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当事者間による外部性の解決法と、コースの定理

2011-07-26 | 日記
N・グレゴリー・マンキュー 『マンキュー入門経済学』 ( p.202 )

 外部性は市場を非効率的にする傾向があるが、問題の解決にあたって政府の働きかけがいつも必要となるわけではない。状況によっては、当事者間による解決も可能である。
 まず、外部性の問題は道徳律や社会常識の拘束力によって解決される場合がある。たとえば、なぜほとんどの人がごみを散らかさないのかを考えてみよう。ごみを散らかすことを禁止する法律は存在するが、こうした法律は厳しくは施行されない。ほとんどの人は、ごみを散らかすことが悪いことだからしないのである。子どもたちはたいてい、(聖書のなかの)黄金律で「おのれの欲するところを人に施せ」と教えられる。この道徳的な命令は、自分の行動が他の人々にどのような影響を与えるかを考慮に入れよと述べている。経済学の言葉でいえば、外部性を内部化せよということである。
 当事者間による外部性のもう一つの解決法は慈善事業である。慈善事業の多くは外部性を扱うために設立されている。たとえば、環境を保護することを目的とするシエラ・クラブは、民間からの寄付を基金とする非営利団体である。もう一つの例として、大学は同窓生や企業や財団から寄付を受けるが、一つの理由には教育が社会に対して正の外部性をもつことがある。
 民間市場ではしばしば、利害関係者の利己心に依拠して外部性の問題が解決される。解決法として、異なるタイプの事業が統合されるという形をとることがある。たとえば、隣り合っているりんご農家と養蜂家を考えてみよう。蜂はりんごの花に授粉するので、果樹園のりんご生産を助ける。同時に、蜂はりんごの花の蜜から蜂蜜をつくる。したがって、それぞれの事業は相手に対して正の外部性を与える。ところが、りんご農家が何本の木を植えるかを決め、養蜂家が何匹の蜂を飼うかを決めるときには、彼らは正の外部性を考慮しない。その結果、りんご農家が植える木の数と養蜂家が飼う蜂の数は、最適な数よりも少なくなる。こうした外部性は、養蜂家がりんご果樹園を買収するか、りんご農家が蜂の巣を購入すれば内部化できる。一つの企業が両方の事業を行うので、その企業は最適な木の数と蜂の数を選択できるだろう。このように、外部性を内部化することは、異なるタイプの事業を兼営する企業が存在する理由の一つとなる。
 外部効果を民間の市場が取り入れるもう一つの方法は、利害関係者が契約を結ぶことである。上の例では、りんご農家と養蜂家が契約を結ぶことにより、木と蜂の数が少ないという問題を解決することができる。契約にあたっては、木の数と蜂の数を明記し、そしておそらく片方から他方への支払いが生じるのでそれも明記するとよい。木と蜂の数を適切に設定することで、外部性から生じる非効率性を契約によって解決することができ、両者とも厚生が改善される。


 外部性の問題を解決するには、かならずしも政府の働きかけが必要であるとは限らない。当事者間による外部性の解決法としては、事業の統合(買収など)や契約がある、と書かれています。



 これは当然の事柄だと思います。

 ところで、契約の場合についてですが、これにはコースの定理というものがあるようです。



同 ( p.203 )

 民間市場は外部性への対処方法としてどれくらい有効なのだろうか。経済学者ロナルド・コースにちなんでコースの定理と名づけられた有名な結果は、状況によっては民間市場が非常に有効となりうることを示唆した。コースの定理によると、民間の当事者たちが資源の配分について交渉する際、費用がかからないのであれば、外部性の問題はつねに民間市場で解決され、資源は効率的に配分される。
 コースの定理がどのように機能するかをみるために、一つの例を考えよう。ディックはスポットという名の犬を飼っている。スポットはよく吠えるので、ディックの隣人であるジェーンは騒音に悩まされている。ディックは犬を飼うことで便益を得るが、犬はジェーンに負の外部性をもたらす。この場合、ディックは強制的に愛犬を動物収容所に入れさせられることになるのだろうか。あるいはジェーンが犬の鳴き声に悩まされながら眠れぬ夜を過ごさなければならないのだろうか。
 まず、どのような結果が社会的に効率的であるかを考えよう。社会計画の立案者は二つの選択肢を考慮するにあたって、ディックが犬から得る便益とジェーンが鳴き声によって被る費用とを比較するだろう。もし便益が費用を上回るならば、ディックが犬を飼い、ジェーンが犬の鳴き声に悩まされながら生活することが効率的となる。逆にもし費用が便益を上回るならば、ディックは犬を処分すべきである。
 コースの定理によると、民間市場は自分たちの力で効率的な結果に到達する。このケースでは、ジェーンはお金を支払うから犬を処分してほしいとディックに申し入れるだけでよい。もしジェーンの提示する金額が犬を飼うことの便益よりも大きければ、ディックはその取引を受け入れるだろう。
 価格の交渉さえできれば、ディックとジェーンはつねに効率的な結果に到達することができる。たとえば、ディックが犬を飼うことによって500ドルの便益を得る一方で、ジェーンが鳴き声によって800ドルの費用を被るとしよう。この場合、ジェーンはディックに対して600ドルを支払うから犬を処分してくれと頼めば、ディックは喜んで受け入れるだろう。両者の厚生は改善し、効率的な結果が達成される。
 もちろん、ディックが受け入れる価格をジェーンが提示しないこともある。たとえば、ディックが犬を飼うことで1000ドルの便益を得る一方で、ジェーンが鳴き声によって800ドルの費用を被るとしよう。この場合、ディックは1000ドル未満の提示をすべて断るだろうし、ジェーンは800ドルよりも高い価格を提示しないだろう。したがってディックは犬を飼いつづけることになる。しかし、このような費用と便益のときには、この結果は効率的である。
 これまでは、ディックが吠える犬を飼う法的な権利をもっていると仮定してきた。言い換えれば、ジェーンがディックに対して補償金を支払い、自発的に犬を飼うことをあきらめてもらわない限り、ディックはスポットを飼いつづけることができると仮定してきた。反対に、もしジェーンが静かな環境で平穏に暮らす法的な権利をもっているとすると、結果はどのような変わるのだろうか。
 コースの定理によると、最初にどちらが権利をもっているかということは、市場が効率的な結果を導く能力にとっては重要ではない。たとえば、ジェーンがディックに犬を処分させることが法的に可能だとしよう。この権利はジェーンに有利に働くが、おそらく結果は変わらない。この場合、ディックはお金を支払うので犬を飼うことを認めてほしいとジェーンに申し入れることができる。もし犬を飼うことによるディックの便益が犬の鳴き声で苦しむジェーンの費用を上回るのであれば、ディックとジェーンは、ディックが犬を飼える契約を結ぶだろう。


 コースの定理によれば、「当事者たちが資源の配分について交渉する際、費用がかからないのであれば、外部性の問題はつねに民間市場で解決され、資源は効率的に配分される」、と書かれています。



 これは当然のことを言っているにすぎないにもかかわらず、著者は
経済学者ロナルド・コースにちなんでコースの定理と名づけられた有名な結果は、状況によっては民間市場が非常に有効となりうることを示唆した。
と述べています。なぜ、これが「有名な結果」なのか、それが謎ですが、おそらく経済学者のロナルド・コースは

   常識で考えれば誰でもわかることを、
        「数式を使って証明した」

のでしょう。常識的な事柄も実際に「証明」しようとすると意外と難しいので、「有名な結果」と言っているのだろうと思います。



 このブログの目的 (実社会の問題を解決する手段を探求する) からすれば、「証明」までは必要としません。そこで、経済学にはコースの定理というものがある、というにとどめさきに進みたいと思います。



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