かつてに比べて保養客が減っているという話を、この晩に泊まった宿の人から聞いた。
真珠筏
賢島は周囲7.3kmの島。
本州とは、賢島橋、賢島大橋でつながっている。
すぐ近くなので、島という感じはしない。
賢島大橋からの夕日は、「日本の夕日百選」選ばれているそうだ。
この日はあまりお天気が良くなく、こんな感じ。
当日の行程:(車) → 【大台ケ原】 → 【鳥羽城】 → 【常安寺(九鬼嘉隆の墓)】 → 【賢島周辺】 → 【天の岩戸】 → (伊勢泊)
近鉄・賢島駅
賢島に行ってみようと夫が言う。
私には賢島のイメージがわかない。
よって、一体何を見に行くの?と不思議でならない。
何かあるのかと思って尋ねれば、夫もそれが分からないから行ってみたいのだという。
それならば、と私は『るるぶ伊勢志摩』を手に取る。
賢島に割かれたページは1ページで、志摩マリンランドと英虞湾を一望できるというのがウリのホテルが何軒か掲載されている。
それだけかなあー?と夫。
賢島駅は近鉄志摩線の終着駅。
ここまで鉄道を敷くということは人が集まる何かがあるはずだ、と言う。
実際、賢島は、人が集まる観光地として開発された島なのだそうだ。
昭和4年(1929年)、鉄道敷設にあたり、「海の軽井沢」として開発が進められた。
Wikipediaには、次のような説明があった。
「当駅は志摩電気鉄道の路線計画には入っていなかった。着工直前までは2つ手前の鵜方浜(鵜方駅)を終点とする計画であったが、目黒蒲田電鉄幹部に参宮客を英虞湾まで誘致しなければ利益が見込めないと指摘され、重役会議で英虞湾岸のかしこ島の真珠港駅まで延長することとなった。当時のかしこ島は真珠養殖場はあるものの無人島であったが、鉄道駅開設を祝し土地が寄付されたことから観光地としての開発が始まり、賢島と漢字表記されるようになった」とある。
企業の保養所や大きな別荘が並んでいる。
景色を楽しんだり、ゴルフを楽しんだりするのだろう。
けれど、今では、かつてに比べて保養客が減っているという話を、この晩に泊まった宿の人から聞いた。
真珠筏
賢島は周囲7.3kmの島。
本州とは、賢島橋、賢島大橋でつながっている。
すぐ近くなので、島という感じはしない。
賢島大橋からの夕日は、「日本の夕日百選」選ばれているそうだ。
この日はあまりお天気が良くなく、こんな感じ。