じいばあカフェ

信州の高原の町富士見町:経験豊富なじいちゃん・ばあちゃんのお話を
聞き書きした記録です
ほぼ一ヶ月に一回の更新です

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引き上げ

2006-10-29 20:47:44 | Weblog
(朝鮮へ)
「実家はね、松本の方でほうきの製造と雑貨商をしていました。そこから、栃の木にお嫁に来たの。主人は、松商を出てすぐ五十連隊に入って、朝鮮に行ってたんですよ。そんなこんなで嫁に来るって日が決まったんだけど、軍需輸送が始まって、急にその警備に出なけりゃならなくなって、結婚式に出れないって。そりゃ泣きましたよ、婚礼にむこ様がいないんだもの。おじいさんが翌々日だったかな、朝鮮へ連れてってくれた。富士見で親子の盃だけして朝鮮へ行ったの。向こうには5年ほどいましたよ。」
(終戦)
「ここからは、主人から聞いた話だけんど、終戦と同時にソ連の兵隊が条約破って入ってきて。そーしておめ、上の衆は、眼鏡から時計から身ぐるみみんなはがれて。そして、明日はソ連へ連れてくと言われて、その夜に仲間と4~5人で話し合って、逃げたって。トラックにガソリンと缶詰を積み込んで、夜中にね豆満江(とまんこう)のほとりをずーっと、そいでソウルに着くまでにうんと手間が掛かったの。昼間は山ん中隠れてて、夜走ったんだって。ソウルに主人のおばさんが居たんだけんど、そこまでたどり着いた。そしてそこで、しらみの退治をしてもらって、好きなぼた餅だかこしらえてもらって食べたんだと。そいで今度は永川ってとこまで来たんだけど、そこから海岸に出ても連絡船がないだよ。負けちゃったから。永川にいとこが居て、そこに私の花嫁道具を預けてあったの。それを全部売り払ったりして、小さな船を買ったんだって。ほいで、日本海へ漕ぎ出したの。そーしたら、台風。ものすごい台風に日本海であったの。マストはどっかいっちまうし、水は入ってくるし、みんなお念仏唱えるほどだったんだって。朝鮮のパカチって皆さんご存知かねぇ。夕顔みたいのをくりぬいた洗面器みたいなやつ、あれで、水をくみ出したりしたんだけど、もう駄目だって時に、陸地が見えたんだって。それから元気が出て、山口の須佐って港にたどり着いたんだって。泊まるとこもないから、小学校に1週間とまって、そして帰ってきたの。お化けかと思った。」
(引き上げ)
「こっからは私の話。私は終戦のちょっと前に、帰ってきたの。まだ連絡船があったから、九州のちっちゃな港についてね、それでさ、関門トンネルを通って本州に入ってさ、それからが大変。汽車は止まったり動いたり、しまいにゃ石炭と一緒に無蓋車に乗ってさ、トンネルじゃ真っ黒け。子供はおしっこしたいって、やるとこないでしょ、石炭の中へ・・・。ほいで、そいでも6日くらいかかったね。2日めくらいまでは、お弁当があったんだけんど、みんな食べちゃって、後は水とビスケット。そいでもやっと塩尻まで来て、のり換えたんだよ。そん時前に座った、田舎のおばちゃんだわね、ひざの上に真っ白なおにぎりを広げて、まさに食べるとこ。そしたら背中の子供が『まんま~ まんま~』って泣くですよ。おばさんが聞いてくだすってね。『かわいそーに』って言って2個くだすった。そりゃぁ本当に、私の人生の宝物ですよ。そいで私は涙ながらに、おにぎりを2つに割って2歳の子と半分ずつ食べて、1個は4歳の子に食べさせましたよ。ほんとにあれはうれしかった。」
お話をうかがった栃の木の小林さん。この時の体験が、その後民生委員などをやるときのきっかけになったそうです。帰ってからもなれない畑仕事にご苦労をなさったそうですが、「今ではベテランですよ。」と笑っておられました(来年90歳だそうです)。
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旅するお豆

2006-10-10 20:50:12 | Weblog
木の間の祠などを調べて歩いているときに、ある祠の横をふと見るとたわわに豆が実っているのが見えた。持ち主の方が、ちょうど畑におられたので、莢をむいて見せていただいた。豆はいんげん豆の仲間だと思うが、小豆色に白く斑の入ったきれいな豆だった。 
「この豆は、亡くなったおばあさんがどっかからもらったって。名前は知らない。あんまりたくさん作らんけんどね。煮ても食べるけんど、莢で食べたほうがおいしいね。播くのは6月の末っころだね。見た通り、つるありだね。そうだ、確か乙事の方でもらったとか言ってたな。」とお話をうかがったのは小池さん。
その豆、少し集落の中に入ったところの畑に居た方に見ていただいた。「この豆は見たことないけんど、うちでも似た豆を作ってるよ。」と干してあった莢をむいて見せていただいた。今度は白のベースにあざやかな赤い斑点が入ったもの。
「この豆はねぇ、武智川のそばのおばさんからもらいましたけど。おばさんは若宮からもらったとか何とか言ってたけど。若いうちは莢でも食べれるらしいが、手亡しだから莢より豆で食べますねぇ。月に一回くらい煮て食べるけど、やっぱ豆はつるのあるやつの方がおいしいねぇ。」と言いながら、納屋からわざわざ出してこられたのが、真っ白で少し艶のある小ぶりな豆。
「名前は知らないけど、うちじゃ真っ白だから白いんげんって言ってるね。莢は小さいけど、莢でもおいしいよ。4年くらい前に、栗生の人からもらった。農協のお買い物バスがあるじゃん。あれでみんな友達になるだよ。そこでもらった。これはおいしいよ。播くのは7月のなかば。収穫も少し遅いよ。いろいろ面倒だけど、やっぱ豆はつるありだね。」この後、お話をうかがった折井さんからはこの“白いんげん“のおいしいにかたを教わった。
ある豆は、乙事から木の間へ。またある豆は若宮から武智川を渡って木の間へ。お買い物バスが縁で栗生から木の間へ来た豆もある。富士見の中をあっちへこっちへ、人の気持ちを伝えながら旅している豆たちを見たら、なんだか楽しい気分になった。
 

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