自国人が中国で死刑に、強く出ない日本と強く出た英国
2010年4月7日(水)18:15
■本日の言葉「on death row」(死刑執行を待たされている)■
英語メディアが伝える「JAPAN」をご紹介する水曜コラム、今週は残念ながら、日本人が中国で死刑になるというとても重苦しい話題についてです。一部の英語メディアは、昨年暮れに英国人がやはり中国で死刑執行されたことを取り上げ、鳩山首相と当時の英首相の発言を比較し、そして「日本は死刑制度のある国だから、あまり強く抗議できないのだ」と解説しています。(gooニュース 加藤祐子)
○日本はあまり強く言える立場にないのか
大阪出身の赤野光信死刑囚(65)が中国で6日、麻薬密輸の罪で死刑執行されました。あくまでもイメージだけで言うと、中国では起訴→死刑判決→執行までがあっという間だというイメージがありますが、この事件では逮捕から4年、一審の死刑判決から2年たっていて、上告の機会も与えられていた。それだけを見ると、日本の司法と比べて特に拙速すぎるとも言えない。それでもやはり、重苦しい気持ちはぬぐえません。
昨年暮れに英国人がやはり麻薬密輸の罪で中国で死刑になった時、「中国は、外国政府に対して強い態度を示す意味もあって、ことさらに外国人を死刑にしていないか」という指摘が英メディアで展開されていたのを覚えているからです。つまりこれは純粋に司法上のことなのか、それとも外交上の力の駆け引きが関与していることなのか、不鮮明だからです。
しかしいくら同国人の死刑執行に重苦しい気持ちになっても、自国の制度を考えると日本はあまり大上段に構えて強いことを言えないようだ――というようなことを、一部の英語メディアは指摘しています。
複数報道によると鳩山由紀夫首相は、中国での死刑執行について「それぞれの国に司法制度があるので内政干渉的なことを言うべきではないが、日本人の死刑執行は残念だ」とコメント。「日中関係にいろんな亀裂が入らないように努力する。国民も冷静に努めていただきたい」とも。
これに対して、昨年暮れにヘロイン密輸の罪で死刑が確定した英国人男性(53)に刑が執行された際、ブラウン英首相は「アクマル・シャイクの死刑執行を最も強い言葉で非難する。私たちが繰り返し減刑を嘆願してきたにも関わらず、叶えられなかったことに、愕然とし、落胆している」と即座に、強い表現で反発しました。この事件では死刑囚に精神疾患があるのではないか、密売組織に利用されただけではないかとの指摘もあり、英国政府や国際人権団体などが繰り返し助命嘆願。それだけに、英メディアも非常に強い調子で中国を批判していました。
加えて何より、英国をはじめ欧州連合(EU)では死刑が全廃されている。その大きな違いがあります。他国の死刑執行を批判するのに、自国に死刑制度があるかないかでは、道義的な立脚点が全く違う。英語ではこういう場合、死刑を廃止している英国は中国の死刑執行を批判できる「道義的な正当性がある(has the moral standing)」という言い方をします。「moral authority(道徳的権限)」という表現も使います。そしてその反対を言うなら、「中国の死刑執行を批判する道義的正当性が日本にはあるのだろうか、日本はそういう立場にあるのだろうか(Does Japan have the moral standing to criticize China for their execution?)」ということになります。そこまで英語メディアははっきり言っているわけではありませんが。
○日本の方が非人道的かもしれない?
たとえば米ウォール・ストリート・ジャーナルは、「アナリストたちによると」として、「日本は死刑に対する自らの姿勢に縛られて(Japan was mainly constrained by its own approach toward the death penalty)」強く批判できなかったと指摘。「英国はいかなる場合でも死刑に反対するが、日本では限られたケースで死刑を適用する。もっとも、日本では薬物犯罪には適用されないし、国内の人権派に批判されているのだが」と。
記事はさらに、龍谷大学の石塚伸一教授に取材し、日本は(銃殺ないしは薬殺の方法を使う中国と違い)絞首刑での執行が決まっていて、かつ事前に家族にも知らせないことから、むしろ日本の死刑の方が中国よりもある意味では人道的ではないのではないかというコメントを紹介。日本としては死刑に関して中国に対して、弱腰にならざるを得ないのだという指摘も引用しています。
同紙はさらに、鳩山政権の親中政策が影響しているだろうと指摘。親中政策ゆえに、中国に対して強く出られないのだろうと。また、日本のそうした及び腰とは対照的に、薬物取り締まりを強化する中国政府は近年ますます積極的に外国人に死刑を執行しているのだという、アムネスティ・インターナショナル関係者の指摘も。「外国政府からの圧力に十分対抗できるという自信と能力が増しているようだ」というのです。
○これは中国の自信の表れなのか
英フィナンシャル・タイムズ(FT)も、「中国政府は1年ほど前から、自分たちの人権の扱いや司法制度に対する諸外国の批判を、素っ気なく一蹴するようになっている」という分析を紹介。英国人の死刑執行の際に、中国の司法の公平性をイギリスがとやかく言おうものなら二国関係が傷つくぞと、怒りを込めて反論していたのも、その一例だと。
同紙ではさらに、「中国の国内法を外国人に適用する際、外国政府が何か懸念を表明すると、中国政府は厳しく反論するようになった。これは新しい現象のように思う」という人権団体の専門家のコメントも紹介しています。
加えて同紙は、赤野光信死刑囚への死刑執行と同じ日に、日本では「名張毒ブドウ酒事件」の再審判断を高裁に差し戻す最高裁判断が発表されたことを指摘。「日本は長いこと人権団体から、秘密主義な死刑制度を批判されている」と書き、そして「名張毒ブドウ酒事件」の奥西勝死刑囚(84)が38年間「on death row(死刑囚の監房に入れられ、執行を待つだけの状態に置かれている)」と。奥西死刑囚は「38年もの間、自分がいつ絞首刑になるのか直前になるまで分からないという状態で過ごしてきた。これは、日本では通常のやり方だ」と。そうははっきりと書いていないものの、これはこれでひどく残酷ではないかと、FTの記者は言外に書いているのだと思います。
……ということを書き連ねながらも、私自身は100%の確信をもった揺るぎない死刑廃止論者ではないのです。なりきれないというか。あまりに酷い事件のニュースを見る度に、「死刑廃止すべき」という思いが揺らぎます。あまりに事件が無残な時には、ここにはとても書けないようなことさえ思って怒りに駆られてしまいます。
しかし確かに自国で死刑をしている限り、外国での死刑判決に、おいそれと抗議するわけにもいきますまい。現地の司法手続きにきちんと則しているならば。ということはつまり、絞首刑や銃殺や薬殺はもちろん、石打ちだろうが鞭打ちだろうが斬首だろうが、水責めだろうが何だろうが、日本人が外国の法に基づきどんな目に遭わされても、政府はまともには抗議してくれないということです。自分の身は(できる限り)自分で守らなくてはならないという、アメリカの保守派みたいな結論に達してしまいました。
外国に行く時は、自分が持ち込む荷物の中身にも、くれぐれも注意しましょう。そして、現地の法規にくれぐれも気をつけましょう。日本では微罪で済むかも知れないことが、とんでもないことになりかねません。そういえば中東ドバイでは英国人カップルが公共の場でキスをしただけで禁固刑になっています。本当に、くれぐれも、気をつけましょう。
◇筆者について…
加藤祐子 東京生まれ。シブがき隊と同い年。8歳からニューヨーク英語を話すも、「ビートルズ」と「モンティ・パイソン」の洗礼を受け、イギリス英語も体得。怪しい関西弁も少しできる。オックスフォード大学、全国紙社会部と経済部、国際機関本部を経て、CNN日本語版サイトで米大統領選の日本語報道を担当。2006年2月よりgooニュース編集者。フィナンシャル・タイムズ翻訳も担当。英語屋のニュース屋。
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