星月夜に逢えたら

[hoshizukiyo ni aetara] 古都散策や仏像、文楽、DEAN FUJIOKAさんのことなどを・・・。 

あかいくらやみ~天狗党幻譚~ 大阪公演(2)

2013-06-09 | 観劇メモ(演劇・ダンス系)
公演名  あかいくらやみ~天狗党幻譚~
劇場   森ノ宮ピロティホール
観劇日  2013年6月1日(土)18:00
座席   A列

●作・演出:長塚圭史
原作:山田風太郎『魔群の通過』

●キャスト
小栗旬(大一郎)  
原田夏希(奈生子、お登世、おうめ、篠島の妻)
小日向文世(武田金次郎)
白石加代子(老婆、実は おゆん)
長塚圭史(野口)
古舘寛治(葛河梨池、市川三佐衛門) 
中村まこと(武田耕雲斎)  小松和重(藤田小四郎)  
横田栄司(田中平八)  福田転球(全海入道)
武田浩二(武田彦右衛門)  駒木根隆介(田中稲之衛門)
木下あかり(野村丑之助)  後藤海春(おゆんの土人形)
後田真欧(篠島左太郎)  中山祐一朗(田中愿蔵)
伊達暁(内藤弥三郎)  
大鷹明良(田沼玄蕃頭)  小野武彦(山国兵部)
斉藤直樹(天狗)  六本木康弘(天狗)



「あかいくらやみ」。タイトルがいい。
漆黒になりきらない黒と赤の関係に心がざわめく。

島崎藤村著の『夜明け前』に水戸天狗党の話が書かれている
ことは原作で知った。
「まことに天狗党は、夜明け前の地平線を行進する黒い群像」
(原作より)であった、と。
色でいえば、青と黒のイメージだったろうか。
現世の行軍が夜明け前の黒い群像なら、今回の舞台は永遠に
明けることのない「くらやみ」の住人たちの話。
そして、心に闇を持つ人間たちの物語。
暗闇を赤く染めるのものは血、血脈。それとも光?

芝居本編の前後に、暗闇から二匹の天狗が現れる。
聴こえてくる音や音楽で、彼らが時を越えた存在であること
がうかがえる。天狗党の魂、志が今も日本の行く末を睨み続
けているのかもしれない。

時間がたつほど心に染み入る、いい舞台だった。
以下、自分のための備忘録。




<天狗党の争乱おさらい編>
筑波山で挙兵した藤田小四郎。そこに田中愿蔵武が加わり、後
に山国兵部、武田耕雲斎らが合流する。
彼らは水戸出身の徳川慶喜を通じて、天子様に尊王攘夷の志を
訴えようと、京への行軍を開始。行軍を率いるのは武田耕雲斎。
その果てに賊軍と目され、頼みのはずの慶喜はあろうことか、
天狗党追討の幕軍総督になる。
慶喜を今なお主君と仰ぐ耕雲斎の強い意向で追討軍との衝突を
避け、雪の北国ルートを選んだ彼らは京には届かず投降。352人
が敦賀の地で斬首の刑に。耕雲斎らの首は市中にさらされた後、
野に捨てられた。あまりにも凄惨な最期・・・。

その背景には水戸藩であるがゆえの特殊な対立構造があった。
徳川御三家の立場から幕府を支持する佐幕論者。
一方、水戸黄門以来の水戸学ともいえる尊王論者。
佐幕派の代表が、市川三佐衛門(諸生党)。
尊王攘夷の代表が藤田小四郎、武田耕雲斎(天狗党)。
市川三佐衛門は幕軍の田沼玄蕃頭と結び、天狗党の家族・身内
を捉え、赤沼牢に監禁。のちに幼子にいたるまで斬罪に。

若年ゆえ死刑を免れた武田耕雲斎の孫、金次郎(当時17歳)は
数年後、官軍となって水戸に戻る。復讐の鬼と化した金次郎以下、
天狗党の残党「さいみ党」の怒りの矛先は市川、田沼。

※以上の内容は、ほぼ劇中の台詞のなかで説明されている。

<義軍・不滅の行軍について>
阿佐ヶ谷スパイダース本公演2度目の時代劇はタイムスリップ
もの、というか、亡霊ものだった。
幕末の水戸天狗党の争乱の最中に迷い込むのは、復員兵
(大一郎)と戦争未亡人(奈生子)、作家(葛河)と編集者
(野口)の4人。
上州の温泉宿に泊まったことから、闇にうごめく天狗党の亡霊
たちと遭遇。彼らと行動を共にするようになる。

大一郎はいつしか天狗党の行軍に加わっている。
大一郎が掲げ持つ「尊王攘夷」の旗が反転したとき「八紘一宇」
の文字が見え、一瞬、日本軍の行進と重なった。
終戦後、日本がアメリカに乗っ取られそうな状況であるのと、
幕末の攘夷論をダブらせて、天狗党に共感する大一郎。
「こいつは確かに不滅の行軍だ。見事な義軍じゃないか。」
「連中は皆殺しに、攘夷討ちにしてやらなきゃならん。それこ
そ国を守るということだ」

<<義軍>>かそうでないかの違いは、そこに理由があるかどうか。
国の将来を思うゆえの志があるかどうか。
死の行軍を支え、駆り立て、突き動かすモチベーションとして、
「尊王攘夷」と「慶喜さま」はなくてはならない大義名分だっ
たのだなあとあらためて感じる。

にしても舞台では、死の行軍の悲壮感は伝わってはくるけれど、
一方でどこか明るさが感じられた。
亡霊たちがときには回想・達観モードで語り出すせいもある。
その口調にときにはホッとしたり、ときには笑ってしまった。
舞台天井からポタッ、ポタッと投下されたのが生首だったり
するというのに。
おゆんが耕雲斎に「話しかけてくるんじゃないよ、塩漬け共が」
「塩漬けの拷問首」と言い返す場面ではカラッとした可笑しみ
さえ感じた。
執筆に入る前に長塚圭史さんは水戸市、敦賀市を訪ね、実在の
志士たちの墓前に挨拶をしてきたとのこと。舞台上の細かい表
現の隅々に、志士たちに寄せる深い想いを感じることができた。

ラスト近くに天狗の歌が聴こえてくる場面が特によかった。
ありゃなんだ。不滅の行軍だろう。
いかにも、我ら不滅の天狗党、と武田耕雲斎の声が力強く響く。
みんな京にたどりつけず首を斬られるんです!水戸は忘れられ
るんです!と叫ぶ金次郎に、揺るがず返す言葉が胸にしみる。
「不滅というのは肉体ではなく、我ら不滅の義心のことである。」
「どうして忘れ去られるものか。現にこうして天狗の行軍は
お前や大一郎の夜の夢間に続いているではないか。そして、い
ずれはその赤子の眠れぬ夜にも行軍しよう。」

(『悲劇喜劇』6月号より)

隠された歴史をこんなふうに舞台上で見せることも演劇の大事
な仕事の一つだとあらためて思った。
この作品は工夫を重ね、ぜひまた再演してほしい。

<人を行き来する奈生子>
登場人物が多いうえに、さらに話を複雑にしているその筆頭は、
奈生子が「人を行き来する」人間だということ。これは初めの
ほうの台詞で説明される。
時空はもちろん、人さえも瞬時に入れ替わる。
ここが演劇の面白さでもあるし、今回は難物であった点だ。
大一郎と奈生子の赤ん坊が突然、お登世の赤ん坊になったりす
るとはホント、油断もスキもありゃしない。

【諸生党の血】
市川三左衛門 ー お登世 ー おうめ ー 大一郎 ー 赤ん坊

【天狗党の血】
田中金次郎・おゆん ー 金・ゆの息子 ー 奈生子 ー 赤ん坊

こうしてみると、田中家の奈生子は、市川家のお登世とおうめ
にもなっている!
お登世・奈生子を原田夏希さんが一人で演じているのは、女優
の人手不足じゃなく、狙いがあってのことと思いたい。

金次郎がゆるせないのは「市川の血が混じる」ということ。
しかし、両家の先祖をずずずーっと溯れば遠戚関係にあるかも
しれず、逆に遥か未来には子孫どうし血が混じるかもしれない。
血脈・血統主義を貫くことの危うさのみならず、長い歴史にお
いては田中が市川で、市川が田中かもしれず、官が賊で、賊が
官かもしれず、敵が味方で味方が敵かもしれず。

原作では後になって、おゆんがまるでタネ明かしをするように
延々と語る場面があり、男たちの戦の勝手な理屈をあざ笑うか
のような痛快さがある。
人を行き来する奈生子もこれと同じで、命を宿すことの前では
三左衛門や金次郎の男の意地や思惑など無意味、と言っている
よう。人を行き来してでも命を守り育むのは、女の本能ってこ
とになるだろうか。

ついでに。亡霊たちを眠りから呼び醒ましたのは、敵同士の
大一郎と奈生子が温泉宿で結ばれたことが原因らしい。

<思い描く、ということ>
『悲劇喜劇』6月号掲載の戯曲より関連個所を書き出してみる。
●金次郎
「遥か向こうが、やけに明るく見えたような、そいつは何て言っ
たらいいでしょう。そいつは、思い描くというやつです。こいつ
は恐ろしいものです。」
●大一郎
「現在のために現在を生きるなんてのはナンセンスで、そんなん
じゃどう転んだってケチなことしか思い描けなくなる。」
「紛れもなくこいつは、遥か彼方を思い描かせやがる。」
「あいつだあいつだ。あいつを探さなきゃ。少なくとも今の俺
が思い描くにゃ奈生子がいる。」
●山国兵部
「わしら天狗は遥か向こうにしっかりと思い描けておれたのかの」

戦時中は近眼のため前線に行かず、穴を掘る作業に従事してい
た大一郎。戦争中も終戦になってもビジョンが見えず、お金を
横領したまま海外逃亡しようとしている。
天狗党に遭遇し、さらに我が子ができたことで地に足ついた親
子3人の生活を思い描けるようになってゆくところが感動的。

おもなキャストについての感想は、またあらためて。



●このブログ内の関連記事
長塚圭史さんの新作♪
観劇前感想文
あかいくらやみ~天狗党幻譚~ 大阪公演(1)(追記版)
あかいくらやみ~天狗党幻譚~ 大阪公演(3)
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