ミーハーのクラシック音楽鑑賞


クラシック・コンサートなどの感想を臨場感交えながら独断と偏見で綴るブログ

マーラー音痴も感動した都響の超名演

2012-03-31 21:42:24 | 都響
一昨日(29日)サントリーホールで開かれた東京都交響楽団の第731回定期演奏会Bシリーズを聴いてきた。指揮はエリアフ・インバル。独唱メゾソプラノはイリス・フェルミリオン、テノールはロバート・ギャンビル。

【演目】
マーラー/亡き子をしのぶ歌
  〜休 憩〜
マーラー/交響曲「大地の歌」イ短調
《19時00分開演、21時05分終演》

最初に苦言を。N響B定期もそうなのだが、この日の都響もチケットはほぼ完売にもかかわらずサントリーホールには空席が目立つ。所用や体調不良などの理由で来れない定期会員もいるだろうし、演目のマーラーが嫌いだから来ないという人もいるだろう。しかし、こうしたチケットを無駄にしない対策を主催者は真剣に考えるべきではないだろうか。

例えば、会員が電話などで連絡すれば、その席は予め登録した学生や支持会員などに半額で売ることができるシステムとかできないだろうか。そうすれば、主催者の収入は少し増えるだろうし、チケットの有効利用にもなる。こんなことはオーケストラ関係者なら解っているだろうが、そろそろこうした対策を実行するべきである。

1曲目。イリス・フェルミリオンの歌声には力強さがあり憂いがある。私はドイツ語がまったく理解できないが、それでも彼女の情感たっぷりな歌い方から、何処か町外れの野原みたいな所で近くの山々を眺めながら、亡き子を偲び歌う母親のような姿を思い浮かべてしまった。ブラヴァ〜!

2曲目。過去にこの「大地の歌」を2回ライブで聴いているが、2回ともテノールの歌声がよく聴こえなくて不満だった。しかし、その理由がどことなく解った。それはマーラーがテノールの歌声をオケのなかに埋没させてしまおうという意図があるのではないかと思ったのである。

つまり、マーラーはメゾソプラノを引き立てることによって、女性への敬愛の念を表したかったのではないだろうかと。ということで、第1楽章はテノールとオケが序章を粛々と歌いあげていった。ちなみに、この日の都響は弦のトップがほとんどダブル首席編成。やる気が漲っている。

第2楽章。1曲目をしっかり歌い上げたイリス・フェルミリオンの歌声に疲れはない。疲れがないどころか、水を得た魚のように揚々としている。加えて、3月いっぱいで退団する本間正史のオーボエが優しい音色が客席を魅了していく。グレートです。

第3楽章と第4楽章では、いかにも西洋人が好むであろう中国風な旋律が随所に出てくるが、それを都響の木管陣が見事な独奏やアンサンブルを披露する。本間と同じく今月いっぱいで退団する堂阪清高のファゴットからは大地に根をおろした木のようなしっかりした音色が響いてくる。寺本義明のフルートも冴えまくり、ホルンの西條貴人は極上の音色を轟かせる。そして、第5楽章ではコンミス(四方恭子)の独奏のあとにピッコロ(小池郁江?)が清らかにさえずりわたる。また、それをコントラバスが支える。見事な連携プレイだ。

そして、第6楽章ではフェルミリオンが悲しみの歌声が静まりかえった場内を彷徨していく。そして、それに続く、ハープ、マンダリン、チェレスタがこの曲のテーマである「永遠」や「惜別」をさりげなくフォローしていく。もう言葉にならない・・・。

私は自他とも認めるマーラー音痴だが、この日のインバル&都響のマーラーはこれまで聴いてきたマーラーとは異なる新鮮さを覚えた。というのも、マーラー音楽につきまとう厭世感とか孤立感といった宗教的な哲学をかなり削ぎ落していて、純粋に西洋音楽と東洋音楽を融合させようとしたマーラーの交響曲を聴かせてくれたからだろう。といっても、こんな勝手な解釈うんぬんも、おそらく後世に受け継がれるぐらい素晴らしい演奏をした都響というオーケストラがあったからである。文句なしの名演だった。
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1年ぶりのオーケストラ・アンサンブル金沢

2012-03-28 12:05:11 | 国内オーケストラ
一昨日(26日)はサントリーホールでオーケストラ・アンサンブル金沢の東京公演を聴いてきた。指揮は井上道義。共演はバンベルク交響楽団首席メンバー(カイ・フレンブゲン:オーボエ、ギュンター・フォルストマイアー:クラリネット、アレクセイ・トカチャク:ファゴット、サボルクス・ツェンプレーニ:ホルン)。

【演目】(※アンコール曲)
ハイドン/交響曲第94番「驚愕」
モーツァルト/管楽のための協奏交響曲
  〜休 憩〜
ベートーヴェン/交響曲第7番
※武満徹/「他人の顔」ワルツ

昨年の東日本大震災後に最初に聴いたオケはオーケストラ・アンサンブル金沢(OEK or オケカナ)だった。あれから1年。いまクラシック音楽を聴けることに感謝の気持ちを携えて聴きにいったが・・・。1階席は招待客などを中心にそこそこ埋まっているものの、P席の約半分は空席。室内楽的なオーケストラなのに、P席がこんなに空いているとは信じられない。主催者は前日「当日券わずかですが、SABC席にてご用意しております」とツイッターしていたが、実際はわずかどころではなかった。

1曲目。ハイドンのもっとも有名な交響曲のひとつ。第2楽章の驚かせる瞬間には照明をフラッシュさせたりと遊び心にも富んでいて、なかなか楽しい演奏だった。

2曲目。バンベルク交響楽団首席メンバーたちの音色はペパーミントのような爽やかさ。なかでもオーボエとホルンの二人の音色に魅了される。バンベルク響は11月にブロムシュテットと共に来日する。

前半はOEKが得意としているという古典音楽を楽しく聴かせてもらった。

3曲目。弦は8−6−4−4−3。木管金管はすべて2管+ティンパンニー。総勢38人という、くしくも終演後に井上道義が言葉にした「贅肉をはぎ取った」最小編成のオケが、どんなベト7を聴かせてくれるのかと期待した。しかし、第1楽章でがっかり。木管金管のアンサンブルがハーモニーしていない。加えて金管からは妙な音が聴こえる。第2楽章は少し持ち直すものの、第3楽章と第4楽章は元の黙阿弥だった。
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芸術文化における観客層の違い

2012-03-22 14:57:18 | Weblog
ちょっとおバカさんなことを書く。

いろいろな芸術文化を鑑賞する機会があるが、最近気になっているのがその観客層の違い。

クラシック音楽。オーケストラの観客の約7割は男性である。これにはいろいろな理由があると思うが、私は戦前の旧制高校を中心とした教育にドイツ語が深く関わっていたことが影響していると思っている。一方で、室内楽は女性の方が男性より多い。これはどうしてなのだろう・・・。

クラシックバレエ。昨今は男性客が増えたが、それでもまだまだ観客の大半は女性である。これは昭和30年代にバレエブームがあり、女性の間にバレエが浸透しているからだと思っている。あと、バレエ用語がフランス語だというのも大きい。

オペラはイタリアものとドイツものがあるが、イタリアオペラが洒脱で軽妙なのが多いの対して、ドイツオペラは重厚なものが多い。そのせいかどうか解らないが、女性はイタリアオペラを好み、男性はドイツオペラを好むように思う。違うだろうか。

そして、ミュージカルはアメリカとイギリスの英語圏文化だが、この観客は日本では圧倒的に女性が多い。なぜなんだろう。

芸術のジャンルによって観客の男女比が違う。そして、年代層も違う。ちょっとおバカなことを書いているようだが、これをまじめに探究すると論文か本1冊書くことができるかもしれない。(笑)
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ラザレフと日本フィルの名演奏

2012-03-17 22:21:28 | 日本フィル
昨日(16日)、サントリーホールで開かれた日本フィルハーモニー交響楽団の第638回東京定期演奏会へ行ってきた。指揮はアレクサンドル・ラザレフ。チェロは横坂源。

【演目】(※はアンコール曲)
エルガー/チェロ協奏曲
  〜休 憩〜
ラフマニノフ/交響曲第2番
※ラフマニノフ/ボッカリーズ
《19時00分開演、20時55分終演》

横坂源は1986年新潟市生まれ。4歳のときよりチェロを始め、1998年の第8回日本クラシック音楽コンクール全国大会弦楽器部門小学生の部で最高位受賞。2010年ミュンヘン国際音楽コンクールチェロ部門で第2位。これまでに日本国内の主要オケと共演。現在、シュトゥットガルト国立音楽大学に在学中。

1曲目。好きなチェロ協奏曲だが、なにか物足りない。横坂源には若さとか勢いとかが感じられない。では、それに代わる何かがあるかというとそれも見当たらない。冷静沈着な演奏だったが、なにか物足りない。それは一体なんだったのだろうか・・・。

2曲目。第1楽章。ラザレフは典型的な爆演型指揮者である。それゆえに、冒頭からものすごいオーバーアクションで指揮を始める。え、これであの繊細にして耽美な交響曲が奏でられるのだろうかと思ってしまう。しかし、その危惧も2〜3分したら消えてしまった。コンマス扇谷泰朋が見事な弦のコントロールをする。そして、その弦がまるでバームクーヘンの輪を作るかのような重層的かつ立体感のある音色を次々と紡ぎ出していく。ワォ〜である。あの地味で大人しい日本フィルの弦がクリーム色に輝いている。

第2楽章。福川伸陽率いるホルン陣が軽やかにして心地よいスケルツォのメロディ轟かさせる。そして、弦がラフマニノフ特有のアンニュイにしてデカタンスな音色を次々と奏で上げていく。もうラザレフとオケは完全に一体化している。ホルンの3番と4番、そして鉄琴の小気味好い響きがグッドジョップだ。

第3楽章。スラヴ調の甘い旋律がビオラ、チェロ、ヴァイオリンから流れてくる。ここで酔えるか酔えないかがこの曲のポイント。そして、クラリネットの伊藤寛隆が生チョコが蕩けていくような甘い香りをホールのなかに漂わせていく。いや〜、凄い。こんな日本フィル、これまで聴いたことがありません。酔える、酔える。ワイン2〜3杯飲んだ気分に浸れる。そして、なによりも凄かったのが、この楽章の最後にラザレフが手を下ろすまでの聴衆の静寂ぶり。オケも観客も余韻に完全に酔いしれた。これには誰もが心の中でブラボーと言ったに違いない。

第4楽章。ラザレフの豪腕はずっと揺るがない。大陸的な壮大にしてロマンに満ちた世界を描いて行く。それでいて、日本フィルのメンバーは演奏を楽しんでいる、特に金管陣はノリノリだ。音楽をしっかりと自分たちのものにしている演奏を聴くのは楽しい。ブラボー!である。

演奏後、ラザレフはクラリネットの伊藤を指揮台にまで乗せるご愛嬌ぶり。これには伊藤もかなりテレていたが、それでも彼は四方の観客に丁寧にお辞儀をしていた。ナイスです。
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モンテカルロ・バレエ団の『シンデレラ』

2012-03-12 10:34:31 | バレエ
一昨日(10日)東京文化会館で公演されたモナコ公国モンテカルロ・バレエ団の『シンデレラ』を観てきた。音楽はセルゲイ・プロコフィエフ。振付はジャン=クリストフ・マイヨー。出演者は下記の通り。

  仙女:サラ・ジェーン・メドレー
  父:アルヴァロ・プリート
  シンデレラ:アンハラ・バルステロス
  王子:ジェローン・ヴェルブルジャン
  継母:カロリン・ローズ
  義理の姉たち:ガエラ・リウ、ノエラニ・パンタスティコ
  儀典長たち:アレクシス・オリヴェイラ、ジェオルジェ・オリヴェイラ
  4人の友だち:ステファン・ボルゴン、ロドルフ・ルカス、
         レアルト・デュラク、ラファエル・ボシャール
  4人のマネキン:ジョヴァンニ・モンジェリ、ジュリアン・ゲラン、
          ダニエレ・デルヴェッキオ、サブリ・ガレム=シェリフ
  異国の人たち:カタジェナ・クチャルスカ、シヴァン・ブリッツォーヴァ、
         エリン・パタック、モード・サボラン
  舞踏会:モンテカルロ・バレエ団

上演時間 第1幕55分 休憩20分 第2幕・3幕50分
《19時05分開演、21時10分終演》

冒頭から身も蓋もないことを書いてしまうが、バレエはやっぱり生オケがいい。ガラ公演やいろいろな音楽利用有りきで作られた作品などは別として、全編を通して音楽が作られている古典はオーケストラの生きた音色を聴きたいものである。今回の舞台は原作をかなりアレンジしていると思うが、それでもやはり特別テープの録音使用ではなく、生オケの音色を楽しむことによって、プロコフィエフの名曲の数々を堪能したかった。

第1幕。前衛的と言われるわりには意外に凡庸な展開と演出だ。というのも、主役陣に絡む義理の姉たち、儀典長たち、友だち、マネキンなどがみんな2、4、8と偶数での様式美というか形式美的な踊りが披露されていくだけで、いくら斬新な舞台美術と奇抜な衣装を着てはいるものの、なにかパターン化された踊りの連続を見せられている感じがする。これでは見かけは前衛的でも中身は保守的としか思えなかった。

第2幕。この舞台のハイライトでもあり、シンデレラと王子の踊りが展開される。ここでは第1幕で素足のままだったシンデレラがトウシューズを履いて華々しく踊るのかなあと思いきや、第1幕の終わりに足にスパンコールをつけた素足のまま登場。それでも、2人の踊りに華やかさはあり少しを目を見張るものの、やはりバレエ特有の肉体美というのが感じられない。う〜ん、肩透かしを食らった感じ。

第3幕。話の展開がシンデレラと王子から、なぜか仙女(=シンデラレの母?)と父に変わっていき、舞台が妙に大人の世界になっていき、俄然引き締まっていく。ただ逆におとぎ話が現実味を帯びていき妙な雰囲気。結局、演出のマイヨーは単なるシンデレラ・ストーリーとしてではなく、大人のラブ・ストーリーという意図を持たせたかったのだろうか。

プロコフィエフの音楽を生オケで聴けなかったジレンマもあったが、同時に舞台としての臨場感というか立体感を楽しむに至ることができず、私にとっては残念ながら消化不良な舞台だった。もちろん、これが生オケだったら違った感想だっただろう。
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感心しないお客が多かった読響定期

2012-03-09 10:11:37 | 読響
一昨日(7日)、サントリーホールで開かれた読売日本交響楽団第513回定期演奏会に行ってきた。指揮はスタニスラフ・スクロヴァチェフスキ。チケットは完売。

【演目】
ショスタコーヴィチ/交響曲第1番ヘ短調
  〜休 憩〜
ブルックナー/交響曲第3番ニ短調
《19時00分開演、20時55分終演》

先日のオペラシティでのマチネ公演の観客男女比は5:5もしくは4:6だったが、この夜の男女比は明らかに9:1。プログラムがブルックナーということもあるが、なにか妙に殺伐とした異様な感じの会場。そんななかで、開演前に何気に広げたプログラムに残念な記事が。コンマスの藤原浜雄が3月末をもって読響を退団するとのこと。え〜、4月からの名曲シリーズ会員になるのに、藤原さんがいなくなってしまうとは・・・。(T_T)

1曲目。ショスタコーヴィチ、19歳ときの卒業制作作品。後の彼の作品となるエッセンスがあちらこちらに鏤(ちりば)められていて、恐るべき学生が作曲した交響曲。その曲は御年88歳になるスクロヴァチェフスキと読響は学究的に懇切丁寧に一音一音を紡ぎあげていく。弦のバランス感覚、木管金管のウィットに富んだ音色など聴いていて、最初から最後までまったく飽きることがなかった。

2曲目。私は自他とも認めるマーラー音痴だが、ブルックーはさほど音痴ではない。あの孤高さ、崇高さが好きだからである。しかし、この日の演奏は残念ながらそれを感じとることはできなかった。なぜかといえば、ホルンは調子ぱずれだったし、弦もショスタコのときは柔軟性のある音色だったのが、ブルックナーになると剛直な音色。単に音圧だけを強調する演奏で、ブルックナーがもつ中立性というかナチュラルな感覚を感じとれなかった。

それにしても、この日の客層は読響演奏会でかつて経験したことがないほどの低レベルだった。演奏中2階後方席では何度もゴワゴワする音、ショスタコの第4楽章の途中で拍手するヤツ、そして、どちらの曲でもタクトが降りないうちにフライング拍手するヤツ、品のないブラボーの声も多く、また最後にストロボまで光った。まあ、これは読響ファンというよりもスクロヴァチェフスキ翁好きもしくはブルックナー信者なのだろうけど、こうした行為にはただ呆れるだけだった。

帰り際に、私の前を歩いていた人が隣の人に捨て台詞のようなことを言っていた。「後ろの親父の拍手がうるさいんだよ。耳鳴りして、余韻もへったくれもない」と。結局、スクロヴァチェフスキ翁好きとブルックナー信者たちのための祭儀的な演奏会だったようである。

ちなみに、この日の読響、1曲目の金管陣はホルン首席が日本フィルの福川伸陽、トランペット首席が都響の高橋敦。2曲目は読響メンバー。木管陣は1曲目も2曲目もオーボエ辻功、フルート倉田優、クラリネット藤井洋子、ファゴット吉田将だった。
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尾高賞の存在意義は???

2012-03-02 09:24:33 | Weblog
先日尾高賞が発表された。尾高賞とはNHK交響楽団の指揮者で1951年(昭和26年)に亡くなった尾高尚忠の功績を称えて創られた賞(NHK交響楽団主催)で、過去1年間に初演された管弦楽作品を作曲した人のなかから選ばれる。そして、今年はその尾高尚忠の長男である尾高惇忠に贈られたが、彼が受賞するのは今回が2回目であり、前回は1981年に受賞している。

尾高賞ではこれまでに三善晃が6回、西村朗が5回受賞している。他にも複数回受賞している人は何人もいる。まあ、それだけ日本の管弦楽の作曲家の底辺が広くないということでもあるようだ。しかしながら、西村の盟友でもある吉松隆は1度も受賞していない。

それにしても、今回の尾高賞、選考委員のひとりでもある人に賞が贈られている。これに関してもやはりちょっと首を傾げたくなってしまう。
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