徒然なるままに ~ Mikako Husselのブログ

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レビュー:佐伯かよの著、『緋の稜線』全25巻(eBook Japan Plus)

2017年04月16日 | マンガレビュー

『緋の稜線』は「Eleganceイブ」1986年7月号から1999年6月号まで掲載された漫画で、1994年に、第23回日本漫画協会賞を受賞した作品です。漫画の「古典」にはまだ入らないかもしれませんが、昭和を代表する少女・女性向け漫画とは言えるのではないでしょうか。

旧家・胡桃沢家の三女として昭和元年に生まれ、「その大きな瞳で世の中を見るよう」と父に名づけられた瞳子(とうこ)の波乱万丈な人生を描いた漫画です。フェーズの区分は色々可能かと思いますが、私的には、戦中・終戦後の瞳子が中心となって夫・省吾のいない婚家・各務家を守り、銀座の菱屋百貨店を再建するまでを第1フェーズ、省吾の帰還(終戦後英語・ドイツ語が堪能だったため通訳として米軍に引き留められ働かされていたために復員が遅れた)から飛行機事故で省吾が行方不明になるまでを第2フェーズ、夫の死を認めず彼を会長に据えたまま瞳子が会長代理として菱屋グループを率い、子どもたちがそれを引き継いでいくまでを第3フェーズと分けてみるのがいいのではないかと思っています。

瞳子の夫となる各務省吾は大店の御曹司として才覚のある美丈夫な人ですが、ヨーロッパ留学を控えたある日、偶然見かけたおてんばな10歳の少女瞳子に一目惚れし、いつか嫁にする女と心に決めるあたりはかなり変です。そして、その6年後に留学から帰ってきて、つてを使って彼女との見合いをできるようにし、召集が1週間後に控えているからと、その見合いの日に彼女を手籠めにしてしまいます。そうしないと他の人に奪われてしまうと考えた、という実に身勝手な理由ですが、まあそうなったからには瞳子は省吾に嫁がざるを得ない、そういう時代ですね。嫁いだからには婚家に尽くし、東京大空襲で義父を失い、家業の百貨店も破壊されて終戦を迎え、その瓦礫の中から菱屋再建を決意する辺りは非常にけなげです。彼女はただけなげなだけでなく、かなりの才覚の持ち主で、人を惹きつける魅力も持ち合わせており、実際に再建を軌道に載せられた辺りは大したものです。

その後、行方不明だった昇吾とも再会。帰還の夜には離縁を申し出るも、昇吾に誘われた登山で、紅に染まる山並みは近くで見れば激しい起伏も遠くから振り返ればなだらかな道、ともに越えようと諭され、夫と真に心を通わせることになります。しかし、それでめでたしめでたしとならず、図らずも複雑な家庭を築いてしまいます。まず瞳子が肺病を患う幼馴染・新之助を見舞いに行き、長年彼女に思いを寄せていた彼は長くない我が身を嘆き、自分の生きた証を残したいと、これまた身勝手な理由で瞳子をレイプし、それがまた実を結んでしまって第1子健吾が誕生。第2子は夫婦の実子の昇平。そして第3子・望恵は、夫婦それぞれ別事業に関わってすれ違いが続いたことにより、省吾が芸者・芙美香を諸種の事情から身受けして、彼女との間にもうけてしまいます。芙美香は肺病を患い、命がけで望恵を生み、後を瞳子に任せ、瞳子は望恵を自分の子として育てることになります。第1子、第3子とも夫婦にとって非常に葛藤の多い誕生でしたが、その葛藤はもちろん子どもたちにも引き継がれます。唯一夫婦双方の血を引く次男・昇平も、それはそれで悩むことになり、兄と妹がなまじ優秀であるだけに、プレッシャーに押しつぶされそうになり、ついに家出してしまいます。

そんな感じで焦点は瞳子の子どもたちに映っていきますが、彼女のすぐ上の姉寿々子の恋愛・結婚、そして戦災孤児4人をいっぺんに引き取って育てる様子、またその子どもたちの生き方なども描かれています。瞳子の長男・健吾と寿々子に引き取られたリサの恋愛事情とか。

それぞれに山あり谷ありの稜線のような人生が描かれています。物語はちょうど昭和の終わりで締めくくられていますので、余計に「昭和の漫画」という感じがしますね。その中に描かれている女性の地位(の低さ)も、それを乗り越えて新しい時代を作ろうとする女性たちのエネルギッシュさも「昭和」な感じです。まあ、その頃に比べれば日本の女性の地位もましにはなってきたと言えるのでしょうね。

浮気で外に子供を作るようなエネルギーは平成の男たちも持っているのでしょうか? なんだか生涯未婚が増えている中、そういうパワーもなさそうな気がするのは私だけでしょうか。そして平成の女たちは浮気されたら離婚という決断をするケースが多いのでは。


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