一風斎の趣味的生活/もっと活字を!

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最近の拾い読みから(188) ―『太平天国』

2007-10-11 07:15:04 | Book Review
「吉里吉里国」と形態は違いますが、前回に引き続いて、理想に叶った新国家を建設しようとする物語です。

ここで若干、東洋史の復習を。
「太平天国」とは、19世紀半ばの中国、洪秀全を中心にしてキリスト教的な理想国家を建設しようと、時の清朝政府と南中国を主な舞台にして武力闘争を行なった運動であり、また南京(「天京」と改名)を首府として建設された国家をも意味します(独自の貨幣も発行している)。

目標は、腐敗堕落した現政府を倒し、理想郷を建設することなのですが、そこには現政府が満州族の王朝であることから、「漢」民族主義的な色彩が色濃く出てきます。
キリスト教的な理想と「漢」民族主義と混交したことが、他の反乱とは著しく違って点でしょう。
前者からは千年王国的な考えが出てきますし、後者は以後の民族主義革命(例えば「辛亥革命」など)の先駆とも言えるでしょう。
ちなみに、イギリス外交団はキリスト教の一派として認め(一時は、清朝に対抗しようとする地方政権として、存在を承認しようとする動きもあった)、フランス外交団は非キリスト教であると非難しました。これは、プロテスタントとカトリックとの認識の違いなのでしょうか。

その歴史的な事件を、架空の登場人物・連理文を主人公として描いたのが、この小説です。
彼の立場は、清朝政府側にあるのではありませんが、完全に太平天国内部にあるわけでもありません。いわば、太平天国の「同伴者」=「シンパ」なのです。
したがって、批判すべき部分は批判する、という形態が小説上で取り得るわけです。ただし、小説として正しい取扱いをしているのは、その批判が、近代的な価値観から行なわれてはいないこと(同時代的な批判がなされる)。
その点に、著者の手落ちはありません。

うねりを重ねながら、太平天国は挙兵、勃興、そして没落へと進んでいくわけですが、崩壊した原因として、小説では、
「太平天国が滅びるとすれば、あのはげしい内訌が最大の原因にかぞえられるだろう。内訌がおこるのは、権力闘争があるからで、権力にまつわる権益も少なくないことを物語っている。」
と、連理文の父親・連維材のことばとして語らせています。

幕末期とほぼ同時期に起った事件なのですが、太平天国の影響は、アヘン戦争に比較してほとんどないに等しいといっていいでしょう(高杉晋作が同時期、上海に渡航していた)。
はたして、明治維新に千年王国的な理想はあったのでしょうか。

陳舜臣
『太平天国』
集英社・陳舜臣中国ライブラリー(3)
定価 4,410 円 (税込)
ISBN4081540039

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