NOHEA 'ILIO

僭越ながら、屋号犬神屋を名乗らさせていただいております。
19年春、ホノルルからラスベガスに転居してまいりました。

潮を汲む

2024年05月07日 | Weblog
↑ママの可愛いべべたん💕なTHEOくんです。
愛しさが、止まらんのですわ奥さん。

さて奥さん。
本日は、ペットブログにはまったくそぐわない。
読み物仕立てでお送りしようと思います。



無慈悲なほどに耳を圧する潮騒は止むことは決してない。
熱砂は灼けていて、足の裏を焼き続けている。
水疱に砂が喰い込んで、一足ごとに激痛が奔るが、なすすべもなく女は浜に追いやられて行く。
行かねば、醜い獄卒の荊棘の細枝で嬲られるだけだから。
抱えているのは、荒い網目も崩れかけの重い潮汲みざるひとつ。
延々と果てしない寂れた浜で、女は今日も潮を汲む。
ぼろ着をまとい、陽に灼けて赤茶けた蓬髪に、干からびた魚の鱗がいくつもひっついている。
唇の皮は白く剥け、顔にも腕にも陽膨れが浮いている。
真水は無い。
与えられない。
舌から喉から胃の腑まで、海の潮の塩気だけがへばりついて、喘鳴も止むことはない。
銀波の照り返しが、鋭角に網膜を刺すように、眼球が炙られ続ける。
涙はとうに干上がって、まつげに絡んだ塩気でまばたきさえままならない。
無理矢理目を閉じても、瞼の内側はただ赤く燃えている。
天空を仰げば、閃光のような眩しい黄色の輪が襲う。
その眩むような輪が押し迫り、まるで焼け串で脳天を突き割るような鋭い疼痛も絶え間ない。

潮を、汲まねばならない。
この破れざるで。
たがの緩んだ潮汲み桶は、隙間だらけの底板の木目から、砂地に海水があっという間に漏れていく。
微塵も疑うこともなく信じたのに。
全身全霊で愛したのに。
男は逃げた。
たった一人、心から信頼して、若さの全てを捧げたあの男は
孕んだと告げた途端に、ためらいもせず逃げた。
獄卒の怒号が、潮風で半ばかき消されながら、途切れ途切れに千切れて飛んできたかと思えば
背中をえぐる、焼け火箸を押し当てられると同じ、熱い痛みが降ってくる。
荊棘の細枝は、容赦無くぼろ着もろとも皮膚を裂いて、傷がぱっくりと白い脂肪をのぞかせた途端に、みるみる血が湧き上がってしたたっていく。
本気で愛しただけなのに。
生涯、愛し抜けると神にも誓ったはずなのに。
陽膨れが潮をかぶって、その激痛が女を朦朧とさせる。
砂浜に横倒しになったひょうしに、砂粒のじゃりじゃりとした厭な味が口の中に広がる。
揺らめく蜃気楼の向こう側に、ぼんやり映って見えるのは、かつてあれほど愛した男の幻影か。
脱水している。
渇水している。
でも、死の迎えが来ることはない。
浪音を聾するような口汚い罵声を浴びて、女は必死に潮汲みざるに手を伸ばす。
限りなく果てない大海の、潮を汲むそれだけのために。
憎くはない。
憎めばいいのに、憎めはしない。
だが恨めしい。
憤りは、積もり積もって恨みに変わる。
恨んでいるうち、愛という偽名の依存と執着は、消滅していくことはない。
膿み爛れた陽膨れの激痛にも似た想い、女の心も苛んで黒く膨れ上がってくる。
殺したい。
殺せない。
自分の全てを惜しげなく差し出して
そこまで惚れ抜いた女だけが。
そこまで惚れ切った女だけが。
この無限の浜辺に追われてやって来て潮を汲む。
永劫に。
潮を汲む。
姦通に
しとどに溺れた女だけが。



いやあの奥さん。
筆者はとっても落ち込んでるワケよ。
古い知己が、不倫の最果てに病んでいると伝えられたので。
浜で潮を汲むような恋をしたと泣いていたけれど。
その涙すら、恋の悦びだということを筆者は知っておりました。
話を聞くたび、筆者の頭の中には、潮汲みのイメージが沸きました。
実際に
「破れざるで海の水汲み続けるような関係は、精算したほうが賢明だよ?」
くらいのことは言いました。
もう、だいぶ昔のことです。
今にして思えば
もっと、強い断固とした態度と言葉を投げかけるべきだったなと。
筆者も口の中で砂粒がじゃりじゃりする思いです。
胸の奥がひりつきます。
潮汲み恋ほど、不毛な恋愛も無いですね。
ちょいと、心境なんぞ吐露させていただきました。



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