東田勉著『認知症の「真実」』 認知症は国と医者が作り上げた虚構の病 認知症を引き起こす最大の原因は薬

2014-12-17 | life / 死と隣合わせ / 高齢者

現代新書カフェ
 現代ビジネス 2014年11月19日(水) 東田勉  
現代新書『認知症の「真実」』著者 東田勉氏インタビュー 〝認知症〟は国と医者が作り上げた虚構の病だった! 認知症の「闇」に斬りこんだ介護ライターが見た「希望」とは?  

 11月19日に現代新書より『認知症の「真実」』が発売される。高齢者の薬害問題に正面から取り組んだ渾身のリポートだ。世界に前例のない超高齢社会へと突き進む日本で、向精神薬が過剰に用いられ、廃人にされたり死へ追いやられたりするお年寄りが無数に存在するという。そこで用いられる「病名」は認知症。しかし、認知症という名の「病気」は存在しない。そこには、国と医者が作り上げた巨大な虚構がある。そのからくりを読み解き、医療過誤というワナに落ちないよう警告を発するのが著者の東田勉氏だ。我が身に降りかかる前に、知っておかなければならない落とし穴のありかを尋ねた。

Q 『認知症の「真実」』を読んでいちばん驚かされたのが、認知症という名の「病気」は存在しないというくだりでした。世の中には、認知症という病気があると思いこんでいる人が多いのではないでしょうか?
東田 認知症とは、認知機能が衰えて社会生活に支障をきたした「状態」を指す言葉です。認知症を引き起こす原因疾患は、70あるとも100あるとも言われています。代表的なアルツハイマー病を筆頭に、四大認知症と呼ばれる4つの疾患が認知症の9割を引き起こすというのが現状では医学の常識とされていますが、具体的にどれが入るかは時代によって変わるのです。多い順番も、時代によって変わります。時代によってと言うより、学者や医者の都合によってと言ったほうがいいかもしれません。たとえば日本では、15年ほど前まで脳血管性認知症がいちばん多いとされていました。それがアルツハイマー型認知症に首位を奪われ、いつの間にか2位に浮上してきたレビー小体型認知症よりも少ないことになったのです。それと同時に、全体の2割近くを占めていたアルツハイマー型と脳血管性の混合型認知症が忽然と消えてしまいました。
Q いったい、15年前に何があったのですか?
東田 1999年11月に、アリセプトという薬が発売されました。これは、日本の製薬会社エーザイが世界で初めて開発したアルツハイマー病の治療薬です。この薬が登場してから、認知症(当時は痴呆)をめぐる動きが活発になりました。そして、厚生労働省が発表する認知症高齢者の数が飛躍的に増え始めたのです。2004年12月には、痴呆を認知症と呼び換えるという決定が厚生労働省から発表されました。2005年からは、認知症を知ろうという政府の大キャンペーンが始まり、今も続いています。
Q 認知症という呼び方は、10年前から始まったのですね。「呼び名の変更が病気への偏見を解消するのに役立った」という意見を新聞で読んだことがあります。政府のキャンペーンというのは、認知症に関する講習会を受講するとオレンジのリストバンドがもらえて、認知症サポーターになれるというものですね。すでに数百万人の認知症サポーターが誕生したと本書に書いてありました。認知症のお年寄りの尊厳を守るうえで、マイルドな呼び名に変わったりサポーターが増えるのは結構なことだと思うのですが、誤解ですか?
東田 誤解です。認知症という造語は、薬害を発生させる温床になりました。原因疾患を特定しないまま、認知症という病名をつけるだけで薬物療法を開始できるようになったからです。薬は、とりあえずアリセプト(ドネペジル塩酸塩)が使われます。すると、ある専門医の経験では約2割のお年寄りが病的に怒りっぽくなるのです。そこで、鎮静させるために向精神薬(抗精神病薬、抗うつ薬、抗不安薬、睡眠導入薬など)を併用します。そうすると、取り返しがつかないほど悪化させられるお年寄りが少なくないのです。一方、認知症の講習会というのは1時間半程度の安易なもので、「認知症=脳の病気」という観念を刷りこんでいるに過ぎません。認知症は脳の病気であるという考えは、「早期受診、早期診断、早期治療」を呼びかける厚生労働省の執拗なキャンペーンのおかげで、多くの国民に浸透しました。
Q 何のために、そんなキャンペーンを行うのですか?
東田 薬を売りたいからです。あるいは、身内である医者と製薬会社に儲けさせたいからと言ってもいいでしょう。一方で「認知症は脳の病気なのだから治療が必要だ」と言い、一方で「進行を遅らせる薬がある」と言えば、受診者が増えるのは当たり前です。おかげでアリセプトは、2011年には売上高1位の薬になりました。その裏にあるのは、国民の認知症への恐怖心です。行政とマスコミが認知症への恐怖を煽るので、日本は「ボケる」ことを心配する人だらけの国になりました。「ボケる」のだけは嫌だと思う大勢の人々が、自分では予防法に走り、少しでもおかしいと感じる親や配偶者を受診へと追い立てているのです。
Q 安倍首相は先日、主要国認知症サミットの席上で、国の認知症施策を加速させる新たな国家戦略を策定すると表明しました。
東田 その報道だけを見ると、日本はあたかも海外と歩調を合わせているかのようです。しかし、主要7ヵ国(G7)やオランダ、デンマーク、スウェーデンといった認知症対策の先進国に比べると、日本はまったく逆行しています。認知症で薬害を起こしているのは、日本だけだと言っても過言ではないでしょう。抗精神病薬の多剤大量投与が野放しにされているのは日本だけですし、認知症のお年寄りを精神科病院に入院させることも海外ではめったにありません。イタリアでは1998年に精神科病院を全廃して地域で見守る道を選び、フランスやイタリアでは認知症の人を精神科病院に入院させることが基本的に認められていません。海外の先進国は、薬を使い過ぎないように制限していますし、発展途上国でも薬の使い過ぎはありません。膨大に使っている日本では、抗精神病薬を含む向精神薬がどれだけ使われているかを調べたデータすらないのです。そのうえ、精神科病院の病床が世界でも突出して多いので、認知症のお年寄りを薬漬けにする、あるいは閉じ込める医療がまかり通っています。
Q なるほど。おとなしくさせる薬はいくらでも使える、精神科への入院はいつでもOKとなると、行政が認知症の恐怖を煽るのは危険ですね。
東田 そもそも、入院が認知症をつくってきたとも言えるのです。急性期の病院は必要ですが、ヨーロッパではできるだけ早く自宅に帰して在宅でのリハビリ態勢をつくります。日本では急性期病院のあとに回復期の病院や老健があり、それでも自宅へ戻れないお年寄りが慢性期病院へと移っていって寝たきりになるのです。そうしたお年寄りは、かなりの確率で認知症を合併しています。入院は、できるだけしないほうがいい。薬もできるだけ使わないほうがいい。それが、最大の認知症予防です。
Q 本書では、認知症を引き起こす最大の原因は薬であることを強調していらっしゃいますね。
東田 結果として、そうなるのです。65歳未満で発病する若年認知症は脳の病気と考えてもいいでしょうが、かなり高齢になっている人の認知機能が衰えたからといって、「病気だから治さなければいけない」と薬を使えば、良い結果を生みません。認知症を引き起こす最大のリスクファクターは、長生きなのです。高齢であれば、「認知症になるくらい長生きしたのだ」と喜ばなければなりません。そこがスッポリと抜け落ちた状態で治療へと走るから、事態が悪化します。
Q それだけ、認知症が恐がられているということですね。
東田 「長生きをしたい」という願いと「認知症にはなりたくない」という願いは、本来矛盾しているのです。それなのに多くの日本人は、「認知症にならずに長生きしたい」と考えます。極端になると、「認知症になるくらいなら、長生きしなくてもいい」と言う人もいるほどです。海外の先進国では、認知症を怖がらせないキャンペーンをどの政府も率先して行っているのに、日本の政府は「早期発見、早期絶望」へと向かわせています。
Q 東田さんは、介護ライターを名乗っていらっしゃいますが、医療にも詳しいですね。医療と介護、双方の視点から認知症の問題点を探ったところが、本書の斬新さだと思いますが?
東田 2年前に『完全図解 新しい認知症ケア』という大型本の医療編と介護編を2冊同時に刊行しました。編集協力というかたちでライターをさせていただいたのですが、そのときに勉強させられたことが大きいですね。薬の種類や名称、用法・用量などは、徹底して学びました。特に大切なのは、薬の持つ副作用についての知識ですね。認知症のお年寄りが興奮して暴れると、統合失調症の若者に使うような抗精神病薬が使われます。そのときに、この薬を飲むとどうなるか、医者が作用や副作用について家族や介護者にきちんと説明していないのです。家族もまた、医者の処方を盲目的に受け入れて、副作用が出ても最後まで飲ませようとします。さらに悪いのは、副作用を消してほしいと次回の診察時に医者に訴えると、原因となった薬を替えるのではなく別な薬を足されることです。認知症の治療薬は現在4種類ありますが、3種類は興奮系の薬です。しかも、用量を次第に増やしていく決まりになっています。そこで、必然的に起こる興奮を鎮めるために、鎮静させる薬も増量されるのです。いわば、アクセルとブレーキを同時に踏みこむような治療が、標準治療として行われています。それが70歳代、80歳代、90歳代のお年寄りに行われるのですから、常軌を逸していると警鐘を鳴らしたわけです。
Q 本書には、無知な医者の投薬を受けて死にかけた親を持つ介護家族が何人も登場します。医療過誤から身を守るために、本書に登場してくださった方々の証言は貴重ですね。
東田 介護者家族会の協力を得て、貴重な証言が多数集まりました。特に、近年増えているレビー小体型認知症のお年寄りは、薬剤過敏性があるので標準治療通りに処方すると大変危険です。薬で抑制されると、歩行も嚥下も悪化して寝たきりになり、誤嚥性肺炎を起こして死んでしまうこともあります。証言の中には「この病気は最近増えてきたと言われるが、実際にはレビー小体型認知症の人は昔からいて、気づかれないまま死んでいったのではないか」という意味の発言があり、取材していてゾッとさせられました。
Q そういった薬害から身を守る方法と同時に、本書では環境の調整と関わり方で認知症のお年寄りを落ち着かせてくれる介護施設や病院の取り組みが紹介されています。「闇」ばかりでなく、「希望」も描かれているところがいいですね。
東田 本書で紹介できたのは、ほんの一部です。実際には、寝たきりであろうが、認知症であろうが、マヒがあろうが、失語症になろうが、落ち着くどころか生き生きとさせてくれる介護現場は全国にたくさんあります。私の介護ライターとしての本業は、そんないい現場を探し出し、取材に行って良くなった事例を集めることです。介護ライターなんてつまらないだろうと思われがちですが、いい現場を探し当てるたびに感動的な話が聞けるので、こんなに面白い仕事はありません。大切なことは、医療と介護の良し悪しを見分ける目を持つことです。それさえあれば、自分が老いてもどのような助けを求めればよいかがわかるので、決して不幸にはなりません。本書を読んで、そのコツをつかんでいただきたいと思います。
<プロフィール>
東田勉(ひがしだ つとむ)
 1952年鹿児島県生まれ。國學院大學文学部国語学科卒業。コピーライターとして制作会社数社に勤務後、フリーライターとなる。2005年7月から2007年9月まで介護雑誌『ほっとくる』の編集を担当。同誌休刊後、フリーの編集者兼ライターとして医療、福祉、介護分野の取材や執筆を行う。著書に『完全図解 介護のしくみ 改訂新版』(三好春樹氏との共著)、『それゆけ!おやじヘルパーズ』(以上、講談社)がある。

 ◎上記事の著作権は[現代ビジネス]に帰属します *強調(太字・着色)は来栖
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 現代ビジネス 2014年12月01日(月) 東田勉 
偏見と闘う介護者たち---『認知症の「真実」』著・東田勉 

     

 談社現代新書の編集部から『認知症の「真実」』のゲラが届いたのは、9月下旬のことだった。そこから私の「取材先行脚」が始まった。話を聞いて書かせていただいた方々に再度お目にかかり、ゲラを見ていただいて、表現に不都合がないか聞いて歩くのだ。
 ある編集者から「そんなことをしているのですか」と驚かれたが、これには介護をめぐる特有の事情がある。私がこの本で紹介した介護家族は12人ほど。その中でも、認知症になった家族の顚末を包み隠さず話してくださった実名の介護家族に、私はどうしてもゲラを見てもらいたかった。それは、認知症の介護を公表している人たちが、世間の偏見にさらされているからだ。
 この本には、認知症に関する最新の知見をすべて盛り込んだ。取材対象には、認知症治療の第一線で活躍する医療従事者や介護従事者が何人も含まれている。それらの人々に、ゲラを見せに行くようなことはしない。専門家の場合は、その人の意見を紹介しているのであって、個人情報をさらしているわけではないからだ。
 しかし、介護家族は違う。自分の親や配偶者が認知症になって、苦しみぬいた家庭内の事情を赤裸々に語ってくれたのだ。赤むけになった皮膚のヒリヒリするような痛みに共感しながら書いた身としては、どんな些細な箇所であっても、無神経な物言いになっていないか、本人に確認してもらわなければ気が済まなかった。
 自分のことが書かれたゲラを読み終えて、ある家族会(難病には友の会が結成されるが、認知症の場合は本人が語り合えないので、家族会が中心になる)の代表は、そっと瞼をぬぐった。家族会の代表は、自分の氏名と連絡先を公表することで、メンバーたちのプライバシーを守っている。この代表は、マスコミから「認知症の特集を組むので患者を紹介してほしい」と依頼され、幾度も信頼を裏切られた経験を持つ。最近もテレビで再現VTRをつくられ、スタジオのコメンテーターから「いやだ、怖い」「気持ち悪い」「こんな病気になりたくない」とネガティブな発言を連発された。
 「認知症の人は、何もわからない人ではありません。本人はいろいろわかっているし、豊かな感情もあります。介護者が正しい知識さえ持てば、その人らしく生きられるのです。長生きだって、人生を楽しむことだってできます」
 代表は、取材ディレクターにそう説明した。しかし、局側は「認知症の恐ろしさ」をクローズアップしようと躍起になる。
 認知症は、偏見に満ちた病気だ。「病気だ」と言うことすら、一つの偏見になりかねない。認知機能が低下すると、80歳であろうが90歳であろうが「薬を飲んで治療しなければならない」というのがそもそも偏見である。国(厚生労働省)と製薬会社が、老化を認知症という病気にするためにどれほど精力を傾けたかは、この本の中で詳しく検証した。先進国の中で、日本だけが行っている認知症の精神科病院への入院と、抗精神病薬の使用についても。
 しかし、「認知症を脳の病気だと決めつけず、環境や対応を見直すことから始めたらどうですか」と言えば、「私が悪いんですか」と家族から反発される。自分たちのせいではないか、と罪の意識を抱きやすい立場にいる家族は、「病気論」に傾きがちだ。「認知症は脳の病気」となれば「病気だから家族に責任はない」となるのだろうが、それでは解決にならない。この本では、認知症を病気とは考えず、ケアで落ち着かせる介護現場の取り組みも紹介した。
 認知症医療と認知症介護の最先端を共に紹介しながら、私が目指したのは、読者に判断をゆだねる道だ。「認知症は、遺伝するのではないか」「発病したら数年間しか生きられない」「やがて人格崩壊の極地へと向かう」といった世間の偏見と闘っている介護者に対して、それがいちばん誠実な態度だと思えたからだ。
 私はかつて介護雑誌の編集者をしていたとき、ある介護者の記事を書いたところ、「姉の言い分だけを一方的に紹介するとは何事だ」と介護者の妹から呼び出しを受けたことがある。介護の世界では、手も金も出さない親族がクレーマーになるのはよくあることだ。私はこれを「次女問題」と呼んでいるのだが、この本では介護者の親族から呼び出されないと思う。
 (ひがしだ・つとむ 介護ライター)読書人の雑誌「本」2014年12月号より

 ◎上記事の著作権は[現代ビジネス]に帰属します
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 現代ビジネス 2014年12月17日(水) 東田勉  
『認知症の「真実」』著者 東田勉氏インタビュー第2弾
どんな医者が認知症高齢者をダメにするのか? 知らなければあまりに危険な、認知症治療のワナ!

 11月19日に現代新書より、我が国の認知症治療の驚くべき混乱ぶりを暴いた迫真のリポート『認知症の「真実」』が刊行された。発売と同時に著者である東田勉氏のインタビューを公開したところ、直後より各界から大きな反響が巻き起こっている。今後、医療と介護を巻きこんだ壮大な論争へと発展しそうな勢いだ。そこで、論点をまとめる意味をこめて、認知症治療と認知症介護の双方を知る東田勉氏に、再度インタビューを試みた。

 先日のインタビュー記事公開直後、まだ新聞広告も打たれていないのに、Amazonの「本」総合ランキングで、一時は本書が80位台になりました。どこが世間の琴線に触れたと思われますか?
東田 認知症に対する人々の関心が高いおかげでしょう。それと、これまでの認知症本に対して消化不良を感じていた読者が多かったからではないでしょうか。認知症は、ご存知のように予防に関する本が多く、治療のことが書かれた一般書はあまりありません。認知症の大家が書いた本であっても、分類に多くのページが割かれ、治療の記述はごくわずかで、残りは予防法でした。本書のように、歯に衣を着せず治療について書き、なかんずく誤診と誤処方にスポットを当てた本は珍しいと思います。認知症は、なることが恐いのではなく、誤った治療やケアを受けることが恐いのです。あと、「認知症はつくられた病である」と指摘した点もセンセーションを巻き起こしたと思います。
 カバーにも「“認知症”は国と医者が作り上げた虚構の病だった!」と書かれていますね。この意味をもう少し詳しく説明してください。
東田 認知症という「病気」があると思っている人が多いようですが、認知症という「病名」はあっても認知症という「病気」はないのです。認知症は単独の疾患ではなく、複数の異なる疾患がモザイク状に集まった症候群に過ぎません。従って、70はあると言われている原因疾患を鑑別できないと、正しい治療はできないのです。それでいて、認知症という病名告知をする医者が多いので、警鐘を鳴らしました。認知症の診断基準は未だに確立されておらず、認知症に対して現代医学は極めて無力です。
Q 本書では日本の製薬会社エーザイが世界で初めて認知症治療薬アリセプトを発売して以来、認知症の診断数が飛躍的に伸びていった経過が克明にたどられていますね。エーザイも巨額の広告費を投入しましたが、厚生労働省が行った「認知症は脳の病気である」「早期受診、早期診断、早期治療が重要である」というキャンペーンは、日本中に浸透しました。
東田 「早期受診が大切」と言われ、「進行を遅らせる薬があるから」と言われると、一般の人は「その薬を早く飲めば、認知症は飲み始めたときの状態で止まってくれる」と思いがちです。しかしアリセプトは、いつまでも認知機能の低下を止めてくれる薬ではありません。飲み始めてもやがて飲まなかった場合と同じような下降線をたどり始めますし、飲むのをやめると最初から飲まなかった場合と同じ状態まで落ちます。それでいて、多くの患者に副作用が出るのです。
Q アリセプトの添付文書では、興奮、不穏、不眠、易怒性など精神神経系の副作用が出る確率は、0.1~1%未満となっているそうですが。
東田 日本の医療機関でもっとも認知症の来院数が多い「名古屋フォレストクリニック」院長の河野和彦氏は、「アリセプトを飲んだために明らかに病的に怒りっぽくなる人が20%くらいいる」と語っています。それなのにアリセプトをはじめとする認知症治療薬は、処方量を数週間ごとに増やしていかなければならない規定があるのです。これが標準治療とされているため、多くの介護家庭が崩壊しました。興奮系の薬である認知症治療薬を、増量していかなければならないからです。興奮を抑えるために向精神薬を処方してもらうと、お年寄りは廃人になったり死に追いやられたりしてしまいます。
Q 本書では、河野和彦氏がエーザイに質問状を送ってやり取りをする場面が出てきますが、臨場感に満ちた筆致で思わず引き込まれました。東田さんもまた、厚生労働省に質問状を送っていますね。その顛末も、本書にはリアルに記載されています。
東田 認知症は、そもそも標準治療が間違っているのではないかという疑問を、直接厚生労働省へぶつけました。どんな回答が返ってきたかは、ぜひ本書を読んでいただきたいと思います。標準治療どおりに増量していくと危険なのは、薬剤過敏性があるレビー小体型認知症の患者さんです。それなのに厚生労働省は、エーザイから出されていたアリセプトのレビー小体型認知症への追加申請を、2014年9月に通してしまいました。それも、アルツハイマー型認知症以上に過酷な増量規定付きです。全国の医者がレビー小体型認知症の患者に対して、標準治療どおりの増量を行ったらどうなるか、心配でなりません。認知症の薬物療法は、新たな局面を迎えて気が抜けない状況です。
Q 「薬で認知症がつくられた」という指摘には、「うつ病治療薬の登場でうつ病が増えた過去があるように、認知症治療薬の登場が認知症という診断を増やした」という意味と、「行動・心理症状の原因の多くは薬である、つまり認知症は薬害である」という意味がありますね?
東田 そのとおりです。行動・心理症状を抑えるには向精神薬が使われますが、代表格の抗精神病薬(統合失調症などの薬)の使われ方が、日本は途方もなく多いのです。特に、海外ではタブーとされている抗精神病薬の多剤併用療法が、日本では野放しにされています。日本では、認知症のお年寄りを連れて精神科を受診する介護家族が少なくありません。精神科は、若い人に対するのと同じように強い薬をバンバン使いますから、お年寄りはたちまち廃人のようにされてしまいます。
Q 本書には、精神科病院に入院して身体拘束を受けた認知症患者の話が出てきてゾッとさせられました。
東田 精神科病院に入院すると、お年寄りであっても薬で動けなくするか、鍵のかかった部屋に閉じ込めて身体を拘束する「治療」が行われることがあります。それというのも、多くの精神科医は認知症に詳しくないのです。かつて精神科医に行われたアンケートでは、半数近い精神科医が「認知症を診るのはあまり得意でない」と答えています。
Q 認知症は、どの診療科に診てもらうのがいちばん確実なのでしょうか?
東田 河野和彦氏に尋ねたところ、「正直なところ、まともに認知症の診断と治療ができる医者はほとんどいません」という返事でした。いちばん医者の力量が問われるレビー小体型認知症で言うと、脳神経外科では診断がつかない、神経内科は診断できても幻覚・妄想を消せない、精神科は診断も治療も間違うので危険、老年科はかなり知識を持っていると思うが処方がパッとしない、という内容の回答をもらいました。診療科で選ぶのではなく、医者個人の資質を見て選ぶしかなさそうです。
Q うっかり身近な医療機関を受診すると、誤診される可能性があるということですね。日本の医者は診断と同時に薬を出しますから、危険じゃありませんか?
東田 身内が明らかに認知症だという確証がある場合、信頼のおける医療機関が見つからなければ、介護者の家族会に相談したほうがいいかもしれません。どの会も認知症についてはよく勉強していて、地域に応じたいい医者、いい介護現場を紹介してくれると思います。
Q あと、本書を読んで衝撃的だったのは、薬を使わずに認知症のお年寄りを落ち着かせている介護現場が紹介されていたことです。そこの施設長が「認知症と診断されて入所してきた人でも、不快の原因を探り、快へと持っていく当たり前のケアを行えば薬はいりません」と語っていたのには驚かされました。介護分野から、ずいぶん反響があったのではないですか?
東田 すでに本書を読んだ多くの方々から感想をいただいていますが、認知症の在宅介護経験者、介護現場で働いている介護職の方々の反応がいいですね。「どうケアしていけばいいかがわかって、自信が持てた」と言われるとホッとします。闇を描くだけでなく、希望も描きたかったので。全国で介護職向けに講演をしている理学療法士の三好春樹氏は、薬を使わずに認知症のお年寄りを落ち着かせている介護現場をルポした部分を指して、「本書の第10章はすぐれた介護論となっている」と評価してくださいました。
Q 医療には希望が持てないから、介護に活路を見出そうということですか?
東田 私は、医療にも介護にも希望はあると思います。医療は認知症の症状をすべて消し去ろうという実現不可能な目標を捨て、認知機能の低下があっても、介護の手助けを受けながら穏やかに暮らすことに目標を切り替えればいいのです。医療と介護がお互いの縄張り意識を捨てて手を組めば、双方にメリットがあり、患者も絶望から救われると思います。

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