【正論】杏林大学名誉教授・田久保忠衛 国民は憲法で「真贋」を見分けた
産経新聞2013.7.23 03:11
≪新生日本への歴史的うねり≫
「自公70超『ねじれ』解消」の大見出しが各紙の1面トップに躍った。その意味はすこぶる大きい。が、安倍晋三政権誕生、都議会選挙における大勝、次いで今回の参議院選挙における快勝と見てくると、国際政治の流れに沿った新生日本の歴史的うねりが始まったとの感慨を抱く。もとより楽観は禁物だが、戦後日本の腑(ふ)抜けた安全保障政策全般が大転換を遂げ、これまでの時代の象徴であった日本国憲法を書き改める展望が開けてきた。当然ながら党内にも役所にも安全運転を心掛けるべきだとの慎重論は常に存在するだろうが、安倍首相の使命感にはいささかの揺るぎもないと信じている。
7月17日付産経抄が、中国古代の史書『資治通鑑』にある「釜中(ふちゅう)の魚」を引いて、外部で何が起こりつつあるかを知らずに憲法改正論議を怠ってきた日本を批判しているのを読んで同感した。いい例が参院選投票前にいくつかのテレビで行われた党首討論会だ。何故か知らないが、等分に割り当てられている時間の中で改憲は少数意見になってしまう。 「改憲の狙いは憲法9条を変えて海外で戦争する国に日本を作り替えることだ」などと公言する野党党首をはじめ大多数の党首からは、迫り来る国際情勢上の危機感などは全くと言っていいほど表明されなかった。
大きな書店に入って目を見張る思いをするのは護憲を唱える書物の多さである。産経新聞社刊『国民の憲法』はスペースの一角を占めるに過ぎない。憲法9条は措(お)くとして、外国からの攻撃、大規模な災害やテロ、サイバー攻撃に際して、最高指導者に時には私権を制限するような権限を与える緊急事態条項にも、護憲派は反対しているのだろう。危険な政治家はどちらか。参院選で国民は真贋(しんがん)を見分けたと私は考えている。
日本をめぐる国際環境がどれだけ悪化しているかは、北方領土問題を抱えるロシア、尖閣諸島をめぐる対立などで不当な態度を示す中国、軍事的威嚇をし核開発をやめず、拉致問題に誠意を見せようとしない北朝鮮、歴史問題を利用して国内での立場を強化するため形振(なりふ)りかまわぬ韓国などの異常性を見れば、明らかだろう。
≪安保環境は悪化し米国は不調≫
さらに私が強調したいのは米国の「不調」である。2期目に入ったオバマ政権はイラン、シリア、エジプト、北朝鮮、中国、ロシアへの対応で外交的に行き詰まっている。内国歳入庁(IRS)による反オバマ団体への介入、リビア・ベンガジでの米大使以下4人の死亡事件(昨年9月)に関する情報の不始末、AP通信記者の通信記録収集に加え、国家安全保障局(NSA)による内外の個人を含む情報収集・監視活動を暴露した元中央情報局(CIA)職員、エドワード・スノーデン容疑者の事件に振り回され動きがとれない。
最近、目を惹かれたのは、米外交評議会のレスリー・H・ゲルブ名誉会長とセンター・フォー・ザ・ナショナル・インタレストのディミトリ・K・サイムズ会長が、7月6日付米紙ニューヨーク・タイムズに「中露、新反米枢軸か?」と題して連名で書いた一文だ。スノーデン事件を取り上げた両氏は、イランやシリアなどでも中露は同一歩調を取って米国に嫌がらせをしている、と説明する。両国が米国を衰退していると見なし、米軍事力を侮っているからだとし、ホワイトハウスは自ら世界のリーダーシップを発揮すべきだと主張した。
ゲルブ氏は、ジョンソン、カーター両政権の時代に国防、国務両省の高官の地位にあった言論界の長老だ。ロシア問題専門家のサイムズ氏とともにペンを執った気持ちが分かるような気がする。米国の現状は、中国や韓国と組んで安倍政権の歴史認識を批判しているような場合ではないのだ。
≪9条の改正は必要不可欠だ≫
首相が目指す「強い日本」への力強い歩みは、日本側から積極的に働きかける日米同盟の強化にほかならない。そのためには、現行の憲法の枠内でできる集団的自衛権に関する政府解釈を見直し、日本版NSC(国家安全保障会議)を設置することだ。安倍政権はそれに直進するだろう。
同時に憲法9条の改正は必要不可欠だと思う。森本敏前防衛相が指摘するように、第1項の「武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」がある限り、国際平和と安全のための集団安全保障に日本は参加できない。集団的自衛権の行使に踏み切るにしても、米軍が集団安保に加わった場合に日本はどうするのか。産経新聞の「国民の憲法」要綱では全て整合するように改められた。96条改正に国民の理解を深めるため、7月20日付同紙「国民憲法講座」に百地章日本大学教授が平易に委曲をつくしている。
大志を遂げるには今後複雑な政治が必要だと察するが、国際環境は悠長な対応を許さない。安倍首相には国家のために名を残す大政治家になってほしい。(たくぼ ただえ) *リンクは来栖
――――――――――――――――――――――――
【産経抄】7月17日
産経新聞2013.7.17 03:11
「釜中(ふちゅう)の魚」という言葉がある。釜の水がいずれ熱くなり、煮られることを知らずに泳ぐ魚のように、将来の危機に気付かない能天気さを言う。中国古代の史書『資治通鑑』の中で、さる盗賊の親玉が自らの置かれた状況をそう例えたのだという。▼さしずめ、バブル崩壊の兆しに気付かず、経済発展に酔っている今の中国がそうなのかもしれない。いや隣国の経済どころではない。国の安全や領土が年々、危うくなってきているのに、身を守るための憲法改正論議を怠ってきた。日本の政治も十分「釜中の魚」だ。▼それでも憲法施行後10年ほどは、保守勢力が改正を掲げて選挙を戦ったこともあった。東西冷戦の激化で安全が脅かされるという危機感があったからだ。しかし改正の発議に必要な3分の2以上の議席にどうしても届かないと、しだいに熱はさめてくる。▼冷戦が西側の「勝利」で終わると、もはや憲法論議は選挙戦の埒外(らちがい)に置かれた。「票にならない」「今緊急の課題ではない」といった理由だった。唯一の超大国、米国の傘の下に身を寄せていれば安全だ。釜の中の水は当分、熱くはならないと思い込んできたのである。
――――――――――――――――――――――――
◇ 『帝国の終焉 「スーパーパワー」でなくなった同盟国・アメリカ』日高義樹著 2012/2/13第1刷発行 2012-10-02 | 読書
――――――――――――――――――――――――
◇ 『アメリカの新・中国戦略を知らない日本人』日高義樹著 PHP研究所 2013年2月27日第1版第1刷発行 2013-02-28 | 読書
――――――――――――――――――――――――
◆ 『世界の変化を知らない日本人』日高義樹著 2011年5月31日第1刷 徳間書店 2012-11-06 | 読書
........................