昔は(数年前のちょっとだけ昔でも)子どもを取り巻く人々の中に、
「ゆる~い」印象を放射している人がたくさんいましたよね。
ムダというか、余裕というか……子どもの目にも暇そうに映って、
おしゃべりしたいときは自由に話せて、
相談すれば、喜んで乗ってもらえそうな……
24時間、一生懸命じゃない人。
休み時間や放課後の小学校の先生とか、児童館の職員さんとか、
用務員のおじさんとか、保健室の先生とか、街中の駄菓子屋のおじさんとか……。
仕事はしているんだけど……
とりあえず仕事中ではあるんだけど、
話しかけると、あんまり時間なんか気にしない様子で向こうも話に夢中になってくる人。
うちの子が小学校を卒業するあたりまでは、
児童館の職員の若いお姉さんもお兄さんも
子どもたちと「あうん」の呼吸で、ボードゲームの相手をしたり、
おしゃべりに花を咲かせたりしていました。
それが、ある時期から、児童向けの施設の職員はおもちゃの管理と児童館のお掃除……そしてパソコンの画面と書き込む資料を見つめて、
忙しい~忙しい~子どもは話しかけないで!!というオーラーを放っています。
学校の先生も同じで、忙しい~忙しい~!!という叫び声が歩く姿から放射されています。「話しかけないで~!!わずらわさないで~」という感じ。
以前、私は、文房具を扱うお店をしていた頃があります。
その頃、店に来る子の中には、
いつもお友だちの仲間に入れてもらえない子
表情が暗くビクビクした子、攻撃的でけんか腰の子など……
気がかりな子が数名いました。
それが、たまにわが子や地域のボランティアで小学校や児童館に足を運ぶ機会があると、
必ずといっていいほど、お店で気にかけていたそれらの子が目にとびこんでくるのです。
そうした子は、その場で「ゆるーい」オーラはなっている人に絡んでいて
甘えたり、遊んでもらったり、悩みを聞いてもらったり(ぶつくさぼやき)しています。
世の中狭いな~、
それぞれの子は自分に必要なものをうまく見つけるもんだな~、
と感じてホッとしたものです。
「ゆる~い」印象を放射している人がたくさんいましたよね。
ムダというか、余裕というか……子どもの目にも暇そうに映って、
おしゃべりしたいときは自由に話せて、
相談すれば、喜んで乗ってもらえそうな……
24時間、一生懸命じゃない人。
休み時間や放課後の小学校の先生とか、児童館の職員さんとか、
用務員のおじさんとか、保健室の先生とか、街中の駄菓子屋のおじさんとか……。
仕事はしているんだけど……
とりあえず仕事中ではあるんだけど、
話しかけると、あんまり時間なんか気にしない様子で向こうも話に夢中になってくる人。
うちの子が小学校を卒業するあたりまでは、
児童館の職員の若いお姉さんもお兄さんも
子どもたちと「あうん」の呼吸で、ボードゲームの相手をしたり、
おしゃべりに花を咲かせたりしていました。
それが、ある時期から、児童向けの施設の職員はおもちゃの管理と児童館のお掃除……そしてパソコンの画面と書き込む資料を見つめて、
忙しい~忙しい~子どもは話しかけないで!!というオーラーを放っています。
学校の先生も同じで、忙しい~忙しい~!!という叫び声が歩く姿から放射されています。「話しかけないで~!!わずらわさないで~」という感じ。
以前、私は、文房具を扱うお店をしていた頃があります。
その頃、店に来る子の中には、
いつもお友だちの仲間に入れてもらえない子
表情が暗くビクビクした子、攻撃的でけんか腰の子など……
気がかりな子が数名いました。
それが、たまにわが子や地域のボランティアで小学校や児童館に足を運ぶ機会があると、
必ずといっていいほど、お店で気にかけていたそれらの子が目にとびこんでくるのです。
そうした子は、その場で「ゆるーい」オーラはなっている人に絡んでいて
甘えたり、遊んでもらったり、悩みを聞いてもらったり(ぶつくさぼやき)しています。
世の中狭いな~、
それぞれの子は自分に必要なものをうまく見つけるもんだな~、
と感じてホッとしたものです。
子どもが変わった~難しくなった~とよく言われるけれど、
私が見たところ、子どもが変わったんじゃなくて、
大人が変わった
大人が人と人とのコミュニケーションの仕方を子どもに伝えていく術を失った
子どもと大人の関係が、近すぎたり、遠すぎたり、
物を介して間接的にしかかかわっていなかったり……
といった奇妙なものになってきた
気がします。
大人が子どものためにがんばればがんばるほど、
子どもは孤独感を募らせたり
自分は注目を浴びたり、自由に話しかけたりできる存在じゃないんだ~
大人はきっと自分のことを嫌いだから忙しくしているんだ~
と自分卑下する方向に働いている感じがするのです。
この原因のひとつは、
小学校も子供向けの施設も、
大人の視線ばかり気にするようになったからではないかな?
と思います。
自分が子どもにどんなことをしてあげたいか……より、
子どもにどんなことをしている人 と大人から見られるか……に気持ちが
私が見たところ、子どもが変わったんじゃなくて、
大人が変わった
大人が人と人とのコミュニケーションの仕方を子どもに伝えていく術を失った
子どもと大人の関係が、近すぎたり、遠すぎたり、
物を介して間接的にしかかかわっていなかったり……
といった奇妙なものになってきた
気がします。
大人が子どものためにがんばればがんばるほど、
子どもは孤独感を募らせたり
自分は注目を浴びたり、自由に話しかけたりできる存在じゃないんだ~
大人はきっと自分のことを嫌いだから忙しくしているんだ~
と自分卑下する方向に働いている感じがするのです。
この原因のひとつは、
小学校も子供向けの施設も、
大人の視線ばかり気にするようになったからではないかな?
と思います。
自分が子どもにどんなことをしてあげたいか……より、
子どもにどんなことをしている人 と大人から見られるか……に気持ちが
行き過ぎてるのです。自分の評価が何より気になる。
とにかく忙しそうにしていれば、大人からの評価は良いですから……。
でも、何ひとつ欠点がなくても
「忙しそう」であるだけで、
関係を築く以前の問題で、子どもを拒絶していることにはならないでしょうか?
それに学校関係者や児童施設の方々が気づいて、
意識的に職場にゆったりした空気を流していかないと、
パソコンや書類と向き合う時間を減らしていかないと、
きょうだいも少ない、遊び友だちも習い事でほとんどない……という
とにかく忙しそうにしていれば、大人からの評価は良いですから……。
でも、何ひとつ欠点がなくても
「忙しそう」であるだけで、
関係を築く以前の問題で、子どもを拒絶していることにはならないでしょうか?
それに学校関係者や児童施設の方々が気づいて、
意識的に職場にゆったりした空気を流していかないと、
パソコンや書類と向き合う時間を減らしていかないと、
きょうだいも少ない、遊び友だちも習い事でほとんどない……という
現代の子どもたちは、いったいどこでコミュニケーションについて学んでいけばよいのでしょう?
親も、ゆったり自信を持って子どもを学校に送り出して、のんびり構えてたら
親も、ゆったり自信を持って子どもを学校に送り出して、のんびり構えてたら
、先生方の心にも余裕が生まれるのでしょうね。
できるだけ早い時期から幼稚園に入れたら、コミュニケーション能力が身につくように思うかもしれません。
けれど私が子どもたちと接していると、
こんなことが子供同士の間でよく起こっています。
ひとりの子が「ぼくさ~、うさぎにえさをやったことがあるんだよ」と、お友だちに言います。
それを聞いた子が、「それが~何だよ~!!」とお笑い芸人の
しらけ口調をまねて答えます。
すると、笑顔でお友だちに話しかけた子の顔が曇り、自分の経験を話しかけたらダメなのかな……と感じます。
次には、別のお友だちから自分が声をかけられたときに、「それが~何だよ!」とキレ気味に答えたりするのです。
こんな時、身近にいる大人が、子どもの言葉を喜んで受け取ってあげたら……
友だちに冷たい口調で返事をする子に、良い対応をちょっと教えてあげたら……
子どもたちの関係はとても豊かなものになっていくのではないでしょうか。
子どもはコミュニケーションをテレビから間接的に学んだり、
コミュニケーションが苦手な子の対応から学んだりすることが多くなっています。
そうした子どもの世界に、言葉の世界の広がりや
ボディーランゲージによるコミュニケーションの心地よさを伝えていくのは
大人の役目です。つきっきりで子どもの対人関係に口出しするのも問題だけど、
よその子でもちょっととまどっているときには
少しだけフォローしてあげると子供同士の関係がいいものになってきますよね。
虹色教室でも親御さんが席をはずすと、初対面でも
数分すれば、大の仲良しになってしまう子どもたちに
いつもびっくりしています。子どもはもともとコミュニケーションの天才なんですね。
子どもと大人の関係が
1対1か、
1対多人数か、
ばかりになっている現在、
子どもたちがそうした細かな人間関係を円滑にしていく方法を学ぶことは難しいです。
ならどうすれば学べるのか……?
それは大人が、少し「ゆるさ」を身につけて暮らすことではないでしょうか?
他人にも自分にも優しくなって、
子どもが必要としているときに、よその子も含めて、
先生はよそのクラスの子もふくめて、楽しく相手をしてあげることではないでしょうか?
できるだけ早い時期から幼稚園に入れたら、コミュニケーション能力が身につくように思うかもしれません。
けれど私が子どもたちと接していると、
こんなことが子供同士の間でよく起こっています。
ひとりの子が「ぼくさ~、うさぎにえさをやったことがあるんだよ」と、お友だちに言います。
それを聞いた子が、「それが~何だよ~!!」とお笑い芸人の
しらけ口調をまねて答えます。
すると、笑顔でお友だちに話しかけた子の顔が曇り、自分の経験を話しかけたらダメなのかな……と感じます。
次には、別のお友だちから自分が声をかけられたときに、「それが~何だよ!」とキレ気味に答えたりするのです。
こんな時、身近にいる大人が、子どもの言葉を喜んで受け取ってあげたら……
友だちに冷たい口調で返事をする子に、良い対応をちょっと教えてあげたら……
子どもたちの関係はとても豊かなものになっていくのではないでしょうか。
子どもはコミュニケーションをテレビから間接的に学んだり、
コミュニケーションが苦手な子の対応から学んだりすることが多くなっています。
そうした子どもの世界に、言葉の世界の広がりや
ボディーランゲージによるコミュニケーションの心地よさを伝えていくのは
大人の役目です。つきっきりで子どもの対人関係に口出しするのも問題だけど、
よその子でもちょっととまどっているときには
少しだけフォローしてあげると子供同士の関係がいいものになってきますよね。
虹色教室でも親御さんが席をはずすと、初対面でも
数分すれば、大の仲良しになってしまう子どもたちに
いつもびっくりしています。子どもはもともとコミュニケーションの天才なんですね。
子どもと大人の関係が
1対1か、
1対多人数か、
ばかりになっている現在、
子どもたちがそうした細かな人間関係を円滑にしていく方法を学ぶことは難しいです。
ならどうすれば学べるのか……?
それは大人が、少し「ゆるさ」を身につけて暮らすことではないでしょうか?
他人にも自分にも優しくなって、
子どもが必要としているときに、よその子も含めて、
先生はよそのクラスの子もふくめて、楽しく相手をしてあげることではないでしょうか?