(写真は試作中の袈裟行李)
◆『卒業』
2月某日、大学の成績発表があった。
これにより、卒業に必要な単位は総て修得した事がわかり、事実上、大学卒業が確実となった。
これ以後、我が仏教学部4年生で、我々僧籍を有する者の多くは、卒業式を待たずに、次々とそれぞれの僧堂に上山していくのである。
上山先の僧堂では、大学で禅や仏教を学んできたからと言って、優遇される事はない。容赦ない厳しい修行が待っているのである。
◆『不思議なデジャブ?』
「…あれ?これは以前にも体験した事がある…」という感覚は、僕にとって日常だ。子供の頃から現在に至るまで、週に1回程度はある。
それとは別に、僧侶として、通夜・葬儀をお勤めする時、ちょっと不思議な感覚を覚える事がある。
生前にお会いしていないのに、故人様のお顔を拝見して、「あれ!?」と思うのだ。
「こ、この故人様と、どこかで会って、親しくオシャベリした事がある。…あれ〜…、どこで会ったんだっけなぁ〜…多分、最近なんだけどなあ〜。」
だが思い出せない。
勿論、ご親族にはその感覚については話した事はない。
個人的に、僕にとってちょっと不思議な感覚が頻繁に起きる。
このデジャブ系(?)感覚、多分、僕が死ぬまでずっと続くのだろうなぁ。
脳の一部がイカれてんのかなぁww
◆『エピソード・0』
僕は、神社と寺院に挟まれた一般住宅で生まれ育った。そんな僕の、幼い頃の遊び場もまた、その神社と寺院それぞれの境内だった。
すぐ近所のH君は、僕と同じ年で、僕にとって人生最初の友達だった。
H君とは、幼稚園から一緒だったが、彼は小学校1年生の時に病死した。
彼の葬儀は自宅葬だった。
葬儀の日、僕は走って彼の家に行った。子供ながらに、供養のために焼香したかったのだ。
だが、黒い喪服姿の大人たちが驚くほど大勢いて、小学1年生の小さな僕は、その雰囲気に圧倒されて、彼の家の前で暫し立ち尽くしたあと、何も出来ずに再び走って家に帰った。
悲しくて、なんだか恥ずかしかった。
その夜、夢の中に彼が出てきた。
僕「あれ?H君死んだはずじゃないの?」
H君「うん。でも今は大丈夫。一緒に遊ぼう♪」
僕「うん!遊ぼう♪」
しばらく遊んだあと、彼は「…そろそろ行かなくちゃ…。禅蔵くん、バイバイ…。」と言って去っていった。
そこで夢から目覚めた。
今でも鮮明に記憶に残っている夢だった。
H君がこの世からいなくなってから数日後、一緒に遊ぶH君を失った僕は、お寺の境内で1人で遊んでいた。すると、お寺のご住職が、仏教と生死について優しくお話ししてくれた事があった。
のちに、僕が出家して僧侶になったのには、そんなエピソードも1つの背景としてある。
◆『3.11』
昨年の3月11日、東日本大震災が起きた。
震源地に近い東北の太平洋側を中心に、各地で大きな被害を被った。
加えて、東京電力による人災。
しかも、原発事故が未だに何ら解決していないのに、電気料金の値上げを言い出している。
僕は、東京電力以外の、いわゆるPPS(特定規模電気事業者)の発展とご活躍を祈る。
さて、あれから1年。
今年の3月11日、僕はお袈裟を身に付けて、東北の某所の海辺に立っていた。
冷たい風が僕の肌を突き刺し、袈裟はマントのように風になびく。
辺りは1年前の巨大津波の爪跡が生々しく残っている。
泥まみれになった小さな、ぬいぐるみが落ちていて、なんとも言えない気持ちになる。このぬいぐるみで遊んでいた少女が、生存している事を願う。
そして、午後2時46分に黙祷した後、僕はお経をお唱えさせていただいた。
僕がなぜ突然ここへ来たのかと言うと、ある方からお誘いを受けたからである。
僕自身も、上山前に一度は被災地に訪れて供養したいと思っていたので、誘ってくださった方々の車に直ぐに飛び乗った。
この辺りの事について詳しくは、下山後に機会があったら、また改めて触れよう。
尚、今回お唱えしたお経については、誰からもお布施は頂いていない。
誤解を恐れずに、わかりやすく言えば、ノーギャラ、ボランティアである。
さて、そろそろ僕は、厳しい修行のため、某僧堂へ上山する。
これからが本番だ!
行って来ます!!
別に、AKB48のファンじゃないけど、なんとなく、AKBの「GIVE ME FIVE!」を聴きたい気分…w(笑)
「…♪友よ、それぞれの道、進むだけだ、サヨナラを言うな、また、すぐに会える、だから今は、ハイタッチしよう♪…」(Lyrics:秋元康氏)
お・し・ま・い m(__)m
合掌
◆『卒業』
2月某日、大学の成績発表があった。
これにより、卒業に必要な単位は総て修得した事がわかり、事実上、大学卒業が確実となった。
これ以後、我が仏教学部4年生で、我々僧籍を有する者の多くは、卒業式を待たずに、次々とそれぞれの僧堂に上山していくのである。
上山先の僧堂では、大学で禅や仏教を学んできたからと言って、優遇される事はない。容赦ない厳しい修行が待っているのである。
◆『不思議なデジャブ?』
「…あれ?これは以前にも体験した事がある…」という感覚は、僕にとって日常だ。子供の頃から現在に至るまで、週に1回程度はある。
それとは別に、僧侶として、通夜・葬儀をお勤めする時、ちょっと不思議な感覚を覚える事がある。
生前にお会いしていないのに、故人様のお顔を拝見して、「あれ!?」と思うのだ。
「こ、この故人様と、どこかで会って、親しくオシャベリした事がある。…あれ〜…、どこで会ったんだっけなぁ〜…多分、最近なんだけどなあ〜。」
だが思い出せない。
勿論、ご親族にはその感覚については話した事はない。
個人的に、僕にとってちょっと不思議な感覚が頻繁に起きる。
このデジャブ系(?)感覚、多分、僕が死ぬまでずっと続くのだろうなぁ。
脳の一部がイカれてんのかなぁww
◆『エピソード・0』
僕は、神社と寺院に挟まれた一般住宅で生まれ育った。そんな僕の、幼い頃の遊び場もまた、その神社と寺院それぞれの境内だった。
すぐ近所のH君は、僕と同じ年で、僕にとって人生最初の友達だった。
H君とは、幼稚園から一緒だったが、彼は小学校1年生の時に病死した。
彼の葬儀は自宅葬だった。
葬儀の日、僕は走って彼の家に行った。子供ながらに、供養のために焼香したかったのだ。
だが、黒い喪服姿の大人たちが驚くほど大勢いて、小学1年生の小さな僕は、その雰囲気に圧倒されて、彼の家の前で暫し立ち尽くしたあと、何も出来ずに再び走って家に帰った。
悲しくて、なんだか恥ずかしかった。
その夜、夢の中に彼が出てきた。
僕「あれ?H君死んだはずじゃないの?」
H君「うん。でも今は大丈夫。一緒に遊ぼう♪」
僕「うん!遊ぼう♪」
しばらく遊んだあと、彼は「…そろそろ行かなくちゃ…。禅蔵くん、バイバイ…。」と言って去っていった。
そこで夢から目覚めた。
今でも鮮明に記憶に残っている夢だった。
H君がこの世からいなくなってから数日後、一緒に遊ぶH君を失った僕は、お寺の境内で1人で遊んでいた。すると、お寺のご住職が、仏教と生死について優しくお話ししてくれた事があった。
のちに、僕が出家して僧侶になったのには、そんなエピソードも1つの背景としてある。
◆『3.11』
昨年の3月11日、東日本大震災が起きた。
震源地に近い東北の太平洋側を中心に、各地で大きな被害を被った。
加えて、東京電力による人災。
しかも、原発事故が未だに何ら解決していないのに、電気料金の値上げを言い出している。
僕は、東京電力以外の、いわゆるPPS(特定規模電気事業者)の発展とご活躍を祈る。
さて、あれから1年。
今年の3月11日、僕はお袈裟を身に付けて、東北の某所の海辺に立っていた。
冷たい風が僕の肌を突き刺し、袈裟はマントのように風になびく。
辺りは1年前の巨大津波の爪跡が生々しく残っている。
泥まみれになった小さな、ぬいぐるみが落ちていて、なんとも言えない気持ちになる。このぬいぐるみで遊んでいた少女が、生存している事を願う。
そして、午後2時46分に黙祷した後、僕はお経をお唱えさせていただいた。
僕がなぜ突然ここへ来たのかと言うと、ある方からお誘いを受けたからである。
僕自身も、上山前に一度は被災地に訪れて供養したいと思っていたので、誘ってくださった方々の車に直ぐに飛び乗った。
この辺りの事について詳しくは、下山後に機会があったら、また改めて触れよう。
尚、今回お唱えしたお経については、誰からもお布施は頂いていない。
誤解を恐れずに、わかりやすく言えば、ノーギャラ、ボランティアである。
さて、そろそろ僕は、厳しい修行のため、某僧堂へ上山する。
これからが本番だ!
行って来ます!!
別に、AKB48のファンじゃないけど、なんとなく、AKBの「GIVE ME FIVE!」を聴きたい気分…w(笑)
「…♪友よ、それぞれの道、進むだけだ、サヨナラを言うな、また、すぐに会える、だから今は、ハイタッチしよう♪…」(Lyrics:秋元康氏)
お・し・ま・い m(__)m
合掌
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