仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

その坂を下って3

2010年10月25日 15時39分54秒 | Weblog
 ツカサと会うのは初めてだった。ヒトミを見たのも。当然、初めての「神聖な儀式」の頃のヒトミは知っていた。が、シェイプアップし、化粧をしたヒトミ。太目のヒトミを思い出すことはできても、そこに寝ている人をヒトミと認識することはできなかった。
「あの、どなたでしたっけ。」
「わたしは初めてお目にかかります。ツカサと言います。」
ツカサが手を出した。何も考えず、マサルの手も反応した。握手。そんな感じで、関係が始まるのは、照れくさかった。
「あ、マサルです。そちらの女性は・・・。」
「お分かりになりませんか。ヒトミさんです。こちらに来れば、どなたかお知り合いに会えると思い、伺ったのですが。」
「ヒトミ。」
マサルは寝ているヒトミを覗き込んだ。ジーッと見ているうちに、目、鼻、口のラインがそう、でぶでぶチャンだった頃のヒトミと似ていた。
「えー、あのヒトミ、いや、ヒトミさんですか。」
「はい、ずいぶん変わられたのかもしれませんが、「ベース」のヒトミさんです。」
マサルはもう一度、覗き込んだ。確かにヒトミだった。顔も一回り以上小さくなっていた。身体のラインは出るところは出て、しまるところはしまって、妙に艶っぽく、エロかった。
「どうして、ヒトミが。いえ、ヒトミさんが・・・。」
「お話すると長くなりますので、ご本人がお目覚めになってからのほうが・・・。」
そういうが早いか、ヒトミが目を覚ました。
「どこ、どこ、ここ。」
「ヒトミさん、マサルさんです。」
「マサル、マサルなの、あの刺されたマサル、ねえ、アキコは、ヒデオは、マサミは。」
「落ち着いて、落ち着いて、ヒトミさん。」
マサルにしがみ付き、絶叫するヒトミをツカサが抑えた。
「ほんとに、ヒトミ、ヒトミさんなんだ。」
ヒトミのその状況から、ただ事ではないことは想像できた。
「うん、こっちも説明すると長くなるから、ヒトミ、あ、ヒトミさん、もう少し休んでから話をしようよ。
そうだ。ヒロムは、ヒロムはどうしたの。」
「ヒロムはぁ・・・・。」
そう言いかけて、ヒトミが泣き出した。
「すみません。」
ツカサがあやまった。
「あやまることないよ。もう直ぐ、夕飯だし、それまで寝てなよ。」
ヒトミはツカサの胸の中で泣き崩れた。

 マサルは階段を降りた。階段の下には、マーとハルが待っていた。
「マサル、誰なの。」
「うん、「ベース」が始まった頃の知り合いって言うか。僕らが分かれた「ベース」のほうにいた人かな。」
「何だかわからない。けど、マサルの知り合いなんだね。」
「そうだよ。なんか取り込んでいるみたいだけど。わかんないな。俺にも。」
そういうと、皆はそれぞれの分担に戻って、作業を始めた。

その坂を下って2

2010年10月22日 16時14分19秒 | Weblog
 マサルの車が車庫に入った。といってもベンベーではなかった。独立、というのとは違うかもしれないが、もう、カードを使うことはできなかった。金に困らなかったマサルは金がなくなったことで、非常に困るということはなかった。マサルは無頓着だった。欲がなかった。欲しいものが全て簡単に手に入ったマサルは、その頃、物欲的に欲しいと思うものがあまりなかった。煙草を買う。酒を買う。そういった金は、みんなの金で何とかなった。むしろ、マサルは「ベース」の始めた行動が楽しかった。マサルが中心となって、世田谷の市場を開拓した。成城の空き地での直販から、大型団地の理事会との交渉、マンション管理組との関係を作ることなど、事業化していく「ベース」の行動が楽しかった。
 その日も宅配先になったマンションの管理人さんと話が盛り上がった。

車を降りるとハルが跳んできた。
「マサル、マサル、お客だよー。」
「誰。」
「女の人と男の人。」
「だから、誰。」
「あー、名前聞いてなかった。」
「なんだよ。それ。」
「二階で寝てる。」
「何で。」
「女の人が気分が悪くなっちゃって。」
「なんだよー。」

マサルは走るようにしてハルを追いかけた。

その坂を下って

2010年10月20日 16時22分32秒 | Weblog
 夜に近い夕暮れ。
 二人は「ベース」に向かう坂を降り始めた。するとダンボールをかかえた十代に見える青年、少年が声をかけてきた。
「今日の直販は終わっちゃったんですけど。」
「いえ、あの。」
「明日は三時からですから。」
「そうじゃなくて、あのアキコはいますか。」
「えっ。」
「ヒデオは。」
「はっ。」
「あの友達なんですけど。」
「アキコさんもヒデオさんもいませんよ。」
当たり前のように言われてヒトミは動揺した。
「マサルは、マサミは、ヒカルは・・・・。」
ヒトミの表情が急変するのに少年は驚いた。
「あの、ああ、マサルさんなら、後、三十分もすれば戻りますけど。」
「どこかで、待たせてもらえないかな。」
ツカサの声が響いた。
「お客さんだったんですか。すみません。」
少年は二人を「ベース」の中に案内した。ハルが明日、出荷用のダンボールをつんでいた。
「ハルさん、マサルさんにお客さん。」
「マサルに。」
真新しいジーンズにティーシャツ、作業服のようなジャンパーの男と
やはり、真新しいジーンズにティーシャツ、大きめブルゾンを羽織った濃い目の化粧の女。
マサルの友人。
新しい「ベース」の参加者ならほとんどを知っていた。この二人は記憶をたどっても、見つからなかった。そこは「ベース」、来るものは拒まない。
「マサルの知り合い。」
「はい。」
「あれ、大丈夫、顔色悪いけど。」
「大丈夫です。」
「少し、休ませてくれませんか。」
「いいけど。」
そういうと、ハルは叫んだ。
「マー。マー。マサルの知り合いだって。上の部屋、開いてる。」
「だれー。」
「だから、マサルの知り合いだって。」

 二階はさらに改造が進み、構造上必要な壁以外は全て取り払われ、広いスペースになっていた。皆がそこで寝た。ヒカルとミサキがいた部屋はそのまま独立していて、応接間的に使われていた。一階のルームはそのままだったが、土間、食堂、増築されたスペースは所狭しと集荷用品やダンボールが積まれていた。

 マーが二階から降りてきた。
「ヒカルの部屋は開いてるよ。」
「始めまして、マサルさんの・・・・。」
と言いかけてヒトミがよろめいた。ツカサが支えた。
「わー、どうぞ、どうぞ、二階だけど。」
「すみません。」
そういうとツカサはヒトミを抱えて、マーの後から二階へ上がった。

 なぜか懐かしい臭いがした。
窓の近くに、ヒカルが夕日を見ていた窓のそばにヒトミを寝かせた。あの日と同じように夕日はきれいだった。

夜になるまで7

2010年10月19日 14時18分13秒 | Weblog
蛇の頭のように地面から直立し、何かを探しているような十センチがあった。
それが、自分を探しているのだ、という確信をツカサは持てなかった。
それでも、その十センチに近づきたかった。
もちろん、風が吹かなければ、地面が動かなければ、近づくこともできないのだが。

自分と世界を区切る境界線がなくなれば、自分の意志などというものはなんと、ちっぽけなものだろう。
そんな思いがした。

ヒトミのやつれた髪がツカサの頬をくすぐった。


夜になるまで6

2010年10月18日 17時43分09秒 | Weblog
ツカサも目を閉じた。
が、目を閉じると風の音、水の音とは違う音が鼓膜を刺激した。
ガサッ。
草のすれる音、車のエンジン音、工場の機械音、人の声。
意識が別の方向に向かいそうになった。
眼を開け、ヒトミを見た。
ヒトミは綺麗だった。
覆いかぶさるようにしながら、体重をかけないように抱いた。
温もりが伝わった瞬間、ツカサの意識がとんだ。

それは一瞬のことかもしれない。
一瞬が、永遠につながる瞬間だったのかもしれない。

ヒトミの髪がツカサの頬をくすぐる少し前。
夢を見た。

身体を構成している全ての分子がひも状に変形していった。
頭の一番上の部分から、ひもが解けて行く感覚。
ひもは螺旋を描きながら、上に、中空に伸びていった。
それと同時に、今まで意識していた身体がひもとして分解した。
気付くと膝の上で寝ているヒトミの頭部からも同じようなひもが伸びていた。
そして、ヒトミの身体も分解した。
身体の全ての部分がひもになると自分を意識しているのか、いないのかわからなくなった。
今まで、他人と自分を隔てていた皮膚がなくなった。
今まで、人と自分をつなげていた肌がなくなった。
空気の流れに沿って、ひもは漂った。
草に絡まり、木々に絡まり、ヒトミのひもと絡まり、
強い風が吹くと、ほどけた。
何度となくそれを繰り返すうちに、ひもはその事物を構成する全ての分子と融合した。
存在はなく、存在した。
ただ、融合しきれない十センチの部分があった。
その部分がヒトミの十センチを探した。

夜になるまで5

2010年10月08日 16時57分49秒 | Weblog
「流魂」にいても、いなくても、
姫でも、ヒトミさんでも、
その背中を切りつけた事実は変わらない。

俺はあの時も何かにとりつかれていたような気がする。
そして、「流魂」にいたときも・・・・・

どうしてだろう。
この人を守りたいと思う。
罪の意識がないといえば嘘になる。
でも、それだけじゃない。

いま、後ろから、武闘派に襲われてもおかしくないのに。

それでもいい。

 ツカサはヒトミの髪を撫でた。あれほど、綺麗に手入れされていた髪が、簡単に指ですけなくなっていた。注意深く指を離し、掌で優しく撫でた。

不思議な場所だ。
工業化の波はそこまできていると言うのに。

俺も馬鹿だ。
武闘派への軍資金を自分のためにプールしておけばいいのに堀口の世話になるなんて

どうするこれから・・・・
「ベース」か・・・・

夜になるまで4

2010年10月07日 17時43分12秒 | Weblog
風の音が、水の流れる音が、二人の気持ちをやわらげた。
寄り添う肩越しにヒトミの呼吸が静かになっていくのをツカサは感じた。
ヒトミが眠りに落ちた。
ゆっくりと頭を腿の上に移動して、上着をかけた。
限界に近い状態が続いていたのだろうとツカサは思った。
河の流れが作る不思議なメロディーとリズムを感じた。
その音に導かれるように頭の中をいろんなことが流れた。

奈美江は何をしようと・・・・
武闘派は来るのか
「ベース」は受入れてくれるのか

不安が拡がりそうなその状況で、ツカサの心は落ち着いていた。

何もない。
俺には何もない。
誰かのために・・・・
誰のために・・・・
そういうことだった。
自分の意志・・・・・

俺が「流魂」に恨みを持って、あいつ
なぜだ。名前が思い出せない。
あいつを奪われた悔しさから、ヒトミ・・・・・

少し疲れた。

この人も、たぶん、俺と同じかもしれない。

武闘派を仕切る自分。
ほんとうの自分でない自分を演じることで、できたことだ。

恐怖もなかった。
死も怖くなかった。

ふう、この人を守れるのか。