ミーハーのクラシック音楽鑑賞


クラシック・コンサートなどの感想を臨場感交えながら独断と偏見で綴るブログ

ボリショイ・バレエの『ライモンダ』

2012-02-08 15:44:34 | バレエ
昨日(7日)東京文化会館で公演されているボリショイ・バレエの『ライモンダ』を観てきた。音楽はアレクサンドル・グラズノフ。原振付はマリウス・プティパ、アレクサンドル・ゴールスキー。改訂振付はユーリー・グリゴローヴィチ。管弦楽はボリショイ劇場管弦楽団。指揮はパーヴェル・ソローキン。主な出演者は下記の通り。

ライモンダ:マリーヤ・アレクサンドロワ
ジャン・ド・ブリエンヌ(ライモンダの婚約者の騎士):ルスラン・スクヴォルツォフ
アブデラフマン(サラセンの騎士):ミハイル・ロブーヒン
クレマンス(ライモンダの友人):エカテリーナ・シプーリナ
アンリエット(ライモンダの友人):アンナ・ニクーリナ
ベルナール(吟遊詩人):ウラディスラフ・ラントラートフ
ベランジェ(吟遊詩人):デニス・ロヂキン

上演時間 第1幕50分 休憩25分 第2幕40分 休憩25分 第3幕35分
《18時30分開演、21時35分終演》

先日の『スパルタクス』でマリーヤ・アレクサンドロワに悩殺されてしまったので(笑)、急遽彼女の当たり役のひとつとも言われる『ライモンダ』を観に行った。『スパルタクス』では娼婦役というより女王様だったアレクサンドロワが、昨日は第1幕・第2幕ではしっかりお姫様を演じていた。しかし、第3幕に入るとやはり彼女は女王様に。アレクサンドロワ、ボリショイの看板であり貫禄のバレリーナだ。

第1幕。前半は物語の序章のようなところで、ライモンダとジャン・ド・ブリエンヌが踊るところが見せ場なのだが、2人の息はあまりピッタリせず少しヒヤリとする。後半の夢のなかでは、アレクサンドロワは清楚にして気品溢れる踊りを数々と披露していく。特にポワントで後へ下がるときなど身体の線がまったくブレることなく、表情も仕草も豊かで完璧に可憐なお姫様になりきっていた。

第2幕。ここが物語のハイライトで、なかでもアブデラフマンのライモンダに対する求愛の踊りが素晴らしい。ミハイル・ロブーヒンはおいしい役を、ダイナミックかつ独創性に踊っていた。ただ、ここでもスクヴォルツォフが決闘シーンでロブーヒンとの呼吸が合わず少し精彩を欠く。

第3幕。結婚披露宴ということで、いろいろな踊りが繰り広げられるが、それ以上に目を見張ったのがキラビやかな衣装。艶やかというよりキラキラ星のオンパレードで、これには夢心地で観ていた女性も多かったのではないだろうか。そして、踊りもボリショイが誇るプリンシパルやソリストが入れ替わり立ち代わり繰り広げるのだから豪華絢爛である。なかでも、ハープとイングリシュホルンの音色と共にアレクサンドロワを中心に女性陣9人がリフトされるシーンは華麗にして圧巻で、目頭が熱くなる思いだった。

『スパルタクス』はハチャトゥリアンが作曲ということで、金管やホルン、そして打楽器が鳴り響いていたが、グラズノフの『ライモンダ』はハープやピアノを効果的に用いて多種多彩なバレエ音楽を繰り広げていた。演奏も木管のアンサンブル(特にフルートとオーボエ)が素晴らしく、弦もチェロの音色がしっかり出ていて、予想以上に聴きごたえ十分だった。

そして、なによりも感心したのがパーヴェル・ソローキンの指揮で、ダンサーの出来、オケの出来、観客の拍手などを完全にコントロールしながらタクトを振っていた。彼はバレエの指揮者としてはかなりの職人芸の持ち主であり、超一流ではないだろうか。ブラボーです。
トラックバック (0) | 

ボリショイ・バレエの『スパルタクス』

2012-02-02 14:10:53 | バレエ
昨日(1日)東京文化会館で公演されているボリショイ・バレエの『スパルタクス』を観てきた。音楽はアラム・ハチャトゥリアン。振付はユーリー・グリゴローヴィチ。管弦楽はボリショイ劇場管弦楽団。指揮はパーヴェル・ソローキン。主な出演者は下記の通り。

  スパルタクス(剣奴、反乱の指導者):パヴェル・ドミトリチェンコ
  クラッスス(ローマ軍の司令官):ユーリー・バラーノフ
  フリーギア(スパルタクスの妻):アンナ・ニクーリナ
  エギナ(娼婦、クラッススの愛人):マリーヤ・アレクサンドロワ
  剣奴:アントン・サーヴィチェフ

上演時間 第1幕45分 休憩25分 第2幕40分 休憩25分 第3幕45分 
《18時30分開演、21時35分終演》


素晴らしい舞台を観たという興奮を味わった。

当初この公演に行く目的はハチャトゥリアンの音楽を聴きたいというものだった。というのも、私が初めて聴いたクラシック音楽は子供の頃(5〜6歳だったと思う)に行ったボリショイ・サーカスで頻繁に使われていたのがハチャトゥリアンの音楽だったからである。特に『剣の舞』は最初に覚えた音楽のひとつであり、ハチャトゥリアンという名前もおそらくベートーヴェンやバッハより先に知ったと思う。(笑)

第1幕。冒頭からその躍動感に満ちた踊りにどんどんと引きづりこまれていく。男性群舞が主体のバレエだから、かなり荒々しいのかと思ったら全く違う。群舞でも奴隷たちの群舞はそれぞれの個性を際立てながら魅せる踊りで、一方のローマ軍は一糸乱れない統制に満ちた踊りを展開していて、その違いをはっきりと見せていく。

スパルタクスを演じたパヴェル・ドミトリチェンコの跳躍力は素晴らしく、単に男性的な力強さだけでなく、たおやかな優しさと憂いも含んでいてジャンプひとつにも見事な表現力がある。一方で、クラッスス役のユーリー・バラーノフは体型や顔つきはいいのだが、踊りが少々こじんまりしすぎているきらいがある。これはスパルタクスとの対比の演出なのかもしれないが、もう少し司令官という重みを見せてほしかった。

第2幕はモノローグを中心とした踊りが中心で美しいアダージョも奏でられ、ここではハチャトゥリアン特有の民族音楽的でないロマンチシズムに溢れた音楽を堪能することができ、不覚にも涙腺も緩んでしまった。

第3幕はエギナ役のマリーヤ・アレクサンドロワの色気というか凄さに胸が高鳴ってしまう。彼女はボリショイバレエの看板スターなのだが、正直ひとりだけ別格というか次元が違うような存在感がある。彼女だけは激しい踊りが繰り広げられるなかでまったくブレない。加えて、なんというか「私の踊りを見なさいよ」という女王様的オーラがある。貫禄だ。いや〜、彼女には参りました。もうひとりのヒロインであるフリーギア役のアンナ・ニクーリナな可憐な踊りも終始魅了され、この2人のヒロインによって男たちの『スパルタクス』という概念は見事に覆された。2人には心からブラヴァー、ブラヴィーと言いたい。

最後にボリショイ劇場管弦楽団の演奏は見事だった。やっぱり本家本元の音は違う。第3幕ではもうバレエの伴奏というよりも、舞台とオケピが完全に一体化していて、時には舞台を凌駕している音色をオケピから響かせていた。今回の来日ではバレエ公演だけだが、次に来日するときには是非ともボリショイ劇場管弦楽団の単独演奏会も行って、『剣の舞』が入っている『ガイーヌ』や『仮面舞踏会』などを披露してほしいものである。
トラックバック (0) | 

9500万人のポピュラーリクエスト

2012-01-31 14:54:16 | Weblog
私が小学生だった1960年代、「9500万人のポピュラーリクエスト」というラジオ番組があった。何曜日に放送されたかは覚えていないが、文化放送の夜8時台だったように記憶している。番組のパーソナリティは小島正雄で、番組に寄せられたハガキの数によってランキングが決められていた。タイトルに9500万人とあるように、当時の日本の人口はまだ1億人に達しておらず、1億に達したのは1970年のことである。

で、先日「9500万人のポピュラーリクエスト」をググってみたところ、下記のようなホームページに出くわした。このホームページには1963年4月から1966年3月までのベスト20が記載されている。この資料はおそらくこのページ作者が番組を聴きながら、ノートにでも書いたものを転載したに違いない。ただ、残念ながらすべての週が記載されているわけでなく一部の週は抜けている。それでも、これは日本の洋楽ヒットを知る上では大変貴重な資料である。例えば、ビートルズの曲がどのようにヒットしていたのかが解るし、またビートルズ以前にどのような洋楽が聴かれていたのかもよく解る。

当時、小学生だった私はこの番組を結構食い入るように聴いていて、ビートルズ以前はフランキー・ヴァリーとザ・フォー・シーズンズやカスケーズが人気があったと憶えている。また、ビートルズが大ヒットしていた同時期にハーマンズ・ハーミッツやクリフ・リチャードが結構支持されていた。そして、シルヴィー・バルタンの『アイドルを探せ』が大ヒットしたことも脳裏にある。

この「9500万人のポピュラーリクエスト」を聞くことによって、私はレコードを買ってもらうようになったのだが、最初に買ってもらったレコードはビートルズの『プリーズプリーズミー』で、その次は『アイドルを探せ』だった。

9500万人のポピュラーリクエスト
http://www15.ocn.ne.jp/~cross24/9500.html
トラックバック (0) | 

不得手なモーツァルトとマーラーの読響定期

2012-01-27 10:28:30 | 読響
一昨日(25日)、サントリーホールで開かれた読売日本交響楽団の第511回定期演奏会に行ってきた。指揮は常任指揮者の上岡敏之。ソプラノはキルステン・ブランク。

【演目】
モーツァルト/交響曲第34番ハ長調 K.338
  〜休 憩〜
マーラー/交響曲第4番ト長調〈大いなる喜びへの賛歌〉
《19時00分開演、20時45分終演》

ちょっと余談から。先日のN響のヴォイラ首席は読響の鈴木康浩だったが、この日の読響のヴィオラ首席は都響の鈴木学。ヴィオラ首席奏者の交流会でもあるのだろうか。(笑)

もうひとつ余談。上岡敏之のヘアスタイルはなんと呼ぶのだろうか。黒い髪が和傘のひとつである番傘ように全体に開いている。番傘ヘアとでも呼ぶのだろうか。w

1曲目。上岡敏之は指揮台の上で片足を曲げたり、手すりに左手を添えながら半回転したり、指揮台の上で踊る、踊る、踊りまくる。それにつられてというわけではないだろうが、普段は大人しい都響の弦も上体を動かしながら弾く人が多く、愉しくエレガントな音色が響いてくる。上岡マジックともいうべきか、モーツァルト不得手の私でも眠くなることはなく大いに楽しめた。

2曲目。う〜ん、マーラー音痴を自認する私でも、この曲は好きな方なのだが、この日の演奏はかなり??? 上岡は1曲目同様に踊りながら愉しく指揮をするのだが、この曲ではそれなりにアクセントをつける。そのせいかどうか解らないが、クラリネットの音色だけが妙に突出してしまい、木管陣はリズミカルでなくアンサンブルが噛み合わない。また、弦も1曲目のようなエレガンスさが薄れてしまい、どことなく他人行儀。加えて、ソプラノのキルステン・ブランクの歌声もどことなく鼻声のようで澄み渡ったソプラノの魅力を感じられなかった。

今回は私のマーラー音痴の問題ではなく、上岡と読響、そしてソリストの組み合わせが良くなかっただけだと信じたい。
トラックバック (0) | 

現代音楽特集だった都響定期

2012-01-26 10:14:10 | 都響
一昨日(24日)サントリーホールで開かれた東京都交響楽団の第729回定期演奏会Bシリーズ《日本管弦楽の名曲とその源流−14(プロデュース:一柳慧)》を聴いてきた。指揮は前半は野平一郎、後半は杉山洋一。チェロは堤剛。

【演目】
野平一郎/オーケストラのためのトリプティーク
野平一郎/チェロとオーケストラのための響きの連鎖
  〜休 憩〜
ブーレーズ/エクラ/ミュルティプル(2002年改訂版・日本初演)
《19時00分開演、21時20分終演》

野平一郎は1953年生まれ。東京芸術大学および同大学院修士課程作曲科修了後パリ国立高等音楽院で作曲とピアノ伴奏法を学ぶ。フランス滞在中にブーレーズと交流があり、かなり影響を受けたようである。

現代音楽の演奏会である。ということで、普段ならば満席になる都響定期も客席の入りは6〜7割。

1曲目。音楽というよりも、音はいかにして作られていくか、音はどのような形のものかを探求しているような曲。これといった旋律があるわけでもなく、これといったハーモニーがあるわけでない。かといって、音が何であるかを解明しているわけでもない。というわけで、何も解らないまま終わった、長〜い時間だった。

2曲目。こちらは音を作り出すために、チェロを通じてどのような楽器間の連携がいいのか、楽器間の配置はどうすれば面白いのかを探求している曲。こちらもこれといった旋律やハーモニーがあるわけでない曲だが、楽器間のアンサンブルの妙を少し垣間見ることができ、それなりに面白かった。

3曲目。いわゆる宇宙観を表す現代音楽のようで、毎年毎年改訂していき成長している曲らしい。しかし、私にはまったく不可解。そこで、現代音楽はいつからこんなにワケのわからないものになってしまったのだろう。20世紀の作曲家でもラヴェルやドビュッシー、ショスタコーヴィチやハチュトゥリアンなどは面白い、しかし、メシアンは解らないよなあ〜、そうか現代音楽に多大な影響を与えたのはメシアンなのか、などと考えているうちに曲は終わってしまった。
トラックバック (0) |