競馬マニアの1人ケイバ談義

がんばれ、ドレッドノータス!

エースに恋してる第24話

2007年09月08日 | エースに恋してる
 と、マウンド上に目をやると、唐沢の様子が変になってる?… 今の大飛球がショックだったのか? ここでやつが切れたら大変だ。オレはマウンドに向かった。
「荒沢、今のはしかたがないよ。気にすんな。まだこっちが勝ってんじゃんか」
 と、唐沢が横目でギョロとオレを見た。
「うっせーなーっ!! わかってんよっ!!」
 い、いかん、今は声をかけるタイミングじゃなかった… マウンドに立つと切れやすくなるやつの性格を考えれば、今はそーっと見守ってた方がベターだったらしい…
 唐沢の口から、さらに信じられない言葉が出た。
「けっ、なんで大空は最後まで打球を追わなかったんだっ!? 向こうのレフトは最後まで追ったじゃんかよっ!!」
 ああ、こいつ、完全に切れてやがる。なんでこんなところで切れるんだよ?… あとアウト1つ獲りゃ、こっちの勝ちだろ!! 幸い敵の打順は下位。唐沢、ここはなんとしても押さえてくれよ。
     ※
 続く7番バッターの3球目。そいつのバットがまた快音を響かせた。が、打球はショートの守備範囲のゴロ。やったーっ、勝ったぁ!!、と思った次の瞬間、信じられないことが起きた。途中からショートの守備に入ってていた森が、ゴロをはじいてしまったのだ。2アウトランナー1塁3塁… 我がチームはこの試合、ここまでエラーとは記録されないミスを何度かしてきたが、記録に残るエラーは、これが最初だった。
 森はバッティングがあんなにいいのに、守備はこんなにもひどいのか? そーいや、やつの本業はサードだったな。だからと言って、このエラーは論外だ。箕島だったら、絶対ふつうに処理してたはず。
     ※
 森が唐沢に直接タマを届けに来た。
「す、すみません」
 すると唐沢がしらけた目を森に向けた。おいおい、唐沢よ、おまえ、聖カトリーヌ紫苑学園のリリーフエースだろ? リリーフエースがそんな目をしてどうする? まったく、土壇場に来てすべての歯車が狂い出すなんて…
 幸い2塁ランナーは3塁に止まってくれた。まだこっちが勝ってるんだ。唐沢、ともかく、ともかく落ち着いて投げてくれ。あともう1つアウトを獲れば、こっちの勝ちなんだから…
     ※
 しかし、続くバッターの初球、唐沢の投じたタマは、とんでもなく高いタマだった。キャッチャーの北村、そのタマを捕れず、3塁ランナーは労せずしてホームイン… ほんのわずかに残ってた運を唐沢自身がドブに捨ててしまった…
 オレはうなだれた。何も言えなくなってしまった。しらけた。99%勝ってたのに、なんなんだよ、これは?… ベンチを見ると、とも子もうつむいていた。きっとみんなも同じ気分だと思う。
 しかし、まだ同点だ。次の回、サラダ商業は絶対ピッチャーを替えてくるはず。でも、戸田の次のピッチャーは、そうたいしたことはないと思う。絶対点が獲れるはず!!
 その前に唐沢だ。やつはもう限界… 今のワイルドピッチで2塁に進んだランナーが帰ってきたら、サヨナラ、一巻の終わりである。うちの監督もオレと同じことを考えたらしい。ベンチの中から佐野が飛び出してきた。ピッチャー交替の伝令。が、次の瞬間、
「待てよ!!」
 それは唐沢の怒鳴り声だった。その声で佐野の足が止まった。
「聖カトリーヌ紫苑学園のリリーフエースはオレだ!! オレに最後まで投げさせろっ!!」
 佐野は監督の顔を見た。監督はうなずいた。佐野はベンチに引っ込んだ。どうやらうちの監督は、唐沢と心中する気らしい。ま、替わると言っても、うちで残るピッチャーは、実戦経験のない北川だけ。まさか、また中井を使うわけにもいかないし、冷静になって考えれば、ここは唐沢に任せるしか道がないのかもしれない…
 監督は敬遠を指示し、敵バッターは1塁へと歩いた。
     ※
 2アウトランナー1塁2塁。サラダ商業の次のバッターは9番の戸田だか、ここは当然代打だろう。それを暗示するように、ネクストバッターサークルには、あらかじめ別の選手が入っていた。が、しかし、なんと戸田がベンチの奥からバットを持って出てきた。敵の監督はいったい何を考えてるんだ?…
 戸田がバッターボックスに立った。こいつ、身体はくたくたなのに、目は生き生きとしてやがる… だが、マウンド上の唐沢の目も、輝きを取り戻してるようだ。ま、あんなタンカを切ったあとだ。目が死んでちゃいけないか。
 唐沢、1球目。しかし、タマの方は死んでいた。完全な棒ダマ。戸田は思いっきり振り抜いた。
 カキーン!! 鋭いライナーが唐沢の右脇に飛んだ。二遊間を完璧に抜く当たり。万事休す… が、次の瞬間、唐沢が右腕をさっと真横に突き出した。その手首にライナーが当たり、打球はグランドに転がった。しかし、唐沢の数メートル後ろで止まってしまった。森が突っ込んでそのタマを拾った。こいつ、1塁のオレに投げる気らしい。バカ、オレに投げたって、1塁は完全にセーフだぞ!! 2塁ランナーが一気に3塁を廻った。森からの送球を捕ってオレがホームに投げたとしても、今のオレの腕じゃ、アウトは絶望的…
 が、1塁はアウトだった。戸田はまともに走ることができなかったのだ。1塁塁審にアウトを宣告されると、戸田はよろよろと崩れてしまった。
 もしあの打球がセンター前ヒットになってたら、戸田はファーストに到達してたと思う。つまり、オレたちはサヨナラ負けを喫していた。唐沢のガッツがオレたちを救ってくれた。気持ちだけは、戸田に負けてなかった。さすがはうちのリリーフエースだ。
 当の唐沢は、右手首を痛めたらしい。振ったり、押さえたりと、やたらと右手首を気にしてた。
「唐沢、大丈夫か?」
 唐沢に声をかけると、唐沢はにやっと笑った。
「なーに、敵さんのピッチャーと比べりゃあ…」
 ふふ、一度は幻滅したとはいえ、やっぱ頼りになるやつだ。
 ベンチに帰ると、とも子の安堵した笑顔が出迎えてくれた。とも子もかなり心配してたはず。
 ともかく、サヨナラ負けだけはまぬがれた。今度はこっちが反撃する番だ!!
     ※
 聖カトリーヌ紫苑学園野球部が初めて経験する延長戦。その10回の表、なんと敵のピッチャーは相変わらず戸田だった。こっちは1番渡辺からとゆー絶好の打順。
 戸田、1球目。やはり棒ダマだった。1回の表ホームラン寸前の3塁打を撃った渡辺は、このタマに対し、色気を出さず、コンパクトに流し撃った。打球は12塁間を抜けた。渡辺はチームバッティングに徹してくれたようだ。
 続くバッターの大空は、定石通りの送りバント。その打球を処理した戸田は、1塁へ送球。が、送球が高く、敵ファーストは捕るのがやっとだった。大空はセーフ。どうやら戸田の左足は、踏ん張ることができないようだ。
 3番唐沢がバッターボックスに立った。まだ右手首が痛いと思うが、そんなことはもろともせず、思いっきりバットを振り抜いた。カキーン!! 打球は三遊間を抜いた。
 次のバッターはオレ。ノーアウトランナー満塁。ここでホームランを撃てば、一気に4点獲得となる。しかし、今日オレは戸田からホームラン性の当たりを2本撃ってるが、2本とも外野フェンス手前でおじぎしてた。ここは大きいのを狙うより、とりあえず1点、勝ち越しを優先すべき。オレはそう判断すると、バッターボックスに立った。
 と、ふと視野の端に大きなスケッチブックが入ってきた。とも子が掲げてるものだった。そこには「頑張れ!」とゆー文字があった。はいはい、わかってるって。でも、今は押さえぎみに行くよ。
 1球目。外角の棒ダマ。オレはそのタマを流し撃った。カキーン!! 三遊間を抜くヒット。3塁ランナーの渡辺が帰ってきた。ついに1点勝ち越し。
     ※
 その後も我が聖カトリーヌ紫苑学園の連打が続き、都合8点を獲得。さらに満塁となったところで、またオレに打順が巡ってきた。マウンドの戸田はすでに立ってるのがやっとのようだ。しかし、今は勝負のとき。手を抜くわけにはいかなかった。
 初球、軽快にバットを振り抜くと、打球はライトスタンドに突き刺さった。満塁ホームラン。オレがダイヤモンドを廻り出すと、スタンドのあちらこちらからオレを非難するヤジが飛んできた。立ってるのがやっとのピッチャーから、なんてことをするのかと。バカゆーな!! 突き放しても突き放しても食らいついてくるやつらだぞ。100点獲ったって、まだ足りないくらいだ。だいたい、ここまでへろへろになったピッチャーを続投させる敵の監督もおかしい。いくら代わりのピッチャーがいないからって、これじゃ戸田は、さらし者じゃないか!!
 その後もヒットが連続し、結局我が聖カトリーヌ紫苑学園は、この回大量14点を獲得した。
     ※
 10回の裏、サラダ商業打線は、それでも唐沢のタマに食らいついた。しかし、唐沢と北村も慎重だった。あっとゆー間に2アウトを獲った。いよいよあと1アウトで甲子園行きとなる。とも子の夢は甲子園で優勝することだが、オレにとっちゃ、甲子園行きそのものがとてつもない夢だ。その考えてもみなかった夢が、今現実になろうとしている。でも、これはオレととも子だけで実現させた夢じゃない。聖カトリーヌ紫苑学園野球部員全員で実現させた夢だ。
 キャッチャーの北村がいて、セカンドの鈴木がいて、サードの中井がいて、ショートの箕島がいて、レフトの大空がいて、センターの渡辺がいて、押さえの切り札の唐沢がいて、代打の切り札の森がいて… みんなで実現させた夢だ。特に今日の試合は、みんなの心が一つになってなかったら、完全に負けていた。今日の勝利は、我々にとって大きな糧となるはず。
     ※
 ファールで粘りに粘ったサラダ商業の最後のバッターが、ついにピッチャーゴロとなった。唐沢がファーストのオレに送球。アウト。ゲームセット。19対5、すさまじい死闘だったわりには、結果は大差だった。
 試合終了のあいさつ。両校のナインがホームベースを挟んで、対峙して並んだ。と、サラダ商業のナインの1人が主審に耳打ちをした。どうやら戸田は、立てなくなってしまったらしい。なんでこうなるまでやつは投げ続けたんだ? 戸田の「勝ち」に対する執念はすさまじかった。もし、サラダ商業のキャッチャーか監督かその他のナインのだれかがピッチングの組み立てを知ってて、戸田のフォークボールをもっと活かしてたら、甲子園行きは間違いなくサラダ商業だった。それを考えると、オレたちは運がよかったのかも…
 1回を終わった時点ではサラダ商業は楽な相手だと思ってたが、伊達に決勝戦にはい上がって来た相手ではなかった。
     ※
 試合終了のあいさつの直後、とも子とふと目があった。その瞬間、オレはドキッとしてしまった。いや、ポッとしてしまった、と言った方がいいかも?…
 あの約束… ふふ、オレってウブなんだよなあ。


これで終わりです。気が向いたら、甲子園編もUPします。