【闘う議員さん】
飯田先生のコンパクトな講義が終わると、また数名の挨拶があった。
ずっと以前から、「闘い」続けて来た全共闘世代のようなオーラをまとった社民党の県議が登壇して、涙ながらに悔しい現状を嘆き、力不足を懺悔してみせながら、「怒りのエネルギー」を崇高に立ち上らせて拳を握り「諦めません」「闘いましょう!」と気勢を上げて、会場を盛り上げた。欺瞞に満ちた、中国電力のやり方に何度も悔しさを募らせてきたのだろう。
地元の、長年の当事者の中の当事者たちに、積年の思いがあって、一概に「賛成や反対じゃないよ」と今更云われたところで呑み込めない感情が在ったとして、それも理解できる。
だが、僕は議員さんのこのテンションには、ちょっと俯(うつむ)いてしまう世代なのだった。
その怒り方では、決して相手方とは対話が出来ない。
そして、議員さんは決して、建築の現場で働いたり、労働者の盛り場で呑んだりしたことの無い人だろうと勝手に想像した。
彼らには、彼らで、訴えたい「境遇」がある。
必死で維持したい「人生の境遇」がある。
プライドも、人並みの欲望もある。
そこを無視しては、話が進まない。
むろん、だからといって原発から発生する「埋め立て」や「温排水」の問題、「放射能漏れ」や「地震による大規模な事故」の危険性を容認するわけにはいかない。
その利権をめぐる「政治的なやり方」の「合法的違法性」も、認めかねる。
そしてそれは、「男と女」っていうハナシと同じくらい、キリの無い話かもしれない。
けれども、何兆円を注ぐ前に、何十年かけて皆が納得いくまで話し合ったって良い事だろう。
人間は馬鹿じゃない。
いざとなれば、共通の目的を携えて、細々とした差異を乗り越えられる生き物だと信じている。
1対1の喧嘩ならいざ知らず、組織的だった「闘い」ましてや「戦争」は人間の「本能」ではなく、陥りやすい集団ヒステリーという「症状」に違いない。確実にそれを仕掛けて、利用している連中が居ると思った方が賢明だ。
アイヌの部族は、部族間の争いが起きると首長同士が、何年でも「話し合い」を続けるという習わしがあったという。
何年も顔突き合わせて「話し合っ」て居ると、互いに不条理に満ちた決して充たされない生を謳歌していることに間もなく気づくのが、人間ではないだろうか。
聖徳太子と呼ばれる厩戸皇子が「和をもって尊しとなす」と云った「和」とは、この徹底的な話し合いの状態を指すとも言われる。部族の連合状態で成り立っていた当時のマツリゴトにおいて、価値観の相互理解は最重要事項であった。
育ちの良いボンほど「汚れた」音楽を聴くべきだし、育ちの悪い輩ほど「洗練」された音楽を知るべきだ。
今のままじゃ、官僚みたいなものと、現場の職人みたいなものが、相互に尊敬し理解し合えるわけがない。
挙げ句に議員さんが「正義」という言葉を振りかざした時に、僕は思わず、耳を閉じた。
のっぴきならぬ地元の人々にしてみれば、僕はマダマダ呑気なんだろうか。
【デモ】
上関・反原発デーの、講義の部門が終わる頃には、午前中いっぱいを支配していた嵐の気もおさまっていた。
上記したように、あくまで「緩やかな安保闘争」的な市民運動の形態を成して、デモ行進が行われた。
それでも何も成さない、今の若い世代からすれば驚異的な組織運営力と、資金力を可能たらしめる世代なのだが。
やっぱり!このシュプレヒコールは、意を同じくしない人々には「恐怖」すら与える単調さだし、悪く想う人には悪くとられてしまうだろう。
「中電はでていけー」
「繰り返し(全員)」
これは、祝島や上関の住人でないと叫ぶ資格の無い言葉だし、今すぐ中電が倒産して従業員が全員路頭に迷う事を推進する気もない。
「キレイな海をまもろー」
「繰り返し(全員)」
これは、俺も一緒に声高に。
「故郷の海をまもろー」
少し照れながら、声高に。
名古屋のパレード。
上関のデモ。
目的も参加者の層も違う。
だが、此処が融合していける方向を、まず目指したいと想った。
大きな敵と闘う。
ことから、
小さな仲間を見つけ、リンクしていく。
ことへと、時代が動いていけば良いのではないだろうか。
大きな現状を変える。
ことと、
身近の小さな現状を変えて行く。
こととは、同義なのではないだろうか。
だから、僕はデモ=パレード=パーティは、どんちゃか賑やかに、徹底的に愉しくやるために、或いは研ぎすまされた厳かさに辿り着く為に、岩戸の向こうの女神さまも思わず顔を出してしまうような「マツリゴト」にしていくのが良いと思うのです。
どんなとこでも、ファンキーを忘れるな、ってとこで生きたいものです。
(氏本農園の名犬”マキ”の姿に、このデモで一番の”アピール”力を感じました。MVP。REVOLUTION IN A GOOOD VIBES!)
【狼と羊】
デモは想像していたよりもたくさんの人が集ったお陰で、おそらく1000人を越える規模となった。
2列の隊列を成して、上関町内をシュプレヒコールしながら巡る。
途中、横断歩道のところで車列が遮られ、延々と続くデモ隊の行列に五台ほどの渋滞が出来ていた。
威勢の良い海の男が二人、運転席から飛び出して来てデモや警護の警官隊に、罵声をあげていた。
「合法的なデモなら、何したって良いってもんじゃねえだろよ」
「なんでワシらがこれを待たにゃならんのんじゃ」
おそらく推進派の地元民である。
事業から派生する経済効果に、何かしらの希望を見出していたとしても咎められる理由もないし、何よりも、自分らの地元のハナシに全国から「他人」どもが大挙してやってきて、地元の事情も分からずに「反対」「反対」と叫ぶのが、我慢ならない、といった風情で、ちょっとやそっとの街のヤクザ者よりもその「怒気」は太く鋭かった。
まるで狼のようだ。
一方で、デモ隊のほうはというと、機械的なシュプレヒコールを無表情に繰り返しながら、無思考状態に陥った小学生の遠足行列と大して変わらない態を成して、渋滞にも気づかずにゾロゾロと道を渡り続けていた。
まるで、羊のように。
「一旦、停まりましょう」
新参者ながらに、観るに見かねて僕は後列の人々に呼びかけて、しばらくして道は車を通した。
さきほどの運転者たちの罵詈雑言と怒気を残して。
自分も数千人単位のイベントを催す立場になる時があるから、そうした「運営」の難しさはよく分かる。
だが、集団だからこそ「個性」と「自発性」が失われてはならないのだ。
だから、「秩序」よりも「カオスを乗り越える力」を大事にしている。
イベントやパーティの構造そのものに、演目の並べ方に、そうした考えを織り込む時がある。
「愉しさ」や「格好よさ」、「愛」や「美意識」そして「粋」。
祭り事たる「政り事」には其処を忘れて欲しくない。
デモという集団でありながら、確固たる独立した個であることは失われてはいけない。
優れたサッカーチームがそうであるように。
それでも兎に角、これだけの人々が悪天候の中よく集り、互いに励まし合ったことは大いに意味のある集会、大会であっただろう。
(数百万円単位のカンパを持参した大分県の何処かの町の教員組合などの気合いには、感動した。今、阻止活動をする島民や活動家たちにとって逼迫(ひっぱく)する最大の問題は、「営みを中止して身銭を切って」活動していることそのものである。「島民の会」や「虹のカヤック隊」へのカンパは、彼らの公式ページで常時募っている。賛同する方は、是非おチェックあれ。)
かつ「アピールの仕方」を問われている日本の環境保護活動の課題点も、「KAMINOSEKI」の名前が国際世論に乗ったこのタイミングで、ひとつ熟成させるのに良い時期が来ているのではないだろうか。
ARTしよう。
全部、ARTでいこう。
(つづく)
島民の会 ブログ ☆本日また、埋め立て工事が再開された模様☆
(反対派漁船と連動して海上で工事を阻止している)虹のカヤック隊 ブログ
その3