ポールの新曲「New」が発表されました。同名のアルバムも10/14に発売予定。
前回のDriving Tourでも当時新曲だったDriving Rainのパフォーマンスが素晴らしかったので、新曲をたずさえての秋のツアーがますます楽しみになりました。
(ストーンズっぽいポールと来日公演の思い出)
韻を踏みながら、韻を探しながら歌を作るっていうのは、思いがけない効果を生むようなところがあって、シンプルなワーディングに不思議な深みが与えられるようなことが起こる。
ワーディングや、韻を大切にする言葉使い、といった肌理の細やかさは、
発声の仕方を工夫したり、単なる話し言葉としてではなく楽器のように鳴らしてみたり、といった創意を生みだすベースになると思う。
深みを添えるだけではなく、新しい次の転回形へと発展するチカラを与えられる。
~ 翻訳はよい趣味だ。(内田 樹)
訳をつけておきました。
とてもシンプルな歌だけど、新しいパラダイムに居る人には、新しい自分を後押ししてくれるようなバイブレーションを感じるのではなかろうか。
( ↓ ) どんな文字にもなり得る三本線、こういうラインを何て呼ぶのだろう。
マイナスを消す働きのあるハ行のバイブレーションなどに見られる、宇宙の響きや波動と合わせていくといったテーマを連想させるような、シンボリックな3本のライン、
なんだか、その時々のバイブレーションを映し出してくれそうに見える。
バイブレーションを感じることができれば、今度はそれをベースにして転回形を生み出せるかもしれない。
音楽の語法を置き換えることでのテーマアップ。
Don't look at me ぼくのことを見るんじゃない
It's way too soon to see 早過ぎるよ 見るには
What's gonna be , don't look at me 何かが起きるのはこれから、だから見ても仕方ないよ
All my life ぼくはこれまでずっと
I never knew what I could be 自分が何になり得るのか、
What I could do 何ができるのかも分からなかった
Then we were new ようやく生まれ変わったぞ
oo-oo-oo-oo うーうーうー
You came along きみが現れて
And made my life a song ぼくの人生を歌に変えてくれた
One lucky day you came along とあるラッキーな日に きみはやって来た
Just in time まさしくピッタリのタイミングだったよ !
While I was searching for a rhyme ぼくが韻を探しているあいだに
You came along きみはやって来た
Then we were new そして我らは新しくなったのだ
oo-oo-oo-oo うーうーうー
We can do what we want 我らはやりたいことが出来る
We can live as we choose 我らは選んだとおりの人生を生きることができるんだ
You see there's no guarantee 分かるだろ、保証なんてない
We've got nothing to lose 失うものなんてないのだから
Don't look at me ぼくを見るんじゃない
I can't deny the truth 真実は否定できない
It's plain to see , don't look at me それはもう明白だ、だからぼくを見ても仕方ないよ
All my life ぼくはこれまでずっと
I never knew what I could be 自分が何になり得るのか、
What I could do 何ができるのかも分からなかった
Then we were new ようやく生まれ変わったぞ
oo-oo-oo-oo うーうーうー
ごるひーらいふ(NEW!)ってタイトルはどうかな。
We can live as we chooseって言葉も拝借して、face the strengthに代わる副題に。
『心は自分ではない』にも似たメッセージ。
たとえば99%が、ぐちょっとした曇天であっても、1%の晴れ間が本来の自分だと決める。
選択と決定の積み重ね、大きな力はあるにちがいないが、それ以前は自分で決めていけることばかりだ。
選択権を握っているということは、すごいことだ。
大きな力への影響力を握っているということだから。
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