MEMORANDUM 今日の視点(伊皿子坂社会経済研究所)

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♯806 人口減少に何を見るか

2017年06月06日 | 社会・経済


 国立社会保障・人口問題研究所が5年ごとに公表している日本の将来推計で、総人口が1億人を割るのは2053年ごろとなり、前回推計時より5年遅くなることが分かったと2月1日の朝日新聞が伝えています。

 研究所を所管する厚生労働省によると、30代以上の女性の結婚や出産が増えている兆しが見えることに鑑み、前回の推計時よりも合計特殊出生率の上昇を見込む必要があったとされ、その分、人口減少のペースが緩やかになると予測したということです。

 とは言うものの、同研究所の推計によれば、18年後の2035年には生涯未婚率は男性30%、女性20%にまで落ち込むと予想されており、15歳以上の独身者の人口が4800万人に達して人口の48%を占めるようになるということです。

 一般に、出生率低下の約8割が未婚化に起因すると言われており、こうした高い生涯未婚率は、日本の社会において次世代再生産のプロセスが毀損されつつあることを意味するという指摘もなされています。

 少子高齢化の伸展とそれに起因する人口減少に業を煮やす政府は、昨年6月の閣議で決定した「ニッポン1億総活躍プラン」において「希望出生率1.8」を標榜していますが、その道のりは未だ険しいままといってよいでしょう。

 若者の未婚率はなぜ予測を裏切る速度で上昇し、出生率にはなぜ(それなりの)改善の兆候が見られないのか。

 3月25日の東京新聞では、現在の日本の人口減少に何を読み取り、社会は何に備えるべきかについて、静岡県立大学学長で歴史人口学者の鬼頭宏氏に聞いています。

 鬼頭氏によれば、近年の研究により分かってきたことの一つに、人間社会は人口が増加する時期と減退する時期を何度も繰り返していることがあるということです。ひとつのまとまった地域の人口は、増えたり減ったりしながら維持されている。つまり、人口が減っていくことをもって、異常なことが起きていると考える必要はないという指摘です。

 日本列島も、これまで大きく分けて(少なくとも)3回にわたって人口減退期を経験してきたと鬼頭氏は説明しています。

 1回目は(気候の変動が大きかったとされる)縄文時代の後半から稲作が伝わる弥生時代の始まりまでの期間。2回目は人口が700万人程度でピークを打った安時代後期から鎌倉時代にかけての期間。そして室町時代に始まった人口の増加は江戸時代の中期に3000万人ほどで頭打ちになり、以降、幕末にかけて3回目の人口停滞の期間を迎えたということです。

 一方、幕末以降進んだ海外の技術の導入と新たな産業の振興により、日本の人口はおよそ150年間にわたり爆発的な増加基調に乗りましたが、ついに2008年の1億27,09万4,745人をピークに(史上4回目の)減少に転じたということです。

 さて、一方、海外に目を向けると、(例えば)欧州の人口はローマ帝国の崩壊で減少した後、増加に転じ、また、14世紀に入って大きく減少したと鬼頭氏はしています。

 その人口減少はかつてペストの大流行で説明されてきましたが、その後の歴史人口学者の研究で増加率はペスト流行の前から落ち始めていていることが判ってきた。ペストや寒冷化がそれに追い打ちをかけただけだとういうことです。

 この記事において鬼頭氏は、大きな流れを見れば、人口の増加や減退は、むしろ社会の構造、文明システムの転換や成熟に深く関係していると説明しています。

 例えば、生活が狩猟・採集で成り立っていた縄文時代は、生態系の生産力によって人口が規制されていた。だから、中期以降の寒冷化に直接、影響を受けたということです。

 また、稲作が始まった弥生時代以降では、人口収容力の大きさは耕地面積や水、燃料など環境資源の量で決まるようになった。さらに、その収容力が限界に達して人口が増えなくなると、今度は室町時代以降、農業社会にも市場経済が浸透し、経済合理性の追求が土地生産性の向上をもたらしたということです。

 とはいえ、土地に依存する農業社会であることに変わりなく、鎖国体制下の元禄期ごろには人口収容力は再び上限に達し、日本は3度目の減退期に入ったと鬼頭氏はしています。しかし明治維新を迎え、工業化によって人口収容力が格段に大きくなったことで、日本は歴史上も稀に見る人口爆発の時代を迎えたということです。

 さて、このように見ていくと、4度目の減退期は、つまり工業化に依存する文明システムの行き詰まりと言うことができるのではないかというのが、昨今の人口減少に対する鬼頭氏の基本的な認識です。

 一方、これまでの3回にわたる人口減退期を、単なる停滞の時代と見るべきではないと鬼頭氏は指摘しています。その期間は、良く見れば「次の文明システム」を準備する成熟社会の時代であり、経済と人口の量的拡大が困難になるたびに、新しい資源、新しい技術、新しい制度への転換が行われたことを見落としてはならないということです。

 氏は、出生率の低下に伴う人口の減少は、実は日本に限らず先進諸国に共通して起きている現象だとしています。その基本的な形態は、経済の発展に伴い「多産多死」から「多産少死」を経て「少産少死」に至るというもので、人口学ではこの変動パターンを「人口転換」と呼んでいるのだそうです。

 しかし、そうした人口転換にも、世界の地域や文化圏ごとに違った現れ方をする場合もあるようです。

 例えば、日本の合計特殊出生率が2.0を割ったのは第二次大戦後の1975年で、欧米諸国とほぼ軌を一にしていたということです。ところが、その後、米国や英国、フランス、北欧では出生率が2.0前後まで回復を見たのに対し、日本やドイツ、南欧などでは低いまま推移しているという現状もあります。

 鬼頭氏によれば、こうした状況についてフランスの人口学者エマニュエル・トッドは、地域に固有の家族制度が影響していると唱えているということです。そしてその考え方は、日本や韓国など東アジアの低出生率国にも当てはまりそうだと氏は指摘しています。

 出生率が回復した英米仏などは伝統的に核家族が多く、それに対し日本、ドイツ、イタリアなどは、近代化する前は3世代家族が多かった。近代化して初めて核家族を経験する地域には夫婦だけで子どもを育てる仕組みが社会にうまく出来上がっていないため、それが、低い出生率につながっているという説明です。

 鬼頭氏は、今回の(先進国における)世界規模での少子化について、化石燃料、ウランなど鉱物資源に依存する産業文明が行き詰まり、持続可能な発展・開発を可能にする新たな文明への転換を準備する時代が来たことを象徴していると考えています。

 それは、再生可能エネルギーをベースにした社会に転換する時が来たということであり、今私たちに問われているのは、これまでと同じような価値観と発想でGDP600兆円を目指すことでも1億人の人口を維持することでもなく、豊かさの指標を何に求めどんな社会をつくるのかではないかという指摘です。

 確かに人口は多ければ良いというものではないでしょうが、人々の豊かで幸福な生活が、結果として人間社会に人口の増加をもたらしてきたのもまた事実です。

 ここからしばらくの間(人口の減少が)続くことが確実視されている以上、日本が現在社会の転換期にあるということをしっかりと自覚して次の時代を模索する必要があること。そして何より親たちの世代が夫婦仲良く幸せに暮らすことこそが、次の世代が自分たちの未来をポジティブに受け止める糧となることを、鬼頭氏の説明から私も改めて考えさせられたたところです。




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