千の天使がバスケットボールする

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「明治のお嬢さま」黒岩比佐子著

2011-01-22 16:18:03 | Book
銀座の一角に、「天賞堂」という貴金属や時計を扱うお店がある。店舗の角にこっそり愛の矢をはなとうとしている可愛らしいキューピッドの像が飾られていると言えば、現代のお嬢さまにもおわかりになるだろうか。銀座を睥睨するような外資のブランド・ショップにうずもれそうな、この一見、地味で小さな店は実は明治のハイソなお嬢さまたちが、海外から輸入された紅宝石(るびい)や夜光珠(だいらもんど)などの高価な宝石をお買い求めになられるお気に入りのショップだった。明治の時代では、ほんのごく一部の皇族、華族や新興資産階級のご令嬢の、三越やこのような貴金属店で売っている流行の着物や装飾品によせる多大なる関心が、現代では幅広く庶民層にまでひろがり、ヴィトンやグッチの新作バックへの購入意欲につながってきているのではないだろうか。

こう言ってしまうといつの時代も女は女だということになってしまうかもしれないが、広大な屋敷で部屋数が60以上、70人から100人近い使用人に囲まれ、厨房から食事室まで1町(109㍍)の距離を渡ってくるスープもすっかりさめてしまうような莫大な富に恵まれながらも、家に束縛され結婚相手も家の格式や釣り合いで20歳前に決められてしまう明治のお嬢さま、そんな彼女たちの最大の武器が”美貌”だったとは。本書は、古書めぐりが趣味の著者による1880~90年代に生まれ、明治末期までに結婚した華族を中心にした上流階級のお嬢さまの姿や生活を紹介した本である。

象(笑)徴的なのが、最初にある1911年1月1日発行の雑誌『女学世界』の附録「現代流行双六」である。
振出しは自動車、毛皮のショールをお召しになった令嬢が車に乗り、行き先は別荘生活、運動会、かるた会、音楽会、親菊、夜会、おさらい、美顔術、洋行と楽しくもハイソな暮らしぶりが伺えるのだが、最後の上りが帝国ホテルが会場、フランス料理のフルコースでの結婚披露宴!。現代だったら、旅行、コンサート、聞こえのよい趣味をきわめる教室、エステ、語学留学、ゴルフと行動パターンにそれほどの差はないように思えるのだが、決定的に違うのが今では誰も結婚がゴールとは考えられない、考えていないことだ。しかし、明治の時代は、爵位がある家に生まれても継承できるのは男児だけ、平成・平民の就職活動などありえなかった当時、セレブリティであるがゆえに逆に選択肢はせばめられ、25歳を過ぎて老嬢(オールドミス)と陰口をささやかれる前に、民法上の家長制度により、戸主が決めた一度も顔を見た事もない相手の元に嫁ぐことが生きる道だった。

理想が良妻賢母の女性ならば、当時の上流階級のママたちの息子の嫁探しの場所は、同じようなクラスの令嬢たちが学ぶ華族学校で、学び舎は嫁候補の器量の格好の品評会にもなった。地位と権力、資産のある男性は結婚相手の女性に美しさを求めれば、自ら生活の糧をえることができないお嬢さまが安定したハイソなクラスの維持していこうと、地位、権力、資産のある男性を得ることために、お金をかけて衣装を整え、美しさに磨きをかけるのは生き物の自然な流れ。華族には美しい娘が多いという評判も、お嬢さまたちが、美貌が勝負と充分にご認識だったことでもあろう。その一方で、経済的に困窮している公家華族は、ルキノ・ヴィスコンティの映画『山猫』のように財閥家の娘を息子の嫁に迎え、成り上がった財閥は名声欲しさに華族の娘と高額な結納金を積んで縁組をする。美と権力が結びつく両家WINWINの関係も、時には乙女心を悩ませ哀しませもする。

男爵九条良政は、華族の側室の娘の武子と結婚し、欧州に新婚旅行にでかけたのだが、ロンドンに着くや天文学を学ぶと留学宣言をして新妻だけを先に帰国させ、その後10年間、一度も日本に帰ってこなかった。その間、妻に届いた手紙はたったの2通だけ。世間は「孤閨を10年守った貞女」と讃えたそうだが、今だったら屈辱もので確実に離婚だろう。しかし、武子は歌を詠むことで自らをなぐさめ、福祉事業や婦人運動に積極的に関わっていく。彼女の賢明さは、親しい友人の娘の縁談の手紙への返信で
「結婚は勧業債券ぢやございませんもの」
というユーモアを交えた表現でも感じられるのだが、その彼女とも親しかったもうひとりの美貌の歌人、柳原白蓮の結婚はあまりにも不幸だった。名門の公家華族だが経済的に恵まれなかった生家からお金で買われて嫁いだ先が25歳も年上の福岡の炭鉱王、伊藤伝右衛門だった。、炭鉱王は結婚後も女道楽を繰り返して、美しい妻は飾るための所有物とばかりに機嫌が悪くなれば暴力をふるった。白蓮が美貌を若き帝大生と奔走して命がけの恋のために使ったのも無理からぬこと。明治維新後、西欧に負けまいと富国列強をめざして近代化、西欧化を驀進しながら、旧来の社会的価値観や文明の軋みのようになったのも明治のお嬢さまだった。10代半ばから20歳までに、恋をするときめきも知らずに家が決めた男性と結婚していた彼女たち。まことに”花の命は短くて”・・・である。

■こんなアーカイヴも
「明治の女子留学生」
「迷路」野上弥生著


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2 コメント

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樹衣子さん (kimion20002000)
2011-04-09 00:39:38
こんにちは。
この本を着想された時、電話で黒岩さんと話していて、「このタイトルは売れるよ、これでお金を稼いで古書の費用にあてなよ」などと無責任な冗談を言ってたことを思い出します。
結果的に、この本もちゃんと刷りを重ねてくれましたけど。
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古書めぐり (樹衣子)
2011-04-09 20:25:50
黒岩さんの古書店めぐりの情熱は、この「明治のお嬢さま」の本で想像されます。よくこれだけの本を集め、読まれたなと・・・と思いました。

>このタイトル

女子的にも、このタイトルはヒットですね!
コメントをありがとうございました。
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