MEDINT(医療通訳研究会)便り+

医療通訳だけでなく、広く在住外国人のコミュニケーション支援について考えていきます。

涙が枯れるまで

2016-10-31 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
ある研修でのワークショップでのこと。

「がんの告知を受けて、泣いている患者さんにはどうするか」というテーマで話し合いました。

通訳は「泣かないで」と伝えるのかどうか。
「大丈夫だよ。私が手伝ってあげる。」といっていいのか。
ましてや「治療が決められないなら、私に任せて。」ってどうなのか。

教科書にそって皆で考えていきます。

その中で、年配の男性の方が
「泣き止むまで待つ」とおっしゃったのです。

支援者はすぐに「何とかしてあげたい」と思います。
また、「泣き止ませて前に進みたい」とも思います。
医者がいらいらしているのをみると、こちらもあせります。

でも、患者の立場からすれば
混乱する中で、考えたりましてや前に進むのはとても難しい。

相談の窓口でも
最初に面談したときに、きちんと泣いてくれた人は
次の面談から少しずつ前に進めるようになります。
だから、涙はこころを整えるのに必要なものだと思うのです。

こういうワークをしていると
参加者から教えてもらうことが少なくありません。
その男性は通訳のベテランではないかもしれませんが、
少なくとも人生のベテランだなあと思いました。

加齢と医療通訳

2016-10-24 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
先日、妹と歩いていたら
妹のお母さんに間違われました。
妹とは2歳しか離れてないのに・・・
暗がりでよく見えなかった(と思いたい)し、
妹が若く見えることは確かですが、
そのショックが今日も私の気持ちを暗くしています。
母はもうすぐ80・・・こんな丸々太った80歳っているのかな。

また、先日マスクをして歩いていたら、
おじさんからティッシュをもらいました。
そこに「薄毛の悩み・・・」と書いてありました。
(男性専用の外来だったようです)
家族にその話をすると、
「男性に間違われたんじゃないか」といわれて、
これまたショックを受けました。

年をとると、
性別まで超えてしまうのかと思いました。
(そういえば、おじさんかおばさんかわからない人っていますよね。)

自分が人からどのように見えるかって
自分ではわからないですね。
たぶん、そんな時は疲れた表情で歩いているのだと思います。
気をつけなければ。

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年を重ねて思うことは、
自分自身の病気や加齢による体力の減退が
医療通訳には意外とプラスになるということです。

最初、通訳をはじめた30代よりも
今のほうがずっと患者は安心して任せてくれるような気がします。
もちろん、医療通訳の経験を重ねていることもありますが、
なんとなく、ある程度年齢がいっているほうが
根拠なく安心感があるようなのかもしれません。
私が40才を超えたくらいから
男性の患者さんも気兼ねなく「前立腺」とか言い始めたので(笑)。

もちろん、病気をしていないから通訳できないのでは
専門職とはいえないし、
医師や看護師は病気していないけれど医療行為をしています。

50肩の痛みも
自分で経験したらつらさは余計にわかります。
もちろん、記憶力は落ちるし、目も見えにくくなるし、
でも、人生の経験値はあがってきます。

医療通訳はできれば
出産も介護も自分自身の病気も経験した人に
やってもらえればいいと思える活動のひとつです。
不謹慎な言い方をすれば、自分の不幸すらも経験になる。

日本社会は加齢にきびしい。
若々しいことに価値を見出すし、
年齢を重ねることを怖がる傾向にあります。
でも医療通訳では
そうした人生経験も大きなプラスになることがあるなと思えるのです。

先週からずっと研修が続いていて
神戸市看護大の大学院で外国人模擬患者実習をし、
阪大の医療通訳コースでワークショップをしました。
明日は大阪信愛短期大学で国際看護の授業を担当します。

今は自分の専門がなんだかよくわかりませんが、
日本の医療通訳環境が整えば
外国人の人たちも住みやすくなります。

そのお手伝いができるようであれば
がんばらなければ~と思います。

研修会の主役は参加者

2016-10-18 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
10~12月は学会とか研修会の季節です。

私自身も本業の相談員の仕事をしながら、
週3くらい、どこかの大学の授業か地域の研修に参加しています。

先週は医療通訳の研修会に行ってきました。
私はほとんどの場合、基礎のところのお話をするのですが、
いつも忙しい中、皆さん集まってくださいます。
この人たちが全員医療通訳をやってくれたらいいのになといつも思います。

大学の先生と研修についてお話していたときのこと。
「日本人の方が多い研修にはネイティブの参加者が少ないなあ」ということで一致しました。
日本のコミュニティ通訳の分野は
言語の種類が多く、ネイティブ通訳者の方にたくさん入ってもらわなければ成立しません。
そして確かに、研修をやっていてその違いを感じます

日本人の方中心の研修は
レジュメもきちんと作って
質疑応答も紙で書いて提出してもらう形をとらないとなかなか手をあげてくれません。
これは日本人学生を中心とした授業でも同じ傾向がある気がします。
授業を途中で止めるのは勇気がいるし、
一人目立つもの嫌だし、
間違ったら恥ずかしいのかもしれません。
事実、私もそうなので。

だから、日本人の方中心の研修では
ネイティブの方は結構おとなしくされているような気がします。

今年、2月に岐阜県の研修に伺ったのですが、
参加者のほとんどがネイティブの方で、
中国、南米、フィリピンのノリで、
日本人参加者の方々もそのノリにつられて
私自身も、本当に楽しい研修でした。

今回の研修も楽しみにしていたのですが、
とにかくワークをしても皆さんがわいわい反応してくださいます。

ネイティブの方は実際のケースを持っている方が多く、
苦労もいわゆる定説が通用しないものが少なくありません。
「教科書でそうはいっているけれど、
現場ではそれは無理だよ~」というものです。

そうした話を聞きながら、
じゃあ、こんな場合どうしたらいいんだろうねと
派遣団体の職員も交えて考えていきます。
フロアから新しい考えがでてきて驚くこともあります。

個人的には、わいわいがやがややる研修会のほうが好きですね。
福祉や医療の研修会はそういう形のものが多いので。
極端な話、「患者から缶コーヒーをおごってもらうかどうか」で
2時間くらい議論ができたら楽しいだろうなあとかとも思います。

今の日本の医療通訳研修には
先輩はいるけど、先生はまだいないと私は思っています。
一通訳者として参加者の方々と議論ができることが、毎回本当に楽しいです。

皆さんともどこかでお会いできればうれしいです。

私はあなたに「医療通訳者」になることをすすめません。

2016-10-11 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
お金儲けがしたいなら、
私はあなたに「医療通訳者」になることをすすめません。
医療者と同様、そうした品性は患者と家族に伝わるし
なによりも良心的な医療者に伝わります。

「医療通訳」が一般名詞になって数年がたちました。
いろんな声が耳にはいってきます。
でも、医療通訳は日本語に通じない人が
医療を受けるために必要最低限のもの、当たり前のものです。

医療通訳を特別な人への特別なサービスと思うなら、
私はあなたに「医療通訳者」になることをすすめません。
私たちは外国人医療の当事者の一人ではあるけれど、
あくまでも医療機関と患者・家族をサポートするものであり
主役ではありません。

ずっと医療通訳をやってきた人には
今が異常な状況だと感じている人も少なくないと思います。
特に東京では、誰のことを議論しているのだろうと思うことすらあります。
だからこそ、医療通訳の役割をもう一度思い返して、
「ぶれないように」しなければ。

今週は佐賀県と岐阜県の医療通訳研修に伺います。
どちらの県も、何年もかけて医療通訳の事業に取り組んでこられています。
こういう場所にいけるのは、私にとってもがんばろうというエネルギーになります。

何も足さない

2016-10-03 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
もう20年以上、秋から冬にかけて、会社の健康診断を受けています。

今回の診察はおしゃべり好きな高齢の先生でした。
ただ、お話の中で、ちょっと気になったことがありました。

「鎮痛剤はね、使わないほうがいいのよ。
私は頭痛とか肩こりなら鎮痛剤を使わなかったから、今でも元気なの」と。

たしかに先生はお元気だとおもいます。
でもそれは鎮痛剤を使わなかったからだけではありません。
例えば、強い痛みを慢性的に抱えている人に
そんなことを医師が言ってもいいのかなと思いました。
ましてや、はじめてお会いした健康診断の医師です。
私の持病や体質についてご存知なわけではありません。
それに薬は医師の指示で適切に使うことが大切なのではないでしょうか。

人は誰かが病気になると、その原因を決め付けたがります。
「がんになったのは○○をしたから」
「認知症になったのは○○を食べたから」
だから自分はそうしなければ大丈夫と根拠のない安堵を得ようとします。
そのことが、時に患者や家族を傷つけます。

最近「人工透析をしているのは
お酒を飲んで、ひどい食生活を直さないから自業自得」と書いたブログが炎上しましたが、
お酒を飲まなくても、きちんとした食生活をしていても人工透析になるし、
無茶な生活をしていても人工透析にならないひともいます。
もちろん、過度な飲酒や喫煙がよくないことは言われていますが、
病気というのはそんなに単純なものじゃないと思います。

何がいいたいかというと、
医療の現場で、専門職や影響力のある人の発言は
患者や家族を追い詰めてしまうことがあるという自覚が必要ということです。

医療通訳の中で
「何も足さない 何も引かない」ということが言われますが、
これは機械翻訳のようにやれといっているわけではありません。
こうした個人の主観を
もし医療通訳者が患者や家族に伝えたとしたら
患者や家族はどうしても影響を受けてしまうでしょう。

医療通訳者が勝手な主観を足すことで、
診断や治療に影響を与えてしまう存在であるということを
強く意識しておかなければなりません。