因幡屋ぶろぐ

劇評かわら版「因幡屋通信」主宰
宮本起代子による幸せの観劇記録。
舞台の印象をより的確により豊かに記せますよう・・・

ままごと第1回公演『スイングバイ』

2010-03-25 | 舞台

*柴幸男作・演出(1,2)。公式サイトはこちら こまばアゴラ劇場28日まで
 岸田戯曲賞を受賞した昨年秋上演の『わが星』は未見だが、大きな賞をとったあとの劇作家は他を寄せつけない勢いがあるのだろう。柴幸男作品の作品を上演するために『わが星』で旗揚げした「ままごと」第1回公演である本作(旗揚げ公演が第1回ではないのですね。ちょっとわからないのですが)は、公演チラシも二つ折りで、当日リーフレットも二つ折りの中にもう1枚出演者による座談会の記事があったり、チケットはタイムカードになっていて、観客は入退場のときに劇場入り口に設置されたタイムレコーダーに打刻することができる。会社のことを描いた作品であるらしく、出演俳優はどこかの社員風で、劇場ぜんたいを会社のフロアにする趣向である。「社員がこのあたりを走ることがあります」「わが社の社内報を回していただけますか?」など、開演前から社員になりきって客入れを行っている。柴氏じしんも「作・演出業務の柴です」と挨拶し、何と彼もほんの少しだが舞台に登場する。大変な気合いの入りようである。

 

 この段階で、今回の趣向に対する好みはわかれるだろう。座談会の記事を読むと、出演者の多くが柴幸男の過去の舞台をみて「自分も出たい!」とワークショップやオーディションに参加し、念願かなって本作に出演できた喜びに溢れており、その嬉しさ楽しさが開演前から結構なテンションの高さで客席に押し寄せてくる。可愛げのないことを言ってしまうと、自分はそっとしておいてほしいたちなので、少々わずらわしく感じられた。

 客席が演技エリアを両側から挟む形である。この会社のビルは地上2010階、地下300万階とのことで、具体的でリアルな会社業務というより、この世に人類が生れてから今日までの営みをひとつの建物のなかで描こうとしている。新入社員がいる一方で、退職者もいる。それが単に仕事をやめることなのか、人生を終えることなのかは曖昧であり、十何代にもわたってずっとビルの掃除をしている女性がいるということは、仕事は世襲制なのだろうかと思ったり、高校生の娘が下の階に下りて結婚する前の両親に会ってみる様子は、ちょっとした『バック・トゥー・ザ・フューチャー』風である。このビルが人類の生活のすべてのようであったり、でも家庭は家庭で別の場所にちゃんとあるようでもあり、若干ぜんたい的な整合性を欠くところもあるが、作品を楽しむことの妨げにはならない。狭い演技エリアをところ狭しと動き回る俳優たちの様子は入念な稽古に裏打ちされたものであり、作品を盛り上げようという熱意に満ちている。

 夫が定年を迎えた妻が、昔ふたりがはじめて社内であったときのことが描かれる場面、掃除のおばちゃんが、自分の仕事について上司から言われたことをずっと心に刻んで働いてきたことを語る場面が心に残る。働くこと、家族をもつこと、生きることが静かに、確実に伝わってくる美しい場面だった。

 本編前後に社員が次々とファイルを手渡しながらめまぐるしく動く場面が少し長すぎるように思えたし、終幕「これで終わる」と思ったがなかなか終わらないし、(たしか)最後に柴氏が登場してひとこと述べるのは、働く社員の一日の様子を描く趣向を締めくくるためだったのかもしれないが、ぜったい必要なものとは思えなかった。チラシに記載された柴氏の相当に長い挨拶文や、主人公の新入社員大石の台詞でじゅうぶん伝わっているのではないか。

 音楽と俳優の動き(ダンス、振付とも違う)を巧みに使って独特の劇世界を作り出す柴幸男の手腕はほかではなかなかみることのできないものである。しかし表現の奇抜であることに対して、言いたいこと、伝えたいことは地味で堅実な、普遍的なものであると思われる。さまざまに趣向を凝らす舞台も楽しいが、一度趣向抜きで描かれるものもみせてほしいと思う。

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