MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯1463 日本経済とローフレーション

2019年10月04日 | 社会・経済


 経済学の世界では、「インフレーション」「デフレーション」に加え、最近では「ローフレーション」という言葉がかなり一般的になっているそうです。

 ローフレーションは、low(低い)とinflation(インフレーション)を合成させた造語で、低水準のインフレ率が持続する経済状態のことを意味するとされています。国際通貨基金(IMF)が、日本やユーロ圏などの経済が長期にわたって停滞している状況をローフレーションと呼んだことから生まれたということです。

 元米財務長官でオバマ大統領の首席経済顧問やハーバード大学学長を歴任したローレンス・サマーズ氏は、先進国が成長の鈍い新たな時代に入ったとする「長期停滞論」を早くから積極的に提唱してきた人物とされています。

 そのサマーズ氏は、今から2年半ほど前、イギリスの経済紙Financial Timesのインタビュー(2016/1/12)に応え、現在の日本について、「近代における長期停滞の最初のケース」だと指摘し、そこから抜け出す道筋を描く「実験室」と評しています。

 そして、インタビューでは、10年後の2025年に向けた可能性について(もちろん世界の経済や安全保障、日本自身の政策対応に何が起きるかに大きく左右されるものの)、可能性の高いシナリオとして以下の2つを挙げています。

 1つ目は相対的に楽観的なもので、日本の国内総生産(GDP)は年間1%前後で(ゆっくりとではあるが)成長を続けるというものです。

 サマーズ氏によれば、これは1人当たりの成長率で2%に相当し、日本は素晴らしく熟練度が高く規律のとれた労働力を活用し、重要な輸出大国であり続けるということです。

 朝鮮半島の統一が成功裏に成し遂げられたり、中国との広範な緊張緩和が確立されることなども想像できる。日本は高齢化先進国として世界をリードし存在価値を発揮する可能性もあるというのが氏の想定するところです。

 一方、もう一つのシナリオは、日本は世界経済の出遅れ組から脱することができず、経済的、政治的なプレーヤーとしての影響力を失っていくとする(日本人にとっては)かなり辛いものとなっています。

 このシナリオでは、中国と日本でナショナリズムが強硬になる中、北アジアの地政学が安定性を失っていくという可能性なども示唆されています。そして、こうしたことからサマーズ氏はこのインタビューにおいて、「次の10年間は日本にとって特に重要になるだろう」と語っています。

 さて、インタビューからの約2年半の歳月を経て、とうやら日本を巡る環境は(少なくとも地政学的には)二つ目のシナリオに傾きつつあるようにも受け止められます。果たして日本は、本当に経済的、政治的なプレーヤーとしての影響力を、本当に失っていってしまうのか。

 こうした状況に関し、8月10日日本経済新聞では、バークレイズ証券調査部長の山川哲史氏が「周回遅れの先頭走る日本の役割」と題する論考を寄せています。

 氏によれば、海外投資家と日本を巡る議論を交わす際、しばしば「周回遅れの先頭」といった表現が登場するということです。

 デフレ傾向が定着するなか、いち早く先進国に先駆けて異次元金融緩和を行ったもののその効果は持続性に乏しく、政府債務の膨張、日本銀行のバランスシートの肥大化といった課題を残す結果となった日本。今回の「競争的」利下げ局面においても日銀は主要中央銀行の後じんを拝しつつあると氏はこの論考で指摘しています。

 こうした状況を目の当たりにして、海外の主要な国々の金融当局は自国が同様のわなに陥ることを回避すべく、日本の経験から学ぼうと躍起になっている。ここ数年間、市場関係者の耳目を集めてきた数々の理論・主張も、ほぼ例外なく日本に言及しているというのが山川氏の認識です。

 いわゆる長期停滞論では、日本が典型的な事例として挙げられることが多く、「ヘリコプターマネー」や政府に対する「債権放棄」といった「テールリスク」オプションに属する政策はほとんどが日本の状況を念頭に置いていると氏は言います。

 また、その妥当性を巡り議論が過熱している現代貨幣理論(MMT)についても、その典型例として日本に言及しているものが多い点はよく知られているところでしょう。

 しかし、問題は、これらの議論について日本から解説や批判は聞かれても、自ら先導する動きがほとんどみられないことだと山川氏はこの論考で指摘しています。長期停滞論では、日本の1990年代半ば以降の自然利子率の加速度的な低下がいかなる要因によるものか、必ずしも説明されていないということです。

 現在の日本が置かれた「ローフレーション」については、日本特有の現象なのか否かを日米各国の物価統計の特性まで含め包括的に議論することが必要不可欠だと氏は言います。

 例えば、2000年代以降の日米間の消費者物価指数(CPI)上昇率の格差2%ポイント強のうち44%が住居費により説明できる。そして、日米間で家賃の上昇および変動率にこれほどの格差が生じる原因は、日本のCPI統計の精度の低さにある可能性が高いというのが氏の見解です。

 MMTに基づく財政拡張論についても、政府・日銀の統合バランスシートをみる限り、日銀が量的緩和を通じ財政ファイナンスを提供しているかのごとき構図ばかりが浮き彫りとなると氏は説明しています。

 MMTの主唱者の一人ケルトン教授は、(日本の「先行例」が示す通り)今後、世界的に金融政策は財政政策の「従属的な存在」となると指摘しているということです。しかしその一方で、伝統的経済学がMMTの必然的な帰結として想定するインフレ加速、金利上昇はその兆候すらみられていないのは衆目の一致するところです。

 それはなぜなのか。数々の疑問と分析を提起し、新たなパラダイムを構築していくことが日本の政策当局や学会の責務だと氏はこの論考で指摘しています。

 例え周回遅れであったとしても、先頭を走る走者が果たすべき役割は、失敗の理由を冷静に分析し、後に続く走者が同じ轍を踏むのを回避する処方箋を提供すること。その努力を怠った場合、つけは世界的な景気後退とデフレ慣性のまん延を通じ日本に再び降りかかるはずだと氏はこの論考を結んでいます。

 これまで蓄積されてきた経済学の知見に反し、日本のローフレーションはなぜこれほどまでに長引いているのか。様々な要素と因果関係をしっかりと分析し、間違ったシナリオを書き換えていく必要があるということでしょう。


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