『百年の手紙--20世紀の日本を生きた人々』-5- 「佐藤総理に死を以て抗議する」由比忠之進

2011-09-17 | 本/演劇…など

『百年の手紙--20世紀の日本を生きた人々』「死を以て抗議する」
第37回(中日新聞2011/09/12Mon.) 梯久美子 著
 (前段略)
 イラク戦争からさかのぼること36年、ベトナム戦争が激しさを増していた昭和42年にも、日本国内ではアメリカ軍による北ベトナム爆撃をめぐって世論が割れていた。(略)北爆反対の声が高まる中、佐藤首相訪米前日の11月11日に、ひとりの老人が総理官邸前で焼身自殺を図る。
 由比忠之進、73歳。自分の胸にガソリンをかけ、マッチで火をつけた。炎は高く燃え上がり、由比は病院に運ばれたが、翌日死亡した。かたわらに落ちていた鞄の中に、罫紙3枚半に書かれた抗議書が入っていた。
 と始まる文書は、内閣官房副長官によって公表され、翌日の新聞に掲載された。
〈毎日毎日、新聞、雑誌に報道される悲惨極まる南北ベトナムの庶民の姿、いま米国が使用している新しい兵器の残虐さは原水爆のそれに少しも劣らない〉
〈米国はベトコンの残虐を宣伝し、南ベトナムを共産主義から守ると称するが、病院は米国の砲爆撃と南政府軍の砲爆撃によって負傷させられたなんの罪もない老人や子供によって満たされ、農民は耕地を奪われ、その悲惨の実情は恐らくその報道以上に違いない。
 ベトナム民衆の困苦を救うにはまず北爆を開始した米国がこれを無条件に停止する以外にないのだ。ジョンソン大統領ならびに米軍部に圧力をかける力を持っているのはアジアでは日本だけだが、その日本の首相が圧力をかけるどころか、北爆を支持する首相に深い憤りを覚えるものである〉(略)
 政治に抗議しての焼身自殺は、日本では由比が初めてとされる。その凄惨な死は日本中に大きなショックを与えたが、由比が絶命した直後、佐藤首相を乗せたジェット機はアメリカへ向けて飛び立った。そして日本が北爆を支持することを全世界に宣言したのだった。
.......................
〈来栖の独白〉
 無名の人にして、尊い志だ。私はいつの頃よりか、歴史上に名の残る人たちにではなく、無名の人たち、群像に心惹かれてきた。大逆事件古河力作さんも、そのような一人である。水上勉さんはその著『古河力作の生涯』の〈あとがき〉で、次のように言う。

 つけたりを一つ二つ書いてみると、私と同じ故郷をもつ古河力作の境遇に、私がひとなみならぬ愛惜をもってきたこと、福井県の片隅に生まれた身丈尋常でない少年が、草花栽培というのどかな職業に従事していながら、なぜに大逆事件の死刑者の仲間に入ってしまったのか、その不思議ともいえる運命を私なりにさぐりあててみたかったのである。読んでもらえばわかるはずだが、何といっても、当時の世情が、花つくりの人にさえも、大きな翳を落として、政治のありかた、人生の幸福の求め方に、ひとつの工夫を与えてしまったということにほかならない。人間も花樹と一しょで、土壌があって稔るものである。力作は力作なりに自分の土を耕して一生懸命に生き、二十八歳で、刑死した。しかし、私は当時を見たわけではなかった。それで力作の生まれた国をふりだしに、神戸、東京と、彼の住んだ町々を歩いた。事件のことや、力作のひととなりについては、それを知る存命の方々に会い、苦心の著作をなした人びとの書物を読んで、私なりの知恵とした。(略)
 私は天下国家について大きく発言するのは嫌いである。しかし、天下国家の片隅にあって、天下国家の運命に踏みたたかれてゆく小さな人生についての関心はふかくある。今日もその関心はつよい方だ。力作の人生を掘りおこすことで、この国のありようというものに、自然とつきあたり、ひとことでいうなら、明治も今もかわっていない国柄というものについて、ずいぶん考えさせられていった。このことも、「古河力作」から与えられたものというしかないだろう。たくさんの資料、書物を読んだ。


 

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