MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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#2227 AIとBI

2022年08月13日 | 社会・経済

 2014年に発表され世界的なベストセラーとなった歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏の手による歴史書『サピエンス全史』(柴田裕之訳:河出書房新社)には、「人間はかつて穀物の家畜だった」といったと記されています。

 人類は、農耕生活をはじめたことで生活の安定や文化などを手に入れた。しかしその一方で、生きるためには嫌でも畑を耕さなければならなくなり、労働や土地に縛られて生活するようになったということです。

 そうした中で、農耕は人々の精神性をも一変させた。個人から家族や地域という集団で暮らすようになったことで、人々は仕事を選ぶ自由を失い、世代を超えて引き継がれる集団のルールに拘束されるようになったとされています。

 しかし、18世紀の英国で始まった産業革命は、人々を自然任せの農耕生活から解放した。技術革新による産業構造の変化は生産性を飛躍的に向上させ、以降、化石エネルギーの利用や機械の発達によって、(本来であれば)人々がほとんど働く必要がないほどの余剰生産が生まれるようになりました。

 しかし、資本主義経済はそうした方向には進まなかった。結局のところ、余剰生産物が皆で分け合われることはなく、富は一部の資本家に集中していった。そうした中で生まれた、社会主義・共産主義革命の試みも(いまだ)成功したとは言い難い状況と言えるでしょう。

 さて、そしてここからが「これから」の話です。AIやロボット技術の発達により、今まで人間がやっていた労働を機械が肩代わりしてくれる時代が(もうすぐ)やって来るとされています。

 既に、全自動の洗濯機やロボット掃除機はほとんどの家庭に普及しており、全自動の生産ラインや3Dプリンタ―の普及により、精密機器の製造や部品作りも自動化されつつある。これから先、人間の労働が機械によって代替される事例が増えるにつれ、「AIに仕事が奪われる」といった悲観論も、既にしばしば耳にするところです。

 しかし、見方を変えれば、人間がやらなければならなかった仕事が少なくなり、拘束される時間が減れば、自由な時間が増えるだけの話。もとより、自動化によって生活コストもどんどん下がっていくので、(無理をして)働く必要すらなくなるかもしれません。

 要は、AI化、自動化による生産性の飛躍的な向上の「果実」をどのように分配するかというのが問題であって、そこさえうまく整理できれば、「生きるため」に働く必要がない社会も決して夢物語ではないでしょう。

 東京財団政策研究所研究主幹の森信茂樹氏は7月10日のYahoo newsへの寄稿(「AIとBI(ベーシックインカム) そしてロボット・タックス」)に、「ロボットやAIの発達がもたらす社会が、いままでの半分しか働かなくてよいユートピアなのか、半分の人が失業するデストピアなのかはいまだ定かではない」と記しています。

 その際大きな問題になるのは、技術革新によって生まれる(であろう)巨大な経済格差が、社会にどのような影響を与えるかということ。AI・ロボットを使いこなす側(資本の出し手やそれをビジネスに活用する優れた経営者など)とそうでない側との間に生じる大きな格差(所得格差・資産格差)が、社会を分断していく可能性も(もちろん)あるというのが森信氏の認識です。

 このような近未来の社会の分断・格差を防ぐためにはどうすべきか。まずは、AIやロボットにより職を失った者への所得保障が必要になると氏はしています。もちろんそれと同時に、AIやロボットに負けないよう、ロボットに代替できず人間にしかできない仕事を広げていくための教育や職業訓練を充実させることも求められるということです。

 そして、こうした変化に対応すべく、万人に最低限の生活を保障するベーシックインカム(BI)を提供すべきだとの論調が、欧州やシリコンバレーで主流になりつつあると森信氏はこの論考で指摘しています。

 もとよりベーシックインカムの導入には、議論すべき様々な課題・問題がある。それは、勤労あるいは勤労モラルや賃金に及ぼす悪影響であり、残されたエッセンシャルワークを誰がするのかという問題であり、さらには肝心のBIに必要な財源をどう賄うのかという切実な課題も残されています。

 こうした課題に対し、IMFは2015年にロボット・タックスに関するワーキングペーパーを公表。「技術進歩の効果を維持しながら格差等の悪影響を軽減する財政政策を考えていくことが必要」という趣旨から、ロボット等への課税(ロボット・タックス:所得課税、資産課税、代替案としての超過利潤への課税)の方法を提案していると、氏はこの論考に綴っています。

 AIやロボットは、すでに我々の生活に根差している。しかし、今後人間はどのようにそれと共存していくのか、共存のために必要な政策は何でそのコストはだれがどのように負担するべきなのかなど、我々が(社会システムの維持のために)検討すべきことはまだまだ多いということです。

 果たしてAIは、これから先の社会を(その力で)バラ色のものに導いてくれるのか。そうした視点に立ては、AIとBIは、その根っこのところで深く関連している。ベーシックインカムと(AIを含めた)ロボット・タックスなどの議論は、いわば「表と裏」の関係にあると説くこの論考における森信氏の指摘を、私も興味深く読んだところです。

 



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