仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

テンションがものを言う。

2008年12月26日 18時07分48秒 | Weblog
 奇妙な共同生活が始まった。ハルはマーをつれてマサルの部屋に行った。
なぜ、マーはハルと一緒にマサルの部屋に行ったのか。いや、行けたのか。
ハルのことばにためらいがなかったからか。
マー自身が自尊心をなくしていたからか。
エントランスの前で、マーは足が止まった。普通に入れるところではなかった。振り向いて帰ろうとした。
「マーちゃん。大丈夫だよ。」
ハルはマーの背中を押した。呼び鈴を鳴らした。返事はなく、ドアが開いた。
「来ちゃった。」
「ああ、いらっしゃい。」
「マーちゃんも一緒なの。」
「いいよ。」
あまりに普通だった。マサルはリビングに戻った。マーの背中をハルがもう一度押した。リビングのツインリバーブの電源が入っていた。うつむいていたマーがドラムスを発見して叫んだ。
「ラディックだ。」
マサルは微笑んだ。ギターを取った。ハルがマーをドラムセットの前に押しやった。ディープパープルの「ハイウエイスター」をマサルが引き出した。マーはフロアータムのスティックケースからスティックを取り出した。言葉のないセッションが始まった。

こんな顔じゃあお店に出れないよⅣ

2008年12月24日 16時42分02秒 | Weblog
 マーの表情はかたまり、指でリズムを刻み始めた。ハルは練習をしているマーの邪魔をしたことはなかった。
「ちょっと、お手洗い行ってくるね。」
そういって立ち上がった。台所の横の洗面台から、悲鳴が聞こえた。ハルは自分の顔を見て絶叫した。左目の周りが青く変色していた。マーは、リズムを取ることで自分の世界に入ろうとしていた。ハルの悲鳴がマーを引き戻した。
「マーちゃん、マーちゃん、こんな顔になっちゃった。どうしよう。お店いけないよ。」
マーは、ハルの顔を見て驚いた。そんな感覚はなかった。手加減をしたつもりもなかった。衝動的に手が出た。
「ゴ、ゴ、ゴメン。」
「どのくらいでなおるかなー。」
「いいよ。俺、立ちんぼ行くから。」
「マーちゃんの練習の時間が減っちゃうじゃん。」
マーは下を向いた。マーは今の自分が嫌だった。バンドを離れてから、マーは自分に自信が持てなかった。バンドを、ドラムをプレイすること以外にマーは自信をもてるものがなかった。それでも、ハルがいてくれることが救いだった。
 そのハルが・・・・・
ハルがとんでもないことを言い出した。
「マーちゃん。マサルのとこ行かない。」
マーは訳がわからなかった。ハルも何を言っているのか。自分でも解らなかった。マサルのうちへ来ればという言葉が頭の中でなった。

こんな顔じゃあお店に出れないよⅢ

2008年12月19日 17時22分50秒 | Weblog
 マーの手が動いた。
「キリング ユー・・・」
「マラマッド」の曲の歌詞を叫んだ。首を振り、目を覚ました。ハルに気づくと子供のように微笑んだ。身体を起こし、ハルにキッスしようとした。ハルはマーの肩を押さえた。
「マーちゃん、聞いて・・・・・・
 私、マーちゃん以外の人を好きになっちゃった。」
ハルはマーの目を見ていなかった。ゆっくりと視線をマーに向けた。鬼がいた。マーの鉄拳が空を切った。鉄拳はハルの左目のあたりに直撃した。ハルの頭の中で、花火が炸裂した。正座するように座っていたハルの腰が浮いた。頭から床に落ちた。ハルは両親にも殴られたことはなかった。だから、痛みというよりもショックで気を失った。マーは焦った。身体を揺すった。心臓に耳を当てた。鼓動は確かなリズムを刻んでいた。動かないハルを抱きかかえ、敷きっぱなしの布団の上に寝かせた。今度は、マーが正座するように座り、ハルが気付くのを待った。台所に行き、タオルを絞り、ハルの頭と目の上に乗せた。ハルの言葉を頭の中で繰り返した。マーはショックだった。
 どのくらいたっただろう。ハルは目を覚ました。ハルの視界は靄がかかっていた。その中央に心配そうにハルを見るマーがいた。
「マーちゃん、ゴメンね。」
そういいながら、頭の奥に痛みを感じた。起き上がろうとして、ふらついた。マーはハルの頭を支え、寝かせた。
「出てくのか。」
「違うの。」
「何が、」
「あのね・・・・・・」
二日間に起こったことを話した。同伴のことも、ペナルティーのことも、菊子さんのことも、話した。今まで、マーには何も話していなかった。マーがドラムを叩く姿を見たくて、ハルは金を稼いでいた。
 マーが全部ハルの言葉を理解したかは、不明だ。マーは悲しくなっていた。マーもハルが初めてだった。女子と付き合うことなどなかった。だから、セクスを知らなかった。メンバーに見せられた裏ビデオで覚えたやり方しか知らなかった。セクスは素晴らしかった。ハルはマーの言うとおりに変容していった。
 ハルがいなくなるかもしれない。
マーはうつむきつぶやいた。
「出て行くのか。」
「そうじゃないのよ。マーちゃん。私もどうしていいか。解らないの。
私って、みだらな女なのかもしれないわ。マーちゃんも、マサルも好きになっちゃったの。」

こんな顔じゃあお店に出れないよⅡ

2008年12月17日 17時15分24秒 | Weblog
 ハルはマーの頭を撫でた。マーとのこれまでのことが瞳の奥に浮かんできた。気付くと涙が出ていた。
 喫茶店で働いた。木造アパートの六畳の部屋だった。マーのドレムセットが積まれ、練習台があり、家財道具はほとんどなかった。安いラーメン屋にいき、一日一食で我慢した。練習台を叩く音で苦情が耐えなかった。マーはよく住人と喧嘩した。ハルはマーを全身を使って抑えることもあった。
 ハルは普通の人だった。何かに不自由することもなく育った。だから、すべてが初めての体験だった。「マラマッド」の打ち上げに誘われついていった。初めてのアルコールで訳がわからなくなった。フラフラするハルをマーが支えた。気付くとマーの部屋だった。剥ぐように服を脱がされ、挿入された。痛かった。それでもマーと一つになれたことが嬉しかった。
 時々、マーの部屋に行った。行くと激しいセクスが待っていた。金がないといわれると、ハルが食事代を出した。男性を好きになったことのないハルにとって何が普通なのかわからなかった。だから、マーとの交際がハルの常識になった。マーは金がなくなると高田馬場で立ちんぼをした。建築会社の日雇いを乗せるバスが行き過ぎた後に叔母さんが一人、仕事にありつけなかった人を、さらに安い日当で拾いにきた。マーはその叔母さんを待って、仕事に就いた。スタジオ代と食費、部屋代、それ以外はけして稼がなかった。
 マーは言葉が少なかった。気に入らないと無言で去った。「マラマッド」の最後は全員の殴り合いで解散した。そのころ、ハルはマーのために働いていた。
 レストランで働いた。金が足りなかった。スナックで働いた。金が足りなかった。歌舞伎町のショーパブをマスターが紹介してくれた。指名をもらう方法や同伴を見つけるやり方をやはりマスターの紹介で入った菊子さんが教えてくれた。相手のあしらい方や越えない一線、菊子さんは自慢げに話した。ハルはまじめにそれを聞いた。ハルは指名を取ることなどできなかった。客と話をすることも旨くできなかった。
 同伴ができない時のペナルティが以外に大きいことも知った。せっかく自給がいいのにこれではまた、お金が足りなくなってしまう。そう思った。菊子さんに教えてもらって、ハルは原宿に立った。
 マサル・・・・・・
「心が痛い。」
その言葉が響いた。
 もし、もう少しハルが大人だったら、マーに話をしなかった。でも、ハルはマーに話さないでいることができなかった。
 マーはたぶん昼間で目を覚まさない。マーの手を見るとスティックの豆ができていた。素敵なマー、ドレムを叩いている時のマーは別人だった。何かがのりうつったように素晴らしいビートを、空気を創った。だから、マーが、今のマーが可哀想だった。バンドのできないマー、それでも練習台に向かう時間は以前と変わらなかった。ハルはマーが目を覚ますまで待った。

こんな顔じゃあお店に出れないよ

2008年12月16日 17時44分34秒 | Weblog
 1階の奥の部屋の鍵を開けた。ドラムの練習台の横の万年床にマーは寝ていた。
 昨日もそのまま寝ちゃたんだ。
 ハルはマーにタオルケットをかけて、隣に座った。マサルのところから帰るとキッチンとリビングだけのこの部屋は非常に狭く感じられた。でもこの部屋には生活があった。ハルと住みだしてからほとんどアルバイトもしなくなったマー。練習台を叩いているか、散歩に行くか、システムキッチンの引き出しから金を持ち出し、パチンコに行くか。マーの生活はそれしかなかった。ハルはそれでも良かった。
 両親と小さな弟。父親は地方都市にある精密機械を製造する会社の東京支社にいた。労働組合の活動に従事し、主任の上には出世するつもりはなかった。明るい父、だが父親が家にいることはほとんどなかった。母親は小さな弟に掛かりきりでハルは、寂しかった。マーのバンドのライブも自分で行こうとしたわけではなかった。真由美の誘いがなければいかなかった。これといって興味があるわけでもなかった。マーのバンド「マラマッド」は当時、認知度をましていたパンクロックバンドだった。はじめてパンクロックに触れたハルはすべての面で圧倒された。すべてがかっこよく、すべてが新鮮で、今までの価値観をすべてぶっ飛ばすような衝撃を受けた。ドレムスの手の動きは一つ一つが生き物のようで、それを操るマーに釘付けになった。
 ハルは恋に落ちた。
 ハルはそれから外泊が多くなり、最後には家を出てしまった。ハルの両親は彼らも大恋愛の末、駆け落ち同然で一緒になったことから、ハルの旅立ちには肝要だった。父親は、困ったら、帰って来いというだけだった。なぜか、寂しさもありながら、ハルはマーの部屋に棲み付いた。

時計の針が悲しくてⅣ

2008年12月12日 17時53分14秒 | Weblog
 風の音はやわらかだった。駅前の階段で腰を下ろしていた。始発が下北に着くにはまだ早かった。
 ハルはゆれていた。風に漂うようにゆれていた。朝靄の中から飛び出すように太陽の光が空を青くした。ハルは空を見ていたかった。改札が開いて、足音が大きくなった。指名が取れて、ノルマを達成できればタク送が普通だった。ハルには指名客はまだいなかった。店を出て、深夜喫茶で始発を待つのがいつものことだった。だから、始発の付くのを待った。ハルはユラユラ立ち上がった。
 マーちゃんにどんな顔で会おう。
 マーちゃんが知ったら、どうなるんだろう。
 私はとんでもないことをしたのかもしれない。
 でも、マサル・・・マサルも好き。
一番街に出て坂をのぼった。踵がうまく地面から離れないような感じがした。三河屋の前で笹塚のほうに曲がって、裏道に入った。二人のワンルームのマンションは直ぐそこだった。

時計の針が悲しくてⅢ

2008年12月10日 16時30分14秒 | Weblog
 二人の身体の中を静かに流れ始めるものがあった。性的興奮とはちがう、魂の糸。キッスは、それを通す針の穴。時間が足りなかった。朝の気配が忍び寄っていた。
 ハルは身づくろいをはじめた。マサルもジーンズに足を通した。送ろうとするマサルをハルは涙目で止めた。エントランスでキッスをした。振り向くとハルは走りだした。

時計の針が悲しくてⅡ

2008年12月05日 14時49分26秒 | Weblog
マサルはハルの額にキッスした。
「マーちゃんはね。激しいのがいいの。お尻をつかんで腰をブンブンするの。だから、わたし、男の人はみんな、そういうのが好きだと思って。マサル・・・・・」
胸に額を付けた。
「そう呼んでいい?」
「いいよ。」
「わたしね。最初、セクスって気持ちいいものとは思わなかったの。でもね。何度かしているうちに、気持ちもいいとこがわかったの。マーちゃん・・・・」
「もういいよ。」
「わたし、なに言ってるのかしら。ごめんね。ゴメンね。なにか、不思議なの。言葉が勝手に・・」
「うん、話さなくても解るよ。」
「うん。」
ハルがマサルを見つめた。優しい目がハルを見ていた。マサルもハルを見た。手を握り、キッスした。掌から、魂に通ずる糸がスッとつながった。
「今のお店、好きなの。」
「えっ。好きとかじゃないけど、ウエイトレスやるよりお金もらえるもん。」
「やめなよ。」
「どうして?」
「心が痛くない?」
「心が痛い?」
「ふふ。」
「でもやめたら生活できないもの。」
「うちに来れば。」
「えっ。」
言葉が消えた。
 つぶやくよな声が戻った。
「ねえ。ねえ。なんだか解らないけど、気持ちイイの。許して。」
「ぼくらは許されているよ。」
「あなたともっと、もっと、一緒にいたくなっちゃいそうなの。」
「うん。」
「もう一度、したいくらいなの。でも・・・・」
「なにも、何も言わなくても、たぶん、身体が・・・・」
「だから、怖いの。」
「うん。」
「キッスして。」
優しいキッスがハルの身体を包んだ。
「でも、わたし、帰らなきゃ。」
「うん。」
「ねえ。どんどん、あなたが好きになっちゃいそうで怖いの。」
「うん。」
「でも、マーちゃんとは・・・・」
「うん。」
マサルの頭を擦った。今度はハルがキッスした。

時計の針が悲しくて

2008年12月02日 16時15分18秒 | Weblog
 眠ったわけではなかった。時間が静かに過ぎた。二人はじっとしていた。ハルが話し出した。
「なんかね。セクスをしたのかしらって。感じなの。」
「そう。」
マサルは静かに答えた。
「はじめてしたときね。まーちゃんとね。とても痛かった。でもね。マーちゃんと一つになれたって・・・」
ハルは身体の位置を変えた。マサルが腕枕をした。二人は天井を見た。リビングから漏れる明り、暗闇になりきらない空気はぼんやりと焦点を曇らせた。
「マーちゃんのは細くて長いの。激しくされるから、奥に当っていたいの。」
言葉を止めた。
「私、何、話してるのかしら。」
赤面した。顔をマサルの脇にうずめた。
「あなたとはじめてしたとき、痛くなかった。」
「ふふ。」
「何がおかしいの。」
「なんでもない。・・・昨日のハルと違う人みたいだからさ。」
「何よ。」
「可愛いなって・・」
ハルはまた、頬が熱くなった。
「私ね、マーちゃんしか知らなかったの。だからね、マーちゃんとしたみたいにしかできないの。」
少し黙って
「でも、今日のは・・・・」
マサルは身体を動かした。腕を抜いて、ハルのほうを向いた。口づけた。
「こんな感覚に慣れたのはハルだからだね。」
「マサルもいつもとちがったの。」
「うん。」