MEDINT(医療通訳研究会)便り+

医療通訳だけでなく、広く在住外国人のコミュニケーション支援について考えていきます。

ディーセントワーク

2009-08-19 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
「ディーセントワーク」という言葉を知っていますか?
ILOの理念・活動目標として1999年、当時のILO事務局長が使った言葉です。

ディーセントワークとは
「尊厳ある労働」または「働き甲斐のある人間らしい暮らし」を示し、
職業生活における人々の願望、
つまり働く機会や権利が保護され十分な収入がえられること、
適切な社会的保護が与えられること、
平等な扱いを受けることなどを示す言葉といえます。

私のまわりでも去年くらいから医療通訳だけでなく、
優秀な行政通訳者やコミュニティ通訳者が仕事を辞めています。
私たち在住外国人の通訳者には、
「働き甲斐」はものすごくあるけれど、
「尊厳ある労働」や「社会的権利」は余りありません。
最初はとても面白い仕事かもしれませんが、
人間は物事に飽きてくる動物だし、
将来を考えればこの仕事から離れていってしまうのは仕方のないことです。
経験を積み、仕事としてなれてきた頃に、
ふとこれでいいのかと考えるような仕事です。

医療通訳の活動をされている人は、
たとえば医師であったり、看護師であったり、教育者であったり、
とりあえず仕事を持って活動をされている人が少なくありません。
そういう方々は、今日・明日で大きくこの活動が変わらなくても
生活に支障はないと思います。

ただ、コミュニティ通訳も含めて医療通訳をしている人間は
明らかに疲弊しています。

誰かに明るい未来を示してもらいたい。
少なくともこの仕事に尊厳を持ってあたりたいと。

でもこのままだと仲間はどんどんいなくなっていきます。

自称医療通訳

2009-08-12 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
覚せい剤取締法違反で逮捕された容疑者が、周囲はプロサーファーと思っていたのに日本プロサーフィン連盟(JPSA)に登録していなかったことがわかり、急遽「自称プロサーファー」という肩書きになりましたね。

国家資格や大学の卒業資格、職業や団体登録などをもって職業名を名乗る場合、
その実態と活動があっていなければ「自称」とされます。

私の場合なら「団体職員」の肩書きは問題ありません。
「スペイン語通訳」もとりあえず仕事なのでOKでしょう。
「外国語相談員」もこれでお金をもらっているのでいけると思います。

でもたぶん「医療通訳」は名乗れません。
なのでこの肩書きを使おうとすれば「自称医療通訳」ということになります。

時々、医療通訳の専門家のように言っていただくこともありますが、
私は専門家でもないし、医療通訳を名乗る資格もないのです。
お話をさせていただく時は、
これから医療通訳をされる方に先輩としてアドバイスという話はできても、
その人たちに教えたり、諭したりという資格はありません。

日本に何人くらい医療通訳を名乗ることができる人がいるのか?
資格がない現在、少なくともこの仕事で生活できる人のみが、
医療通訳といえるというのが現状ではないでしょうか。

医療通訳を肩書きとして名乗れるようになるまで、
あとどのくらいかかるかなあとも気が遠くなる思いです。

5年がんばろうとはじめた活動も
目標年数をとっくに超えました。
あとどのくらいがんばれるかわかりませんが、
運を天に任せて、自分のできることを続けていきたいと思います。

訳しにくい言葉

2009-08-05 00:00:00 | 通訳者のつぶやき
医療通訳で使う言葉の中には
日常生活で使わない言葉があります。
いわゆる隠語のように「あそこ」とか
「する」とか言う部位や行為のことです。

法廷通訳では
言葉が被告人の人間性や教育レベルをあらわすために、
もし乱暴な言葉をつかったならば
同じ程度の言葉を選んで伝えなければなりません。

医療通訳では、患者の教育レベルを伝える必要はありませんが、
伝わる言葉で正確に伝えるために、
やはり同じ意味でもいくつかの言葉を知っておく必要があります。

先日、腸がんの検査の説明をしました。
健康診断をしたことがある方はわかると思いますが、
容器の先を便につけて提出する検査です。

まず、同封されている用紙を便器に浮かす使い方を説明し、
それから便のとり方、保存の仕方、便秘の人の場合とか
説明書のとおり説明していきます。

日本語の会話の中で「便」という言葉はあまり使いません。
通常は「排泄物」といいますが、
同じ文化の中に住んでいて、この場合はこの言葉を使うと予測できる
状態でなければ間違いのないように直接的な「便」という言葉を使います。

「便」にも「excremento」「heces」という通常の使い方から
子どもが使う「caca」(うんち)や俗語で罵倒するときに使う「mierda」(くそ)まで、様々な言葉があります。
もしかしたらも~っといろんな表現があるのかもしれません。
本人に言葉を選んでもらうこともあります。
会話の中でその患者本人が好んで使う言葉をひらって使うという方法です。

先週やった中絶の通訳のときは、
「流す」「処理する」「流産させる」「中絶する」「おろす」
医師がいろんな言い方をされました。
この先生は「流す」という言葉が好きだったようで、
その反対に「流れる」という言葉もよく使われました。
この場合は表現の多様性を伝えるのではなく、
正確に本人に伝えることが重要なので、
ひとつの単語に集約させてもらいました。

医療通訳が恥ずかしがったり、言い澱んだり、
言わなかったり、隠語でごまかしたりすれば
患者にきちんと伝わらないことがあります。
正確性を一番に考えて通訳することを心がけています。

中絶の説明通訳は電話だったのですが、
電話を通じて本人が動揺していることは感じました。
こんなとき隣にいてあげられたらな・・と感じますが、
電話を通じてでも、できるだけ寄り添ってあげたいと思いました。