日々典々 介護記録とその後の出来事

40代独身長男。脳梗塞で車椅子・認痴症になった父親を病院介護し在宅へ。しかし再入院。その記録とその後…そして未来へ。

腸閉塞

2005-11-25 02:31:49 | 後期入院(10月~現在)
11月24日
さっき電話が有った。

夜の11時半。

『こんな時間に誰だろう』?

病院からだ。
この時間の電話はひさびさ。

看護師ではなく担当医からだ。
嫌な予感。
不穏で困るとか、暴れるとかなら、大抵は看護師から電話が来る。
医者の場合は病状に何かあった場合だ。

『夕食後からお腹の調子が悪くなりまして・・・』

又、腸閉塞になりかかっていた。
正直、ホッとした。

おやつ代わりに食べさせたナポリタンも気になるが、今日持っていった人形焼きを、8個いっぺんに食べちゃたのか?
でも4時前に、担当のY看護師にその事はしっかり伝えてある。

本人にはある程度、見当がついているはずだが、医者には伝えなかったようだ。

今年2回目、この15年で5.6回、これで入院してる
経過と、今後の検査・処置についての説明、それから同意が必要だと言う。
 
鼻から胃・腸へのチューブ挿入、腸内の圧力を変える為の処置だ。
それと、問題の点滴。

今迄とは違い、少しリスクは有るが仕方ない、同意する。
しばらく絶食になる訳だから、他に方法は無い。
兎に角、腸内を空にして、ねじれを戻して痛みを取り除き、血流を確保しなければならない。
血流まで確認するには、レントゲンだけでなくCT検査が必要。そこで又問題になるのが造影剤を使ってのCT。
副作用が有るからだ。
今回の入院当日にも行っている。
アレルギーは問題なかったが、腎臓に負担が掛かる。

同意書が必要な検査の為、明日出来れば午前中に来てほしいと言う事だ。
これを了解する。

それにしても、今年どの位の放射線を浴びているだろうか?
被曝量が気になる。
本人はこの事がどうも分かっていない。
ちょっと痛いとこが有れば、すぐレントゲン撮ってくれと頼む。
私が後で知らされた事も多かった。

よく転んだり落ちたりもしたから、レントゲンだけで合計10回位か?
枚数はその倍としても20枚。
記憶に有るCT検査は3回、2回、2回、2回。今回も1回しているので、10回以上している計算になる。

悪循環だ。

またまた、また、転院が伸びそう。
当然、リハビリも中止。

体力も奪うし、寝たきりになるので、せん妄と認知症の悪化が心配だ。


私は見舞い客ではない。介護子?

2005-11-23 23:36:17 | 後期入院(10月~現在)
11月23日

「りんごかなにか売店で売ってないかなぁ」

果物が食べたいようなので入院費の支払いを済ませてから、みかんを買ってきてあげた。

起き上がって食べようとするが、平らになっているベッドの上では、
両手で支えていないと座っていられない。
それでも、何とかして食べようとする。

視線は怖いくらいに、みかん一点に集中している。

後ろに倒れそうになりながらも、両手で交互に支えながら、みかんの皮をむこうとする。
『可哀そうだが、ここが我慢のしどころだ』

私は“見舞い客”ではないのだ。 幼児の躾と似ている、手を貸したほうが早いし確実だ。
しかし、すぐに手を貸しては本人の為にはならない。

気の利いた看護士やヘルパーなどは入院時に先に聞いてくる。

「どうしますか、出来るだけ本人にやらせるように介助しますか? それとも、こちらで介助しちゃいますか?」

私は今迄同じ答えをしている。

「出来る事は出来るだけ本人にやらせて下さい」
「そうですね、ご本人の為にはそれが良いですね」

皆、同じ答えだ。

中にはそれは病院の怠慢だと思っている患者の家族がいるようだが、これは逆である。

子供の着替えや歯磨きを考えれば分かる事だ。
実際はこっちの方が時間も手間も掛かる、終わるまで見守っていなければならないのだから。

今のままでは在宅同居どころか、施設に入っても不自由な生活になる。
本人だってつまらない退屈な暮らしになってしまうだろう。


「ベッドの背中、動いたよネ」

少しハッとしてから、思い出したように手元のリモコンを操作し始める。
焦っている。

手当たりに次第にボタンを押すから、思い通りにならない。
リモコンのボタンはエレベーターのボタンと似ている。
頭、足、ベッド全体のイラストと文字が書かれていて、それぞれ上下する。
上下は三角のマーク、その間に四角の止まれマーク。視覚的に分かるよう出来ている。

背中の“上がる”ボタンになかなか辿り着かない。
正解のボタンを押したのにすぐに指を離してしまう。

ここで助け舟を出す。

「そうだね、それだね、押し続けて」
「ハァイ、OK」

これ以上放っておくと興奮し、こちらに対して不信感を持ってしまう。
ぎりぎりの所だろうか。

こちらには目配せもせず、皮をむき始める。

食べ方が以前とは違う。先に皮を全部むいてから食べるのでは無い。
皮をむいて実が出せればその都度食べる。
そして又むく。

その皮も、ちぎっている様な感じである。

だから小さくバラバラになっている。

再入院前は、やや不自由だが、普通にむいていた。

今は、欲求が勝っているようで一心不乱とまでは言わないが、ガツガツと食べている。
今風に言えば、周りが「どん引き」する感じだ。


パジャマが汚れた。
それを自分でタオルとティッシュで拭く。


あっと言う間に一個食べ、二個目に手を伸ばした。


ゴミ箱のなかに昨日の見舞い客から頂いたお菓子の外箱が空になって捨てられていた・・・


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歓迎

2005-11-19 06:04:27 | 後期入院(10月~現在)
11月17日
レベル 8+

今日もベッドの上にいた。
病室の先にあるナースセンターで、面会名簿に記入をしていると、気配を感じたのか起き上がって、こちら側を見始めた。

プレイリーキャットか何かのような、小動物のような動き方でこちら側を覗くようにうかがっている。

私の姿を確認する。

『来たか、ん。』

最小のリアクションで歓迎,元のカタチに戻る。
右手を枕にし、横向きに丸まって寝ている。いつものカタチだ。

ボリュームを小さくしてラジオを聴いていた。
ここに入院してからは、車椅子に乗っている姿をほとんど見なくなってしまった。
その事について聞いてみても、言い訳のような答えしか返ってこない。

「ん~、1人じゃ乗れないしー」「ベッドから降りようとすると怒られるしー」
ナースが止める訳は無い。むしろリハビリの為にも勧めている。床ずれの心配も有るのだから。

この病棟では、朝食は不明だが、昼・夕食は、元気な人には出来るだけ食堂で食事を取らしている。
しかし、強制ではないので、本人が嫌がればベッドでの食事になってしまう。
会話の中から察すると、食堂にはあまり行っていないようだ。


特養の申し込み

2005-11-17 02:13:34 | 後期入院(10月~現在)
11月15日 レベル8

今日は近所に出来る特養の申し込み締切日だった。
散々悩んだ結果申し込む。

今回の入院で、体重もかなり減ってしまい、弱っているのは明らかだ。
この春から退院の頃までのような、気力や根気が無くなっている。
誤嚥性肺炎の危険や失禁は相変わらず有る。

『まず元気が無い』

車椅子に乗りたがらずにベッドで寝ている事がほとんどだ。
以前なら日中はほとんど車椅子で好きなように動いていたのに、今は誰かが促さないと乗らない。
「歩きたい」この執念がかなり薄れているようだ。

それに、今回蜂窩織炎にかかり新たに判った血管炎の兆候。
間違いないようだ。

腸閉塞や肺炎に掛かると点滴を使った治療になる。
しかし、血管炎では、それが使えない、使いづらい。
起こる可能性は高い。

入院中の4月頃にも腸閉塞を起こしている。
冷たい飲み物が厳禁な事は、本人が一番良く知っているのに、飲んでしまった。

弟が見舞いに来て、散歩中に『ハイッ』と差し出された缶ジュースを『旨そうだったので、つい飲んじゃった』
その日の夕方、苦しそうにお腹を押さえながら言っていた。

誘惑にはなかなか勝てないようだ。

それで約10日間は絶食。
お腹の中を空にしなければならないので、その間は点滴だけ。
もちろんリハビリも2週間近くストップになった。
6月の肺炎の時も同じ様なものだった。

整理してみると、在宅介護が難しく成ってきている事が分かる。

腸閉塞での入院は今迄に5~6回。
言葉も以前より聴きづらくなっている、誤嚥性肺炎のリスクは今後増すだろう。

C型肝炎のキャリア『肝臓癌』
人口肛門『直腸癌は完治』
認知症あり、脳の萎縮進行。不穏・せん妄の激しかった時期あり
歩行不可、車椅子
排尿はオムツと尿器の併用
体力、筋力共に低い
血管炎、ほぼ確実。今はそれほど大きな問題ではない。
しかし、発症すると一気に悪くなり、極めて危険な病気である事。


特養の申し込み
『入所希望日時』これが一番悩んだ。
①出来るだけ早く ②いずれ入所したい
どちらにするか。施設の概要が発表されから申し込みの用紙に書き込むまで決めかねていた

結果、①に丸を付けた。
心苦しいところも有るが、いくら症状が重い要介護4とはいえ、そんなにすんなりと入れるものでは無い。

親父よりもっと重い人もいるだろうし、家族が総掛かりでも面倒診きれないような認知・せん妄の有る老人もいるだろう。

将来の保険として申し込むのがベターな事だと考え決めた。

ただ、ヘルパーさんや、ケアマネなどの専門家から、
『もし、うまく受け入れ審査に通って、本人が納得しない、或いは心身共に回復して在宅介護が可能なレベルに達した時に、キャンセルした時、その後にまた申し込んだ場合、過去にキャンセルした事かあると、入所の審査で優先順位などにどの位影響が有るのか、無いのか』
この事を確認したかった。

しかし明確な答えは得られなかった。


特養の申し込みには、今日の消印が必要だった。
悩みながらの書き込み、そして難しい病名の漢字を辞書引きで、近所のポストに投函できる時間はとっくに過ぎていた。
老眼鏡と虫眼鏡を片付けて家を出た時には夜の12時近くになっていた。
急いで本局まで車を飛ばして、なんとか間に合った。

良かったのか悪かったのか。

今は分からない。

レベル

2005-11-16 06:20:59 | 補足
11月16日

親父専用、認知症・せん妄・不穏のレベル。
これは、私が勝手に作ったもので10から1までの10段階になっている。

ただし、私の面会時間内のレベル(昼から夜8時まで)
状態は、昼→夕方→夜間、それぞれ悪く変わる事が多い。

値が下がるほど悪い状態。

10 脳梗塞前のレベルに近い状態。
判断力・衛生観念がある。
外出・外泊可能。金銭の話も出来る。
短時間1人にしても心配ない。
食事をあまりこぼさず綺麗に食べられ、尿意を人にきちんと伝えることが出来る。


9 外出・外泊可能。ただし見守りが必要。
日常の会話や立振る舞いに大きな問題無い。
気になる素振りや言動、記憶違いなどが若干ある。
食事・トイレ・夕方以降の様子を見ないと判断出来ない。

8 外出が可能なレベル
日常の会話はほぼ問題は無いが、記憶違いや妄想、自己中心的な言動など不穏・せん妄がある。
相手の立場や、気持ちを察する事が何とか出来るが、言葉を選びながら話さないと興奮する事も。
親類、知人などの見舞い客では、気が付かない人もいる。
家族でも30分位話し後に気が付くことも有る。車椅子にはベルトが必要な場合も。
日中このレベルだと夕方以降は不安で、睡眠導入剤を服用する事が多い。
(車椅子から立ち上がる)

7 問題行動が有り、見守り常に必要。外出は行き先により可能。
記憶違い有り、興奮する事や自己中心的な言動が有る。理性の期待は難しい。
せん妄が出る。夢見た事を現実と混同する。
裸になるのはこのレベルから。
日常会話程度は可能だが、判断力などに問題がある。
見舞い客には気遣い出来るが、看護士や家族の手が掛かるのはこのレベルから。
精神科の診察が必要になってくる。投薬や拘束等も、このレベルから。
(ベッドの手摺を外す。歩こうとして転倒する)
(看護士にツバを吐いたり引っ掻いたりしたが、6に近いがギリギリこのレベル。7-)

6 問題行動有り。散歩は可能。
言って聞かせるのが困難で、勝手な振る舞いが出る。
介護者1人では外出が不安。
暴力的行動有り。
人目が気にならない。
たとえ、おとなしく見えても、常に車椅子にはベルトが必要。
夜間せん妄の注意が必要で多くの問題行動が有る。
拘束、精神科の処方が必要。被害妄想による訴え多い。
(夜、看護師に頼んで、泣きながら電話してきたのは6+)
(車椅子で女性の病室に入り込み、他人のおやつを取って、そこで堂々と食べる)
(裸で廊下に這い出す)
(人に金銭を含め、物をあげてしまう)
(点滴チューブをハサミで切る)

5 目付きが明らかに違う。
日常会話も難しく、目が離せない。
話の内容がほとんどの不明。
家族の認識は有る。自分の行動が分かっていない。
人目をまったく気にしない。
暴力他、被害妄想も強い。夜間の問題行動頻発。
(人に体当たり)
(ベッドの手摺を外して投げる。壁を叩く)
(自分の汚物を身体中に塗る)

4 興奮度高い状態
昼間この場面を見ることは少ない。
問題行動頻発、暴力他。
(看護師の髪の毛吐かんで叩く)
(意味のない大声を上げながら、車椅子のったままゴミ箱等を蹴りながら進む)
(食事のお盆・テーブルをひっくり返す)

3 興奮状態
問題行動頻発、暴力他。
瞬間的。
男性医師・看護師でないと対応出来ない。
(過去に数回あり)

2 これ以上は考えたくない。
1  ↑
ただし、一日の中でも変化があり大抵は日中が良く夕方以降から悪くなる。
散歩や会話の後は良くなるが、おやつを食べた後、昼寝の前後、夕食後など変化する事が多い。