千の天使がバスケットボールする

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「我が偏愛のピアニスト」青柳いづみこ著

2011-01-10 19:37:02 | Book
ピアノは好きですか?

弦楽器が大好きでヴァイオリン党の私が、遅まきながらピアノという楽器の魅力にめざめたのは、この方のおかげ。ピアノの聴き方、ピアノの美しさ、ピアノの深い芸術性、実際の音楽演奏に接して感動するよりも前、というのがピアニストの方たちには申し訳ないのだが、みんなすべて青柳いづみこ氏の著書から教わってきたと言っても過言ではない。

そんな青柳さんが、何度か演奏を聴いて深い感銘を受けてお会いしたという10人の”日本人”ピアニストとの、ピアニストによる対談をまとめた貴重な一冊が「我が偏愛のピアニスト」である。

幸運にも青柳さんから偏愛されてご指名を受けたピアニストは、次の方たちである。

・ドラえもんも好きです―岡田博美さん
・日本人アイデンティティ―小川典子さん
・指先談義でわかったレガートの秘密―小山実稚恵さん
・モーツァルトを弾くのは、魚をつかまえるようなもの―坂上博子さん
・音楽に対して、絶対に自由でありたい―廻由美子さん
・健全な耽美的精神―花房晴美さん
・魂をゆさぶられるピアニスト―柳川守さん
・テクニックにしばられず、音楽を楽しむ―藤井快哉さん
・人が見ていなくても咲く花もある―海老彰子さん
・対談 練木繁夫×青柳いづみこ 同級生の来し方、行く末

日本よりも欧州で活躍されている方、華やかな人気ピアニスト、知る人ぞ知る玄人好みのピアニスト、と一般社会では名前が通っていないかもしれないが著者によると錚々たる「メンバー」だそうだ。本書の中の偏愛ピアニストへの青柳さんの演奏批評は、いつものとおり、ピアノ、音楽、演奏者への愛情がほのかに灯り、細部の技術面から音楽観まで含めて、まるで自分もその場で演奏を聴いているような錯覚すら覚える。どんな著名な評論家の鋭い批評よりも、彼女の感想の方が一般人には心に届くと思える。そのほんのさわりを紹介してみると、岡田博美さんといえば正確無比の超絶技巧の鉄板ピアニストという印象があったのだが、彼女によると音楽史的な興味と洗練された美意識による類まれなプログラミングが美質のひとつ、チャーミングな容貌を裏切るような男前な演奏をされる小川典子さんは私も好きなピアニストなのだが、多くの女性ピアニストが時系列にそって「道なり」に音楽を解釈するのに、小川さんは構築性に優れ規模の大きな音楽で大伽藍を打ち立ててみせるタイプで、そこが英国人に愛されているのではないかという感想には、思わず膝をうってしまいたくなる。

また若い藤井快哉さんは、殆どのピアニストが幼少の頃から目標を定めて訓練を積んで育つのに、この方は15歳でピアニストをめざして大阪音大になんとか入学できた遅咲きタイプ。せっかく入学しても学食で友人とはべったりとぱっとしなかったのだが、インディアナ州立大学に留学して練木繁夫氏に師事する頃から転機が訪れ、コンクールで技術を競うよりもひとりの音楽家としてコンサートで弾けるようにとアドヴァイスを受ける。帰国後は、リサイタルのオーディションに受かりコンサートも開くが、音大の講師に応募しても書類審査で落とされ定職にありつけない苦しい3年間が続いた。しかし、その小さなリサイタルが評価されて兵庫県芸術文化協会から賞を受賞し、短大の幼児教育のポストをえてから好転していく。現在の藤井さんは年間40~50回の舞台が待っている売れっ子でもあり、本格的なソロ活動も欠かせない。幼い頃からエリート教育を受けた訳でもない高校生が20年かけてピアニストになったという事実に、音楽教育に手遅れはないかもしれないと考えさせられた。

ご登場されたピアニストの方たちのお話からは、一年のうち1ヶ月は演奏旅行の移動による飛行機の中で過ごしているというタフガイの小川さんや、国際コンクールで賞をとり華やかな演奏活動をスタートさせるも不眠症になり長期入院をした海老沢さんなど、その人柄や音楽性、生い立ちからピアニストになった道のりを含めて、想像以上にピアニストの人生から多彩な音がたちあがってくる。それだけでなく、本書からは音楽教育のあり方、キャリアにおけるコンクールの位置付けと弊害、音楽界の今後の展望まで広がり、それはまた海老沢さんの「それぞれ花が咲く時期があるし、人が見ていなくても咲いている花がある」という最後の言葉にもつながっていく。

青柳さんは、クラシックのピアニストを華やかな衣装を身につけ優雅に舞っているようだが、水中では必死に水をかいているシンクロナイズド・スイミングの選手にたとえている。水をかかなければあっというまに沈んでしまうのが、ピアニスト。沈んでしまうという意味にはふたとおりある。常に練習を続けて鍛錬しておかないと、読譜力、筋力、勘が鈍り、長い努力の末ようやく身につけた腕前もまたたくまに崩壊していく。そして、キャリアが沈むこともある。ステージ活動を続けていないと、いや続けていてすらもあっという間に忘れ去られ、後からデビューしたきらびやかな新しい才能にとって替わられる。決して恵まれてはいない環境でも、自らを厳しく律し、演奏を深めているピアニストたちに対する敬愛の念に突き動かされるように誕生したのが、本書である。だから、これまでピアノをあまり聴いてこなかった未来の聴衆にこそ、この本を手にとっていただきたいと願う。本を閉じたら、間違いなく10人のピアニストのCDを聴いて、そしてコンサートに出かけたくなるはずだ。

■こんなアーカイヴも
「ピアニストが見たピアニスト」
「六本指のゴルトベルク」
「ピアニストは指先で考える」
「ボクたちクラシックつながり」
クラシック音楽家の台所事情


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2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
樹衣子さん (xtc4241)
2011-01-12 11:52:02
こんにちは(いま1月12日11:50頃です)

>読譜力、筋力、勘が鈍り、長い努力の末ようやく身につけた腕前もまたたくまに崩壊していく。
>後からデビューしたきらびやかな新しい才能にとって替わられる。

これって、アイドルとアーティストの分岐点かもしらないですね。それに、スポーツ選手なんかにもいえることかもしれない。

とにかく、天才は持って生まれた才能と、それを続けられる才能の両方を持ってることだった言いますからね。

PS)
樹衣子さんはクラッシク中心ということはわかってますが、ビートルズも聞きませんか?。
村上春樹は読まないですか?
映画も含めて「ノルウェイの森」について書きました。よかったら、見てください。
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xtc4241さまへ (樹衣子)
2011-01-12 23:11:34
日本列島は寒波で寒いですね。

>天才は持って生まれた才能と、それを続けられる才能の両方を持ってることだった言いますからね

続けることは当たり前のようで、実はとても難しいのですね。才能がありながら、挫折される方や体調不良により引退せざるをえない天才もいますし・・・。

ビートルズは勿論CDをもっていますが、最近は殆ど聴かなくなってしまいました。
村上春樹は以前の作品は殆ど読んでおりますが(「ノルウェイの森」も含めて)、最近の本は全くおもしろくないと思っています。
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