じいばあカフェ

信州の高原の町富士見町:経験豊富なじいちゃん・ばあちゃんのお話を
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法華道 その2

2009-12-15 22:22:24 | Weblog
 前回取り上げた若宮と高遠の山室を結ぶ法華道。今回は、伊那側で法華道を復元している北原さんという方の話をうかがった。
(法華道の思い出)
「子供のころから入笠山にはよく登ってましたね。私が住んでいたのは芝平(しびら)という集落で、その道が法華道だと思ってなかったけど、笹の実を取ったり、山菜を取ったりするので、よく使ってました。道の途中の場所の名前はよく覚えてますよ。『巾木あて』『婆さのていら』『厩のていら』『もんじゅ屋敷』『りゅうたつば』『まんど』なんていう地名があって、それだけでも、なんだか古い道だって感じがしますよね。県の教育委員会の報告書では、仏平峠から高座岩へ登って、荊口(ばらぐち)へ降りるように書いてあるが、私は高座岩から芝平に降りていたという説を立ててます。地形的にも無理が無いし、なにより山の中の地名がその道沿いにたくさん残っていますしね。」
(法華道の復元)
「復元を始めたのは平成11年からですね。歴史の本には法華道なんて載っているけど、実際に歩こうとしても、道なんてありゃしない。子供のころに歩いた道の面影もなくなってしまって、なんだか寂しさを感じたんですよ。それで、ひとりで草を刈ることから始めました。何とか荒れ果てた道を復元したいと思いましたよ。そうは言っても、道が通っている山には持ち主があって、県有林やら町有林(高遠町:当時)なんかもある。一番苦労したのは、国有林でしたね。伊那の林野局に何度も通いましたよ。許可がないと道標も立てられない。そうこうするうちに、だんだんわかってくれる人が出てきた。もとは身延山の上人さまが法華宗を伝えた道だから、山室川沿いの法華宗のお寺さんが協力してくれるようになった。高座岩には今では檀家さんたちが供養のため登ったりしてますよ。新聞なんかでも取り上げてくれて、応援してくれる人も増えてきました。」
(富士見の法華道)
「伊那側の法華道はほぼ復元できたと思う。いよいよこれから、富士見の方をね、何とかしたいと思っているんだよ。とはいっても、知り合いもあまり居ないし、調べるためには何度か来てるんだけどね。蔦木にも高座石ってのがあるよね。物資の往来もあっただろうし、伊那と富士見は昔からつながりが深かったんだねぇ。芝平にも造林や伐採の仕事で、昔は富士見の人たちが来てましたよ。入笠山に登る舗装道ができたり、スキー場ができたりしたんで、今ひとつルートがはっきりわからない。山が崩れてしまったあたりかもしれないなんて思ってもいる。一部でもいいからこのあたりっていうのがわかればなぁとは思ってるところなんだがね。」                               (続く)
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