My Life After MIT Sloan

組織と個人のグローバル化から、イノベーション、起業家育成、技術経営まで。

ジャングルのマヤ遺跡パレンケ-メキシコ旅行(10)

2009-04-06 20:50:05 | ●メキシコ・中南米

早速朝8時にツアーバスが出発し、パレンケ遺跡へ。
4時間、ガイドなしで遺跡内を自由見学。
思えば、メキシコに着てからガイド付のツアーばかりだったので、初めて自由行動を楽しめる気がする。
私は自由行動が好きなタイプなので、水を得た魚のように遺跡内に駆け込む。

パレンケ遺跡の入り口は、それこそ熱帯の植物園のようだ。
割と人工的に造ってあるところもあるが、背の高い熱帯雨林気候の木々が鬱蒼と茂っているのは見もの。

1. Temple of inscription (碑文の神殿)

入り口を登りきると、広い草原に出る。
そこに、3つのピラミッドが並んでいる。
思わず「うわー、ついに来たー」と叫んでしまいたいような、壮大な眺めだ。

「碑文の神殿」はその中のひとつで、最も大きく、高さ23M。
発見当時に大量のマヤ文字で書かれた碑文が見つかったため、そのように言われるらしい。
今はその中身はメキシコ・シティの博物館にあるらしい。
マヤ遺跡を旅してると、出土品の多くはメキシコ・シティにあって、その場には無いんだよね。しくしく。
いつかは行かねば。

遺跡はだいぶ修復されていて、美しい。
ジャングルの鬱蒼とした森の中に突然こんな大きな建築物が立っているから、余計感動が大きいのかも。

右側に見られる、わらぶき屋根がついた神殿の中には入ることが出来て、ここには、緋の女王の石棺というのがある。

3つのピラミッド(神殿)の奥には、パレンケ遺跡でもっとも有名ともいえる、宮殿の遺跡が見える。
まだ朝8時半なのに、結構な人だ。
中には、昨日バスターミナルでであった「子連れバックパッカー」もいた。
まだ乳のみ子のような小さな子供をお父さんが背負って、バックパックの旅を続けてるってすごい。

それにしても、やっぱりパレンケは規模が大きい。
昨日行ったチチェン・イツァーもいろいろ残っているとは思うけど、パレンケは建物の数、大きさからして圧倒的だ。

2. Palace (宮殿)

この宮殿はすごかった。
下手に修復されてないので、それが余計に想像力を働かせてくれる。

宮殿の下から、天文観測所だとされる塔を望む。
外壁の柱には、一つ一つレリーフが施されているのが見える。
結構保存状態も良い。

急な階段を上っていくと、建物の規模が非常に大きいことがわかり、二度驚く。
遺跡の石の間に少しずつ草も生えていて、「天空の城ラピュタ」を思い出す。
卓越した天体観測技術や、宇宙船のようなものが描かれている、というところも「滅びた科学文明」って感じがするよね。
宮崎駿もこういうところから着想を得てつくったんだろうね。

こちらが、その天体観測所だと思われている建物。

この建物の下側の、石が朽ちはじめているあたりが好き。

こうやって、かつて建物の壁だったりしたところがところどころ残っているところを歩きながら、想像力を膨らませるのが楽しい。
ここが部屋だったんだろうなとか、王は普段どこに住んでいたんだろうか、とか色々想像して楽しむのである。

この遺跡は地下通路だけではなく、地下水路も組まれていたそうだ。
ところどころに水洗トイレ、とされているものが残っている。

これが水洗トイレ、らしい。
この手前の石のところに立って用を足したのかな。

地下通路も多い。
うちひとつで、取った写真。

洞窟のようだけど、天井はちゃんとマヤアーチの特徴を備えている。

入り口から少し離れたところに博物館があり、そこにこの宮殿の復元レプリカがおいてある。
外壁の上部には格子状の建造物が高く積まれていたらしい。

実際に遺跡にいながら、この建物がもともとはこんな壮大な建物だったんだろうな、と想像すると、ちょっとどきどきしてくる。

3. ジャガーの神殿

Lonely Planetにはパレンケ遺跡の詳しい地図が載っており、(「歩き方」には無いのだが)、それによると、碑文の宮殿の裏側に道があり、そこにいくつかの神殿が残っているようである。

早速行ってみることにした。

背の高い溶樹が道を阻む。
溶樹に寄生する木々も、みな亜熱帯のものばかり。

2,3分、ジャングルの中を歩くと、石の表面が赤茶けた建物が見えてくる。

脇の階段を登って、建物の中に入ることが出来る。
中には、地下につながる階段があって、真っ暗なのだが、怖いもの見たさで携帯の液晶の明かりを頼りに、恐る恐る入ってみる。

しかし特に何も無かった。
びくびくしながら地上に戻る。

こんなところまで見に来る観光客は我々くらいしかいないのか、と思っていたら、黄色いシャツを着たラテン系っぽい白人がやってくる。

話してかけてみると、英語がちゃんとしゃべれるので観光客かと思っていたら、彼は実はジモティーで、ツアーガイドをやっているらしい。
親切に、ここから沢に下りる道を教えてくれ、更に沢でザリガニや貝など、パレンケ料理に使われる魚介類を見せてくれた。

沢からイレギュラーな道を通って、南のほうの神殿郡に向かう。

4. 太陽の神殿

南の神殿郡で最初に現れるのがこの建物。
建物上部のレリーフや屋根の上の格子状の壁が美しく残っている。

とりあえず上まで登ってみる。
パレンケは、他の遺跡と違って上まで登れるところが多いので、全部登っているとそれなりに疲れる。

この写真はお隣の高い建造物、十字架の神殿から取った写真。
太陽の神殿を登っても、上部のレリーフや壁は見えないのだが、ここから見るととても綺麗に見える。

太陽の神殿と呼ばれる所以は、内部の壁面に太陽のシンボルである戦いの神(God L)が描かれていたからだという。

5. 十字架の神殿

南の神殿郡でもっとも高い建物。
パレンケ全体で見ても、最も高い建造物なんじゃないかと思う。

この写真も、更に隣にある「葉の十字架の宮殿」という建物から取った写真だけど、そのほうが建物の屋根の上にある格子状の壁などがはっきりと見える。

この階段も全部登って上まで行く。
神殿の中には、タバコを吸うGod Kの姿が。
ちょっとわかりにくいけど、丸い目をした横顔が太い葉巻をくわえ、そこから煙が上下に広がっているのがみえるだろうか。
「歩き方」には「タバコを吸う老人」とか書いてあるけど、これって老人じゃなくて、一応神らしい。
歩き方、たまにいい加減なんだよね。

建物の裏側に回ると、パレンケの壮大な遺跡が一望できる。
宮殿、碑文の神殿、それから今見てきた太陽の神殿など。。
あまりの壮大さにしばし時を忘れてたたずむ。

かなりの量の汗をかいていたので、風が気持ちいい。

6. 葉の十字架の神殿

お次は隣の丘を登ったところにある神殿。
建物の壁の人の形のような穴が特徴的。
この穴は、人だけでなく、とうもろこしの葉っぱをも同時に表現しているらしい。

入り口はマヤアーチの形をしている。

階段は登りきると結構な距離。
かなり疲れる。

7. 北の神殿グループ

中央の宮殿を裏から周り、遺跡の北側へ。
ここには、また階段の配置などが多少違う神殿が3,4つ連なっている。

このあたり、Lonely Planetを見ても特に説明が載っていないので、何に使われていたのかとか、特徴とかすでによくわからない。
建築様式の微妙な違いなどを観察して楽しむ。

これでもか、と思うが一つ一つの神殿の階段をちゃんと上まで上りきる。

8. Group I, II, III

このあたりは「歩き方」にはまったく載っていないが、近年発掘されている遺跡で、まだジャングルに埋もれている。
名前もまだ無い、というか「太陽の神殿」みたいな通称はなく、Templo 42などと呼ばれている。
個々の建物に番号すらついておらず、単にGroup名だけで呼ばれているところもある。

正直、これこそがまさに遺跡!と興奮。
ジャングルの中にありながらも、しっかり部屋の壁の跡とか残っていて、どんな感じの部屋割りだったのかとかわかるじゃない!

この写真は貴族の屋敷だったと考えられているところらしく、大きな土間のような玄関に加えて、複数の部屋の跡がある。
メインと考えられる建物の後方に、水路をはさんで低めの部屋がたくさん並んでいる。
この部屋はなんに使われていたんだろう?
立派な石造りの部屋を馬小屋や従僕の部屋に使うわけ無いだろうから、女性たちの部屋だったとか?
マヤって一応一夫多妻だったらしいからね。

などと、新しい仮説を考えて遊ぶ。

集合時間に近づいてきているので、惜しむらくも去る。
パレンケはこういう周囲の発掘中の遺跡も入れると500以上の建物があるらしいので、私みたいにそういう建物が好きなマニアックな人は1日しっかり時間をかけて見るのが良いのかもしれない。

次に来たときは…っていつだろう、それ(笑)

次の記事→ ザパティスタ解放軍のおみやげ-メキシコ旅行(11)

 

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