Dying Message

僕が最期に伝えたかったこと……

「トワイライト」

2012-07-19 00:06:38 | 小説
 流れる雲を眺めながら、男は孤独を感じていた。

 彼は定職に就いていなかった。インターネットを通じて知り合ったバンド仲間と小さなライヴハウスで演奏に明け暮れる毎日だった。30歳目前の連中が集まったこのグループが今後脚光を浴びる可能性は限りなくゼロに近かったが、それでも男にとってはアーティストであることが唯一のアイデンティティだった。

 彼は競馬がとても上手く、仕事をせずとも生活には困っていなかったが、一方で自分のその安定感のない人生には焦りを感じ、また強いコンプレックスを持っていた。
 高校や大学の頃から仲良くしていた友人はみな結婚をし、所帯を持ち、一家の主としての顔に変わっていった。当然のように付き合いは疎遠となり、遊びに誘うメールを送れども断りの返信さえ届くや届かずや。「薄情者!」と言ってやりたいのはヤマヤマだったが、言えば虚しくなるのは分かっていたから、悔しさをそっと胸に押し込んだ。
 彼らと比べたとき、自分のポジションや生き様みたいなものが物凄く幼く思えて、人生の閉塞感、寂寞感、その全てをぶつけるように男は曲を書いた。

潮が引きゆく黄昏の海 時間(とき)の孤島に僕は取り残されているよ
友はみな家庭を持ち 年賀状(はがき)の中で赤ん坊が無邪気に微笑む
なのに僕は叶わぬ愛を追いかけて 海へと浸かる夕日に涙する
Where is my dream? 僕の明日が見つからない
Where are my friends? 僕を置いていかないで
地平線のその向こうに 希望の光は射すのだろうか
 ・
 ・
 ・


 自らのハートめがけて、まだ見ぬ未来めがけて、男はひたすらにギターを掻き鳴らした。


最新の画像もっと見る