千の天使がバスケットボールする

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「ピアニストが見たピアニスト」青柳いづみこ著

2005-12-23 00:05:33 | Book
先日、久しぶりに手にとった「音楽の友1月号」で、旧ユーゴスラビア出身のピアニスト、イーヴォ・ポゴレリッチのお姿を拝見して、おもいっきりのけぞってしまった。そこで目撃したのは、日の出をかついでいるような”おしゃれな”ファッションに身をつつんだりっぱな中年男性のいでだちのイーヴォである。「スカルラッティ・ソナタ集」のエキゾチックで眩惑的な彼は何処へ・・・。ピアノは他の楽器にくらべて圧倒的にレパートリーも多いが、また演奏家の層もあつい。確立された個性が変容してたちあらわれなければ、生き残れない。ピアニストをめざすなら、そこにはマーケットで必要とされている数だけの熾烈な席とり争いが待っている。そんな試練とは無縁な、天からのその時代の授かりもののような天才と言われるピアニストたち。聴衆から愛され、世界中を演奏旅行。待っているのは、賞賛の嵐のような拍手と名誉。
けれども、どんなところにも光りがあれば影もあり、垂涎の天賦の才の輝きがまぶしければ、その闇はなお深く暗いものでもある。

「ピアニストが見たピアニスト」は、文字どおりピアニストである青柳いづみこさんが、神のような才能を賜れたピアニストたちを音楽的にも人間性からも分析した稀な著書である。

<目次からの引用>
負をさらけ出した人・・・スビャトスラフ・リヒテル、イリュージョニスト・・・ベネデッティ=ミケランジェリ、ソロの孤独・・・マルタ・アルゲリッチ、燃えつきたスカルボ・・・サンソン・フランソワ、本物の音楽を求めて・・・ピエール・バルビゼ、貴公子と鬼神の間・・・エリック・ハイドシェック。

現役ピアニストも含めて、20世紀後半に幸福な時間をもたらしてくれたピアニストたち。彼らは際立った才能に恵まれながらも、コンサートピアニストとして特有の緊張感と孤独、競争、自虐的な演奏への反省、常に自分自身への存在感への不安にさらされている。これは特殊な職業がもたらすものなのか、はたして著者のいうクラシック音楽をとりまく環境問題、商業主義の弊害、たえて繰り返すことを求められる演奏行為そのものむずかしさなのか。

なかでも一番興味をひかれたのは、何回か生で演奏を聴いている女性ピアニスト、マルタ・アルゲリッチである。元祖野獣派として誰からも絶賛されるマルタ・アルゲリッジが、悪性の皮膚癌の手術を米国でする時に、誰もつきそう者がなかったという。それを聞いた海老彰子さんが仕事を1ヶ月キャンセルして、彼女につきそった。わがままで自由奔放な彼女をつかまえ、手術を説得させた。高額な医療費は元夫シャルル・デュトワをはじめ、4人の人物に出資させ、マネージャーには元気になったら必ず返すと約束した。
もの心がついた頃から、その才能ゆえに母やマネージャーからピアノの椅子に座ることを求められたアルゲリッチ。彼女は多くの人に愛され、何回も結婚したけれど、結局人が見ているのはあくまでもピアニストとしての彼女であり、ひとりの女性として、ひとりの人間としての関心を誰もはらってこなかったと私は考えている。音楽家としては最高に幸福な彼女が、ひとりの女性としても幸福なのだろうか。彼女は、こどもの頃から才能に恵まれたがために、孤独だった。
ソロで演奏するのを嫌い、近年室内楽に軸足を移しているアルゲリッチを、相対的で刹那的、疾走する時間の流れの中であらゆる可能性を探り、イマジネーションの対位法を楽しんでいるという著者の分析は、非常に鋭い。また、ピアノを殆ど聴かない私なのに、読んでいるうちに空想のなかで音楽が響いてくるような錯覚もするくらい、それぞれのピアニストの演奏に対する批評が優れている。これは、青柳いづみこさんの音楽家としての感受性の豊かさと冷静に分析する知性、文章表現能力のレベルの高さからくるのだろう。新聞の著名な音楽評論家とは違った、同調と優しいまなざしを感じる本である。

今週号の「週間AERA」の表紙は、新進気鋭のユンディ・リ君である。彼は5年前のショパンコンクールで、15年間空位だった1位に輝いた。今年のショパン・コンクールでは、ショパンの母国ポーランド出身の青年が、圧倒的な強さで優勝。ピアノだけでなく髪をアイドル歌手のように整え、ユンディ・リ君も、これから一時も休まずに芸術への厳しい道のりを走らなければならない。なんといっても、聴衆はあきやすいものだ。
「夜のガスパール」を聴きながら。

*ピアノを好きな方、ピアニスト、ピアノ曲に関してご教示いただけたらありがたいです。


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4 コメント

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ピアノ (waremokou)
2006-06-17 21:47:28
現代日本で、青柳いづみこさんほどピアノ曲、ピアニストについて語れる方はいらっしゃらないと思いますので、この方の本でご満足いただけないとしたら。。。困ってしまいますね。中村紘子さんの「ピアニストという蛮族がいた」はお読みになりました?
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音楽家はみな蛮族 (樹衣子)
2006-06-18 11:51:43
もしかしたら、waremokouさまはクラシック音楽に詳しいのではないでしょうか。

音楽好きの方でも、意外とこの青柳いづみ子さんの「ピアニストが見たピアニスト」を読んでいない方の方が多いです。



>この方の本でご満足いただけないとしたら



私の書き方の稚拙さが誤解を招いてしまったようで恐縮ですが、この著書には大変満足しております。ただピアニストやピアノ曲に関しては、あまり聴かないので、青柳さんがとりあげたピアニストは、実は名前しか知らない・・・という次第です。著者の分析が非常に優れていて、そのピアニストの音楽を知らない者にも、充分説得力があり、音を想像できるだけに残念でした。

中村紘子さんの本は、殆ど読んでおります。文章表現の上手い方ですね。演奏旅行に行くときも、いつも5冊ぐらい本をもっていくらしいですが、無類の読書好きが、ピアノだけでなくペンの巧みさという芸につながっているのでしょうか。

告白してしまうと、中村紘子さんのご主人の小説の主人公は、私の高校時代のおこがれのキャラクターでした。
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とうとう読まれましたね (calaf)
2006-06-19 00:17:59
こんばんは。この本面白いでしょう。この本は、私生活も結構描写があるので面白いと思います。ただ中に出てくるピアノ曲をよく知らないと面白さは半減します。その辺がピアニストが見たピアニストなんですね。直接関係者から聞いたエピソードが多く取りあげられておりますが、それでも既存の本からの引用が多くありますので、私にとってはやや新味は薄いですが。
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とうとう読みましたよ^^ (樹衣子)
2006-06-19 22:30:03
>この本面白いでしょう



大変面白かったです。情緒的な感性と理論のバランスが素晴らしく、好みの文章です。

calafさまが、ご自分のブログにリンクしている理由がわかります。



>私生活も結構描写があるので面白いと思います



音楽家の私生活に関しては、calafさまもよくご存知ですよね。決して詮索ではなく、私生活が演奏に色を与えることもありますから、演奏家たちの生活を知ることも悪くないです。



>ピアニストが見たピアニスト



評論を生業としている立場でなく、同じピアニストとしての視点はあたたかみを感じました。



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