青柳いづみこさんにならって「我が偏愛のヴァイオリニスト」を思い浮かべるとしたら、まず1974年生まれ、シベリアのノヴォシビルスク出身のマキシム・ヴェンゲーロフ!(Максим Александрович Венгеров)。5歳からヴァイオリンを学び、名伯楽の誉れの高いザハール・ブロンに師事して、わずか10歳で1985年開催の第二回ヴィエニャフスキー国際コンクールのジュニア部門で優勝。(ちなみに、庄司紗矢香さんは1997年に14歳で日本人として初めて優勝。現在、ザハール・ブロン氏に師事している。)記念すべき第一回でも同じ門下生のヴァディム・レーピンが優勝していて、91年に3位になった樫本大進とあわせてザハール・ブロン門下生の3兄弟と呼ばれていた時期もある。
今年四十路を迎え、髪に白いものが目立ち始め渋い中年男性とヴァイオリニストの貫禄がでてきたレーピンは、世界のトップランナーとして堅実に活躍をしている。特にラロのスペイン交響曲の演奏については、今のレーピンに並ぶヴァイオリニストはいないのではないだろうか。以前、彼のリサイタルでソナタを聴いた時は内容に乏しく、アンコールで弾いた超絶技巧のワックスマンのカルメン幻想曲でようやく初めて会場がわいた思い出もあるのだが、それも今では昔のこと。
旧ソ連時代、国家の威信を担って国が用意した車の中でも課題曲を練習してエリザベート王妃国際コンクールに挑んで優勝した、かっての太った早熟な天才少年も今ではベテランの域に達し、大家の風貌すら漂わせている。
3男の樫本大進さんについては、先日、正式にベルリン・フィルのコンサートマスターに就任されたという報道があったように、当初はオケのコンマスになることについて驚きもしたのだが、活動の幅が広がりつつある彼なりの考えと将来設計のひとつが一流オケのコンマスだったということだろう。多少、ソロ活動も以前よりは減ってはいるようだが、今後、益々の活躍が期待できる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/7e/9fcb01f19ec28e2c650ce1bd1c933251.jpg)
そして次男のマキシム・ヴェンゲーロフはどこへ?!
あれは2007年のことだった。
久々にやってくるヴェンゲーロフを楽しみに早速無事にチケットを手配したのだが、肩の故障で公演がキャンセルとなり、非常にがっかりした。その後、待てど暮らせど彼は日本にやってこない・・・。便りが届かないのが気にはなりつつも、いつかそのうち再来日、と期待しつつ待っていたら、なんと2008年に右肩の故障のために演奏活動休止宣言をしていたのだった!音楽評論家の伊熊よし子さんが”百年にひとりのヴァイオリニスト”とまで絶賛していた方なのに。(詳細は2008年4月5日の「TIMES」誌の記事を参考されたし。)驚異的なテクニックだけでなく、聴く者の心をとらえて離さない音楽性、美しく強靭でありながらやわらかく繊細な音、まさに奇跡のようなヴァイオリニストだったのに、わずか34歳で引退とは・・・。
これからはCDを買って聴いていくしかないとは本当にショックを受けた。
'Maxim Vengerov says he is putting down the violin, his 'mother tongue'
今年四十路を迎え、髪に白いものが目立ち始め渋い中年男性とヴァイオリニストの貫禄がでてきたレーピンは、世界のトップランナーとして堅実に活躍をしている。特にラロのスペイン交響曲の演奏については、今のレーピンに並ぶヴァイオリニストはいないのではないだろうか。以前、彼のリサイタルでソナタを聴いた時は内容に乏しく、アンコールで弾いた超絶技巧のワックスマンのカルメン幻想曲でようやく初めて会場がわいた思い出もあるのだが、それも今では昔のこと。
旧ソ連時代、国家の威信を担って国が用意した車の中でも課題曲を練習してエリザベート王妃国際コンクールに挑んで優勝した、かっての太った早熟な天才少年も今ではベテランの域に達し、大家の風貌すら漂わせている。
3男の樫本大進さんについては、先日、正式にベルリン・フィルのコンサートマスターに就任されたという報道があったように、当初はオケのコンマスになることについて驚きもしたのだが、活動の幅が広がりつつある彼なりの考えと将来設計のひとつが一流オケのコンマスだったということだろう。多少、ソロ活動も以前よりは減ってはいるようだが、今後、益々の活躍が期待できる。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/00/7e/9fcb01f19ec28e2c650ce1bd1c933251.jpg)
そして次男のマキシム・ヴェンゲーロフはどこへ?!
あれは2007年のことだった。
久々にやってくるヴェンゲーロフを楽しみに早速無事にチケットを手配したのだが、肩の故障で公演がキャンセルとなり、非常にがっかりした。その後、待てど暮らせど彼は日本にやってこない・・・。便りが届かないのが気にはなりつつも、いつかそのうち再来日、と期待しつつ待っていたら、なんと2008年に右肩の故障のために演奏活動休止宣言をしていたのだった!音楽評論家の伊熊よし子さんが”百年にひとりのヴァイオリニスト”とまで絶賛していた方なのに。(詳細は2008年4月5日の「TIMES」誌の記事を参考されたし。)驚異的なテクニックだけでなく、聴く者の心をとらえて離さない音楽性、美しく強靭でありながらやわらかく繊細な音、まさに奇跡のようなヴァイオリニストだったのに、わずか34歳で引退とは・・・。
これからはCDを買って聴いていくしかないとは本当にショックを受けた。
'Maxim Vengerov says he is putting down the violin, his 'mother tongue'
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