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フェティシズムの極地とマゾヒスティックな快楽。この「人間椅子」は実に奇妙な小説だ。冷静に考えるとありそうもない設定を淡々と真剣に語る。しかしその内容は倒錯的で過激だ。椅子という当たり前に日常にある生活の道具。たかが椅子、されど椅子。その椅子の魅力に取り付かれ、一体化し禁断の快楽の虜になっていく男の物語。
◆椅子の中の恋
“今、見も知らぬ異国の乙女と、同じ部屋に、同じ椅子に、それどころではありません、薄いなめし皮一重を隔てて肌のぬくみを感じる程も、密接しているのでございます。それにも拘らず、彼女は何の不安もなく、全身の重みを私の上に委ねて、見る人のない気楽さに、勝手気儘な姿体を致して居ります。私は椅子の中で、彼女を抱きしめる真似をすることも出来ます。皮ののうしろから、その豊かな首筋に接吻することも出来ます。その外、どんなことをしようと、自由自在なのでございます。”
“椅子の中の恋(!)それがまあ、どんなに不思議な、陶酔的な魅力を持つか、実際に椅子の中に這入って見た人でなくては、分かるものではありません。それは、ただ、触覚と、聴覚と、そして僅かの嗅覚のみ恋でございます。暗闇の世界の恋でございます。決してこの世のものではありません。これこそ、悪魔の国の愛慾なのでございますまいか。考えて見れば、この世界の、人目につかぬ隅々では、どの様に異形な、恐ろしい事柄が、行われているか、ほんとうに想像の外でございます。”
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◆椅子の中の恋
“今、見も知らぬ異国の乙女と、同じ部屋に、同じ椅子に、それどころではありません、薄いなめし皮一重を隔てて肌のぬくみを感じる程も、密接しているのでございます。それにも拘らず、彼女は何の不安もなく、全身の重みを私の上に委ねて、見る人のない気楽さに、勝手気儘な姿体を致して居ります。私は椅子の中で、彼女を抱きしめる真似をすることも出来ます。皮ののうしろから、その豊かな首筋に接吻することも出来ます。その外、どんなことをしようと、自由自在なのでございます。”
“椅子の中の恋(!)それがまあ、どんなに不思議な、陶酔的な魅力を持つか、実際に椅子の中に這入って見た人でなくては、分かるものではありません。それは、ただ、触覚と、聴覚と、そして僅かの嗅覚のみ恋でございます。暗闇の世界の恋でございます。決してこの世のものではありません。これこそ、悪魔の国の愛慾なのでございますまいか。考えて見れば、この世界の、人目につかぬ隅々では、どの様に異形な、恐ろしい事柄が、行われているか、ほんとうに想像の外でございます。”
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