ある出版社から話が聞きたいと呼ばれた。教科書が電子教科書になる流れがある。これを一つ持てば小学校から高校までどんな科目も全部間に合う。そこで出版社としてはこの流れをなんとかして止めたいと思っているのだ。電子教科書になれば紙や印刷はおろか出版社の存在も危なくなってしまうからだ。
出版社・・・本当にそんなこと思ってる?
むしろ逆なのに。
出版社が紙の教科書にこだわりすぎると何が起こるか?
今は出版社が抱え込んでいる本当にコンテンツを作成する能力がある人たちが、そんな出版社に愛想をつかし、だんだんインターネットや電子書籍の世界に行ってしまうだろう。
前の記事「電子書籍はフォーマットとアプリを制したものが勝つ」でも書いたが、
電子書籍で一番大きな事件は、コンテンツが流通やデバイスと完全に切り離されたことだ。
(そのために「本の在庫」という概念が無くなったことも含む)
だから、コンテンツを保有してる出版社がその下流まで影響を及ぼす、ということが出来なくなった。
出版社が、電子書籍への流れを食い止めたいのは、この既存の影響力を保持するためだ。
しかし、コンテンツ自体の価値がまだ残されてることを忘れてはならない。
そして教科書会社は、今それと、それを作る人々とのコネクションを多数持っているということ。
本当に怖いのは、コンテンツ作成能力がある人が徐々にインターネットや電子書籍に移行してしまい、出版社がそのレベル高いコンテンツを失ってしまうことなのだ。
逆に今、電子教科書に移行すれば、質の高いコンテンツを作る新しい人を取り込むことが出来る!
Twitterでこんな教材を紹介してもらった。
高校の化学の教科書がこんなだったら、もっと楽しく化学を学べたかもしれない、という人は多いんじゃないか?
教科書会社は、このユーザビリティを備えて、かつ幅広く広範な教科書を作っていくべきなのだ。
だって、こんなのって、教科書がまだ電子化されてないからすごい、と思うだけだ。
ぶっちゃけWikipediaや百科事典に載ってるレベルの情報を集めただけじゃん。
高校の化学では、もっともっと面白く、難しい概念を沢山やっている。
一つ一つの元素でももっと詳しい話や、酸化還元やそれによる電池の仕組みとか、有機化学反応とか。
そういうことが、この教材のレベルで電子書籍化されたら、あの時分からなくて苦労したことが、もっと分かりやすくなるのではないか?
教科書会社は、持っているコンテンツ作成人材ネットワークを活用して、電子書籍でわかりやすい教材を作っていくことが可能なはずだ。
更に言おう。
Twitterで下の趣旨のTweetをしていた方がいた。
PCもインターネットも教育の現場に導入されてしばらく経ちますが、何も変わってませんよ。
学校の先生が、PCやインターネットでどうやって有用な情報を手に入れて教育に生かしていけばよいか知らないからです・・」
電子教科書は、先生がインターネットなどに弱い人であっても、簡単に使い方が分かって、次々と新しい情報を手に入れられるものでなくてはならないと思う。
理想的には、先生がいなくても、子供達が自主的に学んでいけるツールであって欲しいと思う。
例えば、Google Mapは色々な情報が入っていて面白いが、それを地理の授業に活用出来るのは、本の一部の情報系に強い先生だけだろう。
電子教科書では、教科書のページにそういったネット上の情報が自然とリンクされていて、
どんな人でも簡単にネット上にある沢山の情報を活用していけるものでなくてはならない。
どうやらiPadのユーザビリティは、それを可能にしているらしい。
私の周りの子持ちiPadユーザによると、もうiPadは子供のおもちゃなのだそうだ。
デバイスを子供に渡しておくだけで、いつの間にか使い方を勝手にマスターしているらしい。
それくらい、直観的なユーザビリティだってことだ。
最近は、iPadをパソコンの使い方がいまいち分からない両親にプレゼントするケースが多いという。
先生が「情弱」だったとしても、気軽に使うことが出来るし、それ以上に子供達が自分で簡単に情報を次々に得ることが出来る、これが電子教科書のあるべき姿だ。
(そして情弱な先生が「権威」を失わないように、電子教科書を活用した指導要領をちゃんと作って売るのも教科書会社の価値だ)
教科書会社はAppleだのAmazonだのが持ちたくても持てない、「学生全員にリーチする」というスゴイ販路を持ってる。
いまの状況ではどんなに良い教科書的アプリがiPad上で紹介されても、使えるのはお金があって、ついでに情報リテラシーもある人だけだ。
教科書会社が電子書籍を作ってくれれば、全員が、素晴らしいコンテンツに触れることが出来るはず。
じゃあ教科書会社が強みを生かしつつ、もっと素晴らしいコンテンツ製作者を引き寄せていくためには、
どのような電子教科書を作っていけばいいか、夢想してみる。
<英語編>
まず、英単語を辞書で調べなくても語彙が出てくるスクロールオーバー機能は当然ついてる。
中学・高校までは、学ぶべき文法も吹き出しが出てきて教えてくれる。
教科書の英語読むのが苦でなくなるので、リーディングの分量を増やせる。
更に知らない単語をハイライトしておくと自動登録してくれて、それに基づいて定期的にテストもやってくれる。
そのうち、現在の単語力で読める本をSuggestしてくれる、自動副読本機能。
スポーツとか芸術とか科学とか、自分の興味ある分野から副読本を選べる、最強のオーダーメード教科書になる。
(MITメディアラボの某氏と議論したときに出てきたアイディアです。感謝。)
ここでは、電子教科書のソフトの機能を強調したけど、そもそもどの文章を教材に使うか、
どのような例文で文法を学ばせるか、というようなところはコンテンツ作成者の能力が問われるところだ。
普通の人が作るよりも、教科書を作るノウハウがある会社が作る方が、圧倒的に良いものが出来るはずだ。
<数学編>
数学も、ベクトルとか、複素数とか、抽象的なイメージがわかなくて分からなかった、という人は多いんじゃないか?
こういう概念も、演算を図ですぐに示してくれるようなアプリがあれば、すぐに図形的なイメージがわかって理解しやすい。
で、実際そういうアプリは既に世の中に存在するのだが、(例:http://vf.appget.com/vf/menu/lib/ap/apview/020243.html)
結局さっきの話と同じで、全ての人がすぐにネットに接続してゲットできる、というものではない。
だから、教科書会社がこういう機能を「標準の」教科書にして配布する、というのに意味があるのだ。
ついでに日本の数学のレベルはOECD諸国でもまだ上の方なので、この教科書のコンテンツを数ヶ国語で販売すれば、他の国の参考書として売れるかもしれない。
電子教科書の素晴らしいのは、そういうことも低投資で出来るってことだ。
<地理編>
Google Mapは当然利用。
教科書会社が教科書にまとめてる各地域の情報の方が、役に立つので、Google Mapの上にそれをちりばめた物を教材として使う。
昨日紹介したGapMinderみたいなものも、統計資料集として当然活用できる。
この手の「資料集」を教科書にする場合、一番大事なのは「どの順番で、どういう優先順位で教えるか」ということだ。
この辺りを、教師の情報リテラシーに任せるのではなく、ちゃんと教師がこれらのツールを生徒に教えられるよう、指導要領をちゃんと作るのも教科書会社の役目。
電子教科書は、「素敵な資料集」化するものが増えるだろうから、これが一番の価値の源泉になるだろう。
こういうのは、タダで手に入るネット上のアプリとかには存在しない。
教科書会社が価値を発揮し、売ることが出来る部分だ。
<歴史編>
教科書会社が一番強みを発揮するのはここかもしれない。
あれほどのコンパクトさで、広範な内容をしっかり纏め上げているのは、Web上のタダのコンテンツとかには見つからない。
色々議論はあるかもだけど、教科書から参考になる図書へのリンクをすることも出来るだろう。
学生限定で「電子図書館」から参考図書を借りることも可能。
「図書館」だから、一度に借りてる本の冊数は決まってるわけ(笑)
一人で何冊もダウンロードできないし、読み終わったらちゃんと返さないと次のが借りれない。
で、この教科書は当然学生じゃない大人も購入できるんだけど、その場合は参考図書は電子書籍販売サイトにつながっていて、そこで購入できる。
電子教科書でアフィリエイト。
教科書会社が新たにこんなところで稼ぐことも可能なのだ。
<物理・化学編>
化学はさっきも書いた資料集的な位置づけだけでなく、
実験なども、その場で動画につながっていて、すぐに見ることが出来る、というのが強みだと思う。
更には、実験アプリみたいな感じで、クリックしたりすると、模擬実験が出来るとか。
教科書会社は、実験を図示するんじゃなく、動画やアプリでそれを表現することだ。
こういう動画やアプリで表現できることが、電子教科書の強みだと思う。
こんなふうにアイディアを出していったら、きりが無く次々と出てくるだろう。
教科書の上からネット上の有用な情報にリンクを貼ったりして、活用できるようにすれば、「情弱」な人でも、情報を活用する方法を自然と学べるようになるはずだと思う。
以上、ポイントは
・出版社は、コンテンツを作る作成ノウハウと作れる人のネットワークを持っているのが強み。
・電子教科書でも、コンテンツを作る人の重要性は変わらない。この強みを更に伸ばすような機能を付けた電子教科書を早く作ることで、優良コンテンツを作る人を教科書に誘致できる
・そして電子教科書は、その性質を活用したユーザビリティによって、情弱な先生も生徒も、ネット上の有用なコンテンツを次々と活用できるものに出来るはず。
・更に、出版社は「全ての学校の生徒にリーチ出来る」という、デバイス各社垂涎の販路の強みを持っている。Appleなんかがその販路を獲得する前に活用出来るよう、早めに進出すべき。
ということ。
だから、すぐにでも出版社は電子教科書を始めるべきだと思うんですよ。
電子書籍関連の過去記事
My Life in MIT Sloan−電子書籍でデバイス各社はどうすべきか 2010-05-28
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My Life in MIT Sloan−電子書籍はアプリとフォーマットを制したものが勝つ 2010-05-24 ←オススメ
My Life in MIT Sloan −アップルが電子書籍で最初に教科書を狙う理由 2010-01-27
My Life in MIT Sloan −日本の出版社が直面するイノベーションのジレンマ 2010-01-26












教科書となると文科省という頭の固いハードルをクリアしなければならないのが
結構大変かもしれませんが、子供に学ぶ楽しみを教える意味でもせっかくの政治主導で
突破して欲しいですね。
あとは、今の義務教育の教科書無償をどう賄うかですが、国の未来への投資と考えれば
予算を回してもいいところだと思います。
日本が世界に先駆けて電子教科書全面採用とかやったら面白いんですけどねぇー。
指導要綱が変わるわけでなし、教師側からすれば面倒だからその手の教材は使いたがらないかもしれませんね。
実際「超字幕」っていう映画やディスカバリーチャネルを題材にしてる英語学習ソフトがあって、めちゃめちゃ便利ですよ。
いちいち、辞書調べたりしなくてもいいし、分らない単語は単語リストに登録してiPhonに登録出来たり。
これで教科書に限らず、TOEFL学習用アプリなんてあると便利なんだけど。。
いずれにせよ生徒に必要なのは、あとはやる気だけです、って世界がやってきそうですね。
教師の役割は、そのモチベートってことになるのかな〜。iPadあれば、内職し放題ですね、笑
>今の義務教育の教科書無償をどう賄うか
デバイスの陳腐化の問題もあるので、一度買えば大学まで、と言うわけには行かないでしょうね。
恐らく義務教育までの9年間使い続けるという前提で、小学一年生のときにどれだけ払えるか。
その価格までデバイス価格が落ちるか、というのも一つのネックですよね
@clydemenderさん
識字率のことまで考えが及んでいませんでしたが、確かにそうですね。
いわゆる読書障害とか、様々な障害を越えた教育が可能になるかもしれませんよね
@hitacさん
その教え方によらずに、生徒が自主的に応用的な勉強をしていけるような教材を目指すべき、と考えています
@とある歯医者さん
教師の役割は、考えないといけませんよね。
とにかく、「教える側の質に寄らずに」生徒が最大限学べる環境を作るのが電子教科書の役割、と考えていますので、その場合教師が出来ることはなんなのか?
モチベーションを与える、またはある程度は、完全な指導要領を用意してあげて、先生も教育するような教材になるのかもしれません・・
@(Unknown)さん
流通だけで、在庫と販路の確保でマージンを取っていた卸などの業種は、電子化によって存在意義を問われるようになりますよね。
販路の方はまだ価値が残りますが、在庫リスクをとることの価値はゼロになりますからね・
教科書に限らず、普通の電子書籍もそうですが。
ただ、出版社がそのしがらみに捕われるべきか、というとそれは考え方次第なのかな。と思います
それなりの人数が関わっています。で、出版社の方と言うのは、多かれ少なかれこういった人とちと日々いっしょに仕事をしている人達だと思います(全部でなないでしょうが)。
MBA取得を目指し留学中と言うブログ主さんが、出版社の抵抗を「既存の影響力を保持」と切って捨てるのは
多少なりとも末恐ろしさを感じます。
# あ、電子書籍化自体には全く賛成です。
おそらく大した予習はしなくてよくなるし、生徒に当てて和訳させる必要もなくなります。
本来的な英語の授業の目的は、英語の文章を読み書きできて、聴けて話せるようになることですから、教科書をきっかけにたくさんの英語に触れることになれば喜ばしいことのはずです。
しかし、学校の教育現場は、勉強のために「汗をかく」ことを重視していて、目的と手段が逆転しているような気がするので、多分、解りやすい教科書というのは現行の授業のスタイルに反します。
結果として、「授業中はiPadに頼らずに和訳を書きなさい」的なことになるでしょう。
そういった本末転倒な事態を引き起こさないためには、教育そのものも同時並行で変えていかなければならない訳で、現状を鑑みるとその道のりは果てしなく遠いですね。
そもそも、今の教育は19世紀の明治期とほとんどやり方が変わってないわけで、当然現代に合わせてアップデートされてしかるべきだと思うんですが、どうしてそうならないんでしょうね(笑)
「それなりの人数が関わっています」
「インフラのハード的な部分」
↑
既存のそういうのが無くなったら困るというだけでは。末恐ろしいですか。そうですかね。
学ぶのは子どもたちですけど。大人の都合で出版社が変わらない事のほうが、末恐ろしいですよ。僕は。
私もリアルタイムで田原さんのTweetを読んで、同じことを感じていました。
本気で教科書出版業界がこんなことを思っているのか、一部の関係者が思っているだけなのか、判断できませんが。
間違いなく言えることは、『紙の教科書をただ単に電子化しただけでは意味が無い』と思います。
マルチメディア化(死語ですね)され、対話性を持ったコンテンツによる電子教科書による教育活動のイノベーションも必要不可欠なのだと思います。
つまり、出版業界だけではなく、教育界が代わらねばならないと。
思うところを自記事にして、トラックバックさせて頂きました。
上に挙げてある私の過去の参考記事を読んでいただければ(イノベーションのジレンマの記事がいいかな)、と思いますが、切り捨てたつもりは無いですよ。
この記事では、出版社が如何に既存の仕組み・組織があるために変わるのが大変か、ということを書いています。
でも変わらなければ、もっと大変なことになるだけですよね。
あと、何でも良いので名前欄だけは名前を入れていただけると返信の際助かります。
Unknownが増えると誰に返事してるのか分からない、という現象が良く起こるので。
@NSさん
それは現実的なポイントですね。
電子教科書が導入されるまでは、そうなるでしょうね。
逆に電子教科書が導入されれば、テストなどもその上で、個人の今までの習得度に合わせたカスタマイズが出来るようになると思います。
公文みたいですが。
紙のテストは、全国模試とか、日ごろの理解達成度とは別のテストだけで行われるようになるのかな、と思ってます
@GALANT's Cafeさん
トラックバック有難うございます。
そうですね、教育界が変わらないと教材が変わっても換わらない。
しかし、デバイスから教育を変えていくことも可能、という視点もあるかな、と思い本記事を書いてみました。
教える側が何であっても、問題なく学生・生徒が学んでいける教材と言うのが私は理想的だと思います。
歴史教科書とかに出てくる像や絵などの権利関係が電子化する上で厳しいと聞いた事があります。それを所有してる美術館やらお寺やらがデジタルで使うなら別にロイヤリティをというのが現状のようです。
歴史に限らず権利が絡むコンテンツは、得体の知れない(と思われている)電子化への二次使用というところで躊躇されて進まないというのはありそうですね。
誤解されている点があるので指摘。
教科書会社に指導要領を作るよう求めていらっしゃいますが、指導要領を作るのは、文部科学省です。教科書会社が作るのは、教師用の「指導書」です。
次に、電子教科書に「ネット上の情報をリンク」という意見について。
教科書である以上は、リンク先の情報の信頼性を保証する必要がありますし、リンク切れしては困ります。実際のニーズは少ないかもしれませんが、過去に学習した教科書に戻って復習できることが必要条件なので、信頼性やリンク切れといった問題は、必ず解決する必要があります。何十年経っても、学習した当時のまま(書き込みや落書きも含め)再現でき、当時に戻って学習できる電子書籍でなければなりません。
と、否定的な意見を述べましたが、私自身は教育の情報化に賛成です。急ぎすぎて大切なものを失ってしまっては、本末転倒だということです。紙媒体の教科書にあって、電子媒体の教科書に欠けている(であろう)ことを明らかにし、電子書籍の仕組みを改善することが先です。
日本で、学校の教科書ということになると、文部科学省の検定に合格する必要があるので、革新的な取り組みはなかなか難しいと思います。まずは副読本や資料集など、教科書に比べて編集の自由度の高いものから実験的に電子書籍化して、教科書の必要条件を満たすノウハウを蓄えた方がよいと思います。
例えば、「世界史」「政経」「日本史」「地理」という現在の区分を考えたときに、「世界史」と「日本史」はインターフェース進化に伴い、統合されていくのかもしれないですし、いまや「地理」という区分を「政経」と同レベルに重要視する意味合いはないのかもしれません。
これらは、大学の科目により大きな影響を与えるかと思います。「知識の構造化」と東京大学が言っていますが、「「電子媒体で学ぶ」という観点からの最適な「知識の構造化」とは何か?」という論点は近い将来脚光を浴びるのかもしれませんね。
uenoyama@yangyang(=east Korea)
失礼があったら申し訳ございません。
地方の出版・印刷社からです。
最初数行で出版社からそのような抑止力が働いてるのかとびっくりしました。
教科書自体が電子的に行えるようになれば素晴らしいことだとは思いますが。
ただ、
義務教育で全てのデバイスを配給出できのか。
電子に対するコンテンツ配信に対する予算額。
等疑問はありますます。
色々書いて申し訳ございません。
これからもよろしくお願いしたく、コメントさせていただきました。
小学生のうちから
「ネットと端末があれば勉強なんてしなくていいじゃん」
と言い出す子供が出てくるだけかも。
調べれば数秒で出てくるようなことをわざわざ覚えて
答案用紙に頭で書くことは無駄だ、と一度でも思ってしまうと
その先勉強なんかする気がなくなりますよ。
出版社も問題だけど、製紙業界が絡んでいるんですよ。実際、ブックオフなんて一時期「目の敵」にされていましたからね。
じゃあ、製紙業界がボロ儲けなのかと言えば、さにあらず。古紙の価格が上がったりすると、採算に合わないと半泣きになる時もあるそうで。
そして一番厄介なのが教師。情弱な教師向けの指導要領……。まぁ見もしないでゴミ箱に放り込まれるでしょうな。ちゃんと見る人なら情弱にはなりません。あれも事務仕事ですから、ワードやエクセルくらい普通に使う人が多いんですよ。小テストの原稿作ったりとか、点数の集計とかね。
まず、何年も前にはやった大人向けの復習テキスト「中学の○○を××日で復習」なんてタイトルの本として出版して実績を積むのがよろしいかと。
教科書、文芸書、雑誌など書籍といっても様々な用途があり、一概に書籍とひとくくりにしていいのか疑問です。
教科書は、国体を体現する師範となる思想(考え方)をすり込むものであるので…便利なので、理解しやすいので、引用しやすいのでという短絡的な意見で早急に導入する意見には共感をしません。
って言っても個人的な意見ですが…
特に、短絡的に知識を引用するツールとして電子書籍を取り上げるなら、とても危険な感じがいたします。
そこには、発見、発明のネタになるものがあるならいいですが…おそらく、大概の人は、その引用先を過信して、新しい見方を発見できないのでしょうか…
私は、中性の地動説を新たに生む行為に感じます。
更に、言わせて頂くと、孫正義氏を除く、携帯電話会社の社長達が、「携帯の操作は難しい」とか言っていて、それがまかり通る社会では、お先真っ暗
(ToT)
「それを作っている人の生活」
の為にあるのか、
「将来より高い教養を得てもらう」
為にあるのか、
の、どちらかを明確にしないと議論は収斂されないと思いますよ。
「電子書籍」の登場によって、この2つは両立しない可能性が高まったのですから、改めて「目的」を明確にして議論なり進めるのが筋かと思います。
近年、ググって得ただけの知識を振りかざして学んだつもりになっている人が増えていることからも、
あまり便利になりすぎるのも良し悪しだと思っています。
特に、理科の実験については、動画で見られるからといって実習を減らすようなことにはなってほしくないですね。
動画から得られる情報は体験して得られる知識に比べて本当に僅かなものですから。
電子化には知識を容易に得ることができる、という側面よりも、
より学問に関心を持ってもらえるような魅力的なコンテンツの方を期待します。
教科書を棒読みした先生の授業は何も頭に入りませんでした。
同時にマニュアル化された電子書籍を使った授業も同時につまらないと思います。(すぐ飽きるも含む)
教師の意思をいれ噛み砕いた授業という、有機的な授業こそが重要だと思います。
学問は人によって伝えられるべきだとお思います。
自分でどんどん進めていけるというのはその次の段階の話ではないかと
先生が教壇に立って「○ページ開いてー」と使う教科書を電子化した際の利点を聞いたことがありません.
また,今の教科書には教員用指導書という便利なものがありますから,反対される先生が多いのではないでしょうか.
個人的な懸念は,
記憶の定着は物理的な場所から覚えてる気がするので,電子教科書・参考書の場合はどうなるのかなと思っています.
また,文字で検索出来ないもの,曖昧な記憶や図などを探すときに,電子書籍よりも本の方が能率よい気がします.
<英語>
一行目しか満たしませんが iPhoneアプリにこんなアプリがあります.
http://catchawave.jp/
僕は,授業中パラパラ漫画が書けなくなるので、電子教科書に反対という立場です.
子供たちが授業中に学ぶのは,学問だけではありません(笑)
電子参考書には賛成.
参考書ならば共存してもさほど問題にはならないと思うので,バシバシ電子化すべきだと思っています.
(支離滅裂な文章だ・・・)
活字離れして書くことを段々と忘れていかないように気をつけなければ!
西丸しんや氏が懸念したように、人類は手を使うことから進化してきたのだから全面的に電子教科書に頼ると退化もあり得る?
参考書や辞書など 電子だと確かに便利な反面、書物の辞書を引くことを億劫がる子供が増えてきた。
答えがすぐに出てこない書物の辞書や参考書はイライラ感があるようで。
便利になりすぎると何かが退化する?アメリカではいち早く電子図書館が活躍して借りたいときに、興味のある時に読めるのがいいらしいそうです。
電子図書館は 賛成です!
教材はあくまで補助でなければならない。
(以下は私見)
そうでないと知識がいっぱい詰め込まれているだけで使えない人が量産されそう。
専門用語と公式を並べまくってるのに物理現象がちっとも分かってない1流といわれているエンジニアが腐るほどいます。
この人達は何も知らない人より足を引っ張ります。
1億総足引っ張り族にならないように
完璧でない”人”が教える事を希望します
参考書としてだったらすばらしい
感動しました
ただ、パソコンやテレビ(ビデオ・DVD)も学校教育を劇的に改善するはずでしたが、実際には死蔵されていますね。
学校の予算で買えるような教育的効果の高い質の良いソフトが、現在もまだ皆無に近い状態なので、使いようがないのでしょう。
NHK教育の番組でも、ダビング10がかかっているので、自由には使えませんよ。
そいう現実を無視して、「紙の教科書やノートは即座になくす」というような過激な議論をする人達には驚きます。
iPadに、教育的に洗練されたコンテンツ(教科書)が、無料でついているわけじゃないんですよ。
教科書や参考書を電子化して、いろいろな付加機能を付けるには、出版社にとって、膨大な知力とコストがかかるが、現在の教科書予算の範囲内じゃあ、たいしたものは作れない。
参考までに、現在でも、幾つかの教科書会社から、パソコン用の電子教材(電子教科書の原型)みたいなものが市販さていていますので、出来映えを見てみて下さい。
とても、学校で使えるようなレベルには達していません。
まあ、紙の教科書といっしょに、参考書的に使える程度だと考えておくほうが無難です。
ブログ主のアイデアはつまるところ大学生以上の成人向けのアイデアで、義務教育の範囲ではそこまで便利で多機能さは必要ないように思われる。むしろ教科書の内容以外の別な情報が入ってしまうことは、限られた時間で授業を行わなければならない教育現場では歓迎されないだろう。
まず電子書籍ですがこれは必ず流行ります
なぜならはすでに電子辞書という成功例があるからです
問題は電子化することのメリットを直に受託できるか?
スイカみたく便利だ!!生活必須だ!!ってそこまで思わせるようなものはありませんから仕方ありません
辞書は重い、引くのに時間がかかる等の理由で電子化のメリットが一目でわかります
さて、高校、中学、小学の教科書事情がどうなのかというと…すでに多数の出版社から薄くてすごい中身の詰まった参考書なんて山ほどあります
一方でipadはまだ重いです。
これではメリットがあるのかないのかわかりませんよね?
だからと言って無理だとは言ってません
物には順序があります
重い、引くのにも時間かかる…っていう所から攻略していけばいいんです
具体的には研究室、医療、法律…それらの参考書はもはや鈍器並みに厚いです
またそれら業界にまつわる雑誌も電子書籍するといいでしょう
大体今あげた場所には資料スペースとして鈍器のような本がたくさん詰まった本棚が必ずあり、とても不便に研究されています
つまり最先端産業が電子書籍化すればメリットを直に受託できる、直に受け入れられる
研究室、大学が電子書籍化を強力に進めるとその下の高校も電子書籍に慣れさせようという動きがでてくるはずです
ちょうど現在は大学全入時代、付属高校なんかもたくさんありますね…特に一流大学なんか付属が多い
これら一流大学付属がゴゾって電子書籍化に慣れさせよう、対応しようとすると一般の高校もヤバい、対応しなくてはと動き出します
大人が嫌いな納豆を子供が好きにならないのと理屈は一緒ですね
多分電子書籍が復旧するとしたらまず上から順に下ってくると思います
管理者様のご意見、自分も賛成です。
数年後では遅すぎます。
配信システムを整備し、きちんとしたシステムさえ作れれば、
電子書籍は違った広まりを見せると思います。
衆議院議員の、文部科学省の方が田原さんと同じような趣旨のことを本で書いていますが、
私は電子教科書は有効に活用されれば武器にもなると思うのです。
地方の大学なので、エラそうなことはできませんが、少しでも
配信システムの整備に貢献できるよう頑張ります。
とてもためになる記事でした。
ありがとうございました。
実験を映像で見るより実際にやったほうがいいのは事実なのですが、そうもいかない場合もあるのです。小中学校ならともかく、高校だと時間が足りないのです。
私は今や大人たちが若者を批判する材料といった状態の「ゆとり世代」の人間ですが、その「ゆとり教育」の高校の授業でさえ、実験は化学で三年間に四回あっただけでした。それ以上やろうとすると教科書を最後まで終わらせることが出来ないのです。
やってみたい実験があっても出来ないことが高校では多々あるので、少なくとも高校の教科書については実験の映像があるといいと思い増す。