昨日までの雨も上がりラッキーな散策日和である。卯月の会の定例散策。
京王線分倍河原駅に10時過ぎに着き、スタート。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/b4/298ecffd724c5b74a064382a16ead3e9.jpg)
京王線分倍河原駅と新田義貞像
鎌倉時代末期、幕府興亡をかけた分倍河原の合戦で活躍した新田義貞の像が駅前広場に建っている。
片町2丁目交差点から旧甲州街道に入る
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/59/bcbc7c881323ade74bfce7ce1e3a4e59.jpg)
弁慶坂
この先の高安寺にちなむ弁慶の伝説から、江戸時代にこの道(旧甲州街道)を弁慶坂と名づけたようだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/73/844ec30dc3c529bd298e1021d7e1f6c1.jpg)
高安寺の山門
足利尊氏ゆかりの名刹。りっぱな山門や弁慶の硯井戸が残っている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/d7/61b3a9adde422b3b59c21558edad598d.jpg)
水子供養の仏に捧げた風車が彩りあざやかだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/de/1cf1c63cad1037647e1ce88fe1e852d2.jpg)
高安寺の本堂 本堂前にそびえる楠の巨木
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3f/2d/3389820c4e5e10e40777953554427696.jpg)
旧甲州街道と府中街道の交差点
府中高札場跡(左手)と中久本店(右手)
中久本店は万延元年(1860)創業した当時の酒蔵をそのまま利用した酒屋。
府中の地酒「國府鶴」(こうづる)を醸造、販売していて、大國魂神社の御神酒になっている。
店内の一角には「喫茶店 蔵」を併設している。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/76/0f8bfb5ca66630d0bc4d6802e1b2d870.jpg)
府中高札場跡
高札場は江戸時代の禁制・法令を伝える板札。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/22/c33438d50fc84966d0d1768b53b43546.jpg)
大國魂神社
西暦111年の創立で、武蔵国の鎮守様として親しまれている。
毎年5月3~6日に行われる例大祭「くらやみ祭」は府中最大のイベントで、日本一の大太鼓や神輿の巡航は圧巻。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/f5/082f6587e63eb7fee9aa5f84765dfe7f.jpg)
参道の馬場大門けやき並木と万葉歌碑
けやき並木は国指定の天然記念物になっている。
「武蔵野の」万葉歌碑 →万葉アルバムへ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/eb/dcf949634f58b13ba50936bf56ca4d67.jpg)
拝殿
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/08/0f/1c33efd930379b770ade32055797557d.jpg)
神社での本格的な神前結婚式がまさに執り行われていた
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/00/f25ca0c25231f48d63b18df34c67bae0.jpg)
拝殿
大國魂神社の七不思議の一つに、「境内に松の木が一本もない」という話がある。昔、大國様と八幡様が武蔵国に出かけた際、八幡様が宿を探しに行くと言ったきりなかなか帰ってこなかったことで、大國様が「待つ(松)は嫌いだ」と言ったことに由来している。そのため、府中の正月は門松を使わず、代わりに竹を使っているとのこと。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/36/45e0d80c6b63e53b5e13e6886adf1e53.jpg)
朱塗りの本殿
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/5a/5327ff393fadda4a4d793dfec1488e17.jpg)
神社境内に立つこいのぼり 端午の節句間近である
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/c5/d8564fa1415c8d5061443e4b6901871d.jpg)
本殿裏にあるいちょうのご神木、みごとな根回り
ここで昼食タイム。神社となりにある観光案内所で聞き込み、通り向こうにある「手打ちそば・うどん清庵」に行く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/9c/40310a00b0902fbdeb5f579b9a7da154.jpg)
ビールで乾杯し、皿天そば(大)1,260円也を注文。
こしがあり美味しい。食後の濃い蕎麦湯がまた格別。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/df/9aa19afc25bd40fbd57a5537a1f7c4f5.jpg)
武蔵国府跡(神社わきにあり)
奈良から平安後期にかけて武蔵国を治めた役所の跡。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/57/721092c80dd73a1527c9f53cc394f86e.jpg)
幽霊坂(神社裏手へ下る)
昔このあたりはうっそうとした木々が生い茂り昼なお暗い場所だった。
別名「暗闇坂」ともいう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/96/38e581bacd8cf6073a368ceb0dbc7cc6.jpg)
安養寺と妙光院(神社下にある)
目の前に見える巨大な東京競馬場を背に、中央高速道を潜り、緑道に入る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1b/bb/af82430f7130f96e6e2df07e80c747b3.jpg)
下河原緑道(左)、かつて鉄道が走っていた線路跡、郷土の森博物館に続いている。
三千人塚(右)、学術調査により、元弘三年(一三三三)の分倍河原の合戦で亡くなった三千人の戦死者を埋葬したという伝承とは関係がなく、江戸時代に造られたものであることがわかった由。三千人塚は、鎌倉時代から室町時代の在地の有力者一族による小さな塚(墓)の点在した場所が、江戸時代には信仰の対象となり今日まで大切に保存されたもの。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/2f/c4ddb986c88252b8c98f9416caf3cb55.jpg)
府中市郷土の森博物館 入り口到着!
園内には復元建物が立ち並んでいる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/06/91/6bbf493ca44fbc24cc5548c73975b78d.jpg)
旧府中尋常高等小学校
1935年(昭和10)に建設された、北多摩随一の規模を誇った木造校舎。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/31/b6/1f50b875403a94fddee31e266ae5968c.jpg)
旧田中家住宅(左)は甲州街道府中宿を代表する商家であった。
旧島田家住宅(右)は1888年(明治21)創建の蔵造りの店。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/2d/d3/bf8356c9aaa9d11a400cd60a3e9d688d.jpg)
旧府中町役場(左)は1921(大正10)に竣工した町役場。大正デモクラシーを感じさせる。
旧府中郵便取扱所(右)は明治初年に府中で最初に郵便取扱所となった旧矢島家住宅。
丸い郵便窓口が当時を物語る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/f9/21974ba1e0ca3e41743aa20f4989d418.jpg)
園内中央付近にある万葉歌碑
「赤駒を」万葉歌碑 →万葉アルバムへ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/1a/cb/a633731d4f48578ecdc9ce44c5f09501.jpg)
ハギのトンネルと梅林(右手)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/65/11df9c47063c18750f6a9386dd0ab338.jpg)
水車小屋
武蔵野に多い胸掛け式の水車を復元。かつて府中には水車が数多くあり、精米や製粉などに利用されていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/5c/d4a3ee6fdb261daf0f4f3273f9be5b99.jpg)
旧越智家住宅(左)は郷土の森博物館のすぐ近くにあった代表的な稲作農家。創建は江戸時代後期。
旧河内家住宅(右)は浅間山近くにあった代表的な畑作農家。明治時代後期の姿で復元。
このあと、博物館本館展示を見て周った。
午後3時過ぎ、サントリーの見学最終が午後4時だとわかり、そちらへ向かう。
歩きつかれ頃、どうにかサントリー工場に到着。見学に間に合った。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6f/98/f5de61dfb6eb80f7dc4d88f66bcedde4.jpg)
サントリー武蔵野工場
工場見学とビールの試飲(サントリー・プレミアム・モルツとサントリー・モルツ2杯)
見学後工場のシャトルバスで京王線分倍河原駅へ無料送迎。
松戸にて2次会。お酒の量はいつもより少なめ。
今日はいつもより歩いたようで、大きな神社や公園があるとその中を巡回するのに想定以上歩数が多くなるようだ。
次回は余裕を持って歩こうと誓い合う。
京王線分倍河原駅に10時過ぎに着き、スタート。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/22/b4/298ecffd724c5b74a064382a16ead3e9.jpg)
京王線分倍河原駅と新田義貞像
鎌倉時代末期、幕府興亡をかけた分倍河原の合戦で活躍した新田義貞の像が駅前広場に建っている。
片町2丁目交差点から旧甲州街道に入る
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/39/59/bcbc7c881323ade74bfce7ce1e3a4e59.jpg)
弁慶坂
この先の高安寺にちなむ弁慶の伝説から、江戸時代にこの道(旧甲州街道)を弁慶坂と名づけたようだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/4e/73/844ec30dc3c529bd298e1021d7e1f6c1.jpg)
高安寺の山門
足利尊氏ゆかりの名刹。りっぱな山門や弁慶の硯井戸が残っている。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/30/d7/61b3a9adde422b3b59c21558edad598d.jpg)
水子供養の仏に捧げた風車が彩りあざやかだ。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6a/de/1cf1c63cad1037647e1ce88fe1e852d2.jpg)
高安寺の本堂 本堂前にそびえる楠の巨木
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旧甲州街道と府中街道の交差点
府中高札場跡(左手)と中久本店(右手)
中久本店は万延元年(1860)創業した当時の酒蔵をそのまま利用した酒屋。
府中の地酒「國府鶴」(こうづる)を醸造、販売していて、大國魂神社の御神酒になっている。
店内の一角には「喫茶店 蔵」を併設している。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/20/76/0f8bfb5ca66630d0bc4d6802e1b2d870.jpg)
府中高札場跡
高札場は江戸時代の禁制・法令を伝える板札。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/67/22/c33438d50fc84966d0d1768b53b43546.jpg)
大國魂神社
西暦111年の創立で、武蔵国の鎮守様として親しまれている。
毎年5月3~6日に行われる例大祭「くらやみ祭」は府中最大のイベントで、日本一の大太鼓や神輿の巡航は圧巻。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/27/f5/082f6587e63eb7fee9aa5f84765dfe7f.jpg)
参道の馬場大門けやき並木と万葉歌碑
けやき並木は国指定の天然記念物になっている。
「武蔵野の」万葉歌碑 →万葉アルバムへ
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/13/eb/dcf949634f58b13ba50936bf56ca4d67.jpg)
拝殿
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/08/0f/1c33efd930379b770ade32055797557d.jpg)
神社での本格的な神前結婚式がまさに執り行われていた
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/3d/00/f25ca0c25231f48d63b18df34c67bae0.jpg)
拝殿
大國魂神社の七不思議の一つに、「境内に松の木が一本もない」という話がある。昔、大國様と八幡様が武蔵国に出かけた際、八幡様が宿を探しに行くと言ったきりなかなか帰ってこなかったことで、大國様が「待つ(松)は嫌いだ」と言ったことに由来している。そのため、府中の正月は門松を使わず、代わりに竹を使っているとのこと。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/36/45e0d80c6b63e53b5e13e6886adf1e53.jpg)
朱塗りの本殿
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神社境内に立つこいのぼり 端午の節句間近である
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6c/c5/d8564fa1415c8d5061443e4b6901871d.jpg)
本殿裏にあるいちょうのご神木、みごとな根回り
ここで昼食タイム。神社となりにある観光案内所で聞き込み、通り向こうにある「手打ちそば・うどん清庵」に行く。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/58/9c/40310a00b0902fbdeb5f579b9a7da154.jpg)
ビールで乾杯し、皿天そば(大)1,260円也を注文。
こしがあり美味しい。食後の濃い蕎麦湯がまた格別。
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武蔵国府跡(神社わきにあり)
奈良から平安後期にかけて武蔵国を治めた役所の跡。
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幽霊坂(神社裏手へ下る)
昔このあたりはうっそうとした木々が生い茂り昼なお暗い場所だった。
別名「暗闇坂」ともいう。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/62/96/38e581bacd8cf6073a368ceb0dbc7cc6.jpg)
安養寺と妙光院(神社下にある)
目の前に見える巨大な東京競馬場を背に、中央高速道を潜り、緑道に入る。
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下河原緑道(左)、かつて鉄道が走っていた線路跡、郷土の森博物館に続いている。
三千人塚(右)、学術調査により、元弘三年(一三三三)の分倍河原の合戦で亡くなった三千人の戦死者を埋葬したという伝承とは関係がなく、江戸時代に造られたものであることがわかった由。三千人塚は、鎌倉時代から室町時代の在地の有力者一族による小さな塚(墓)の点在した場所が、江戸時代には信仰の対象となり今日まで大切に保存されたもの。
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府中市郷土の森博物館 入り口到着!
園内には復元建物が立ち並んでいる。
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旧府中尋常高等小学校
1935年(昭和10)に建設された、北多摩随一の規模を誇った木造校舎。
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旧田中家住宅(左)は甲州街道府中宿を代表する商家であった。
旧島田家住宅(右)は1888年(明治21)創建の蔵造りの店。
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旧府中町役場(左)は1921(大正10)に竣工した町役場。大正デモクラシーを感じさせる。
旧府中郵便取扱所(右)は明治初年に府中で最初に郵便取扱所となった旧矢島家住宅。
丸い郵便窓口が当時を物語る。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/78/f9/21974ba1e0ca3e41743aa20f4989d418.jpg)
園内中央付近にある万葉歌碑
「赤駒を」万葉歌碑 →万葉アルバムへ
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ハギのトンネルと梅林(右手)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6b/65/11df9c47063c18750f6a9386dd0ab338.jpg)
水車小屋
武蔵野に多い胸掛け式の水車を復元。かつて府中には水車が数多くあり、精米や製粉などに利用されていた。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/5b/5c/d4a3ee6fdb261daf0f4f3273f9be5b99.jpg)
旧越智家住宅(左)は郷土の森博物館のすぐ近くにあった代表的な稲作農家。創建は江戸時代後期。
旧河内家住宅(右)は浅間山近くにあった代表的な畑作農家。明治時代後期の姿で復元。
このあと、博物館本館展示を見て周った。
午後3時過ぎ、サントリーの見学最終が午後4時だとわかり、そちらへ向かう。
歩きつかれ頃、どうにかサントリー工場に到着。見学に間に合った。
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サントリー武蔵野工場
工場見学とビールの試飲(サントリー・プレミアム・モルツとサントリー・モルツ2杯)
見学後工場のシャトルバスで京王線分倍河原駅へ無料送迎。
松戸にて2次会。お酒の量はいつもより少なめ。
今日はいつもより歩いたようで、大きな神社や公園があるとその中を巡回するのに想定以上歩数が多くなるようだ。
次回は余裕を持って歩こうと誓い合う。