西村一朗の地域居住談義

住居・住環境の工夫や課題そして興味あることの談義

武内哲夫先生の思い出

2008-12-17 | 諸先生・諸先輩・同輩・諸後輩の思い出
一寸報告が「遅れた」が、武内 哲夫(たけうち・てつお=京都工芸繊維大名誉教授、元奈良女子大学・家政学部長、経済学)先生は12月4日午後9時4分、肝臓がんのため奈良県天理市の病院で亡くなられた、享年79歳。奈良県出身である。年齢は私より「一回り=12年」上である。

武内先生が、長年勤められた京都工芸繊維大学から奈良女子大学家政学部生活経営学科に移ってこられた時に私は同・住居学科にいたので、それ以来のお付き合いだった。先生は、京大農学部農業経済学科のご出身、何かの研究費が当たって研究仲間と共同で「地酒と地域経済の活性化に関する研究」のようなテーマに取り組まれた時、「全国の地酒を飲んで回ったが、報告書はついに書かずじまい」と伺ったこともある豪快な面をもつ先生だった。農協や生協のような「協同組合」を研究対象にしておられたと思う。

武内先生は、奈良女子大学家政学部から生活環境学部へと改組を決めた時の家政学部長であった。当時、教授会では、家政学部から何学部にするか、問題となっていた。最初は、武内先生は「無難に」、先行のお茶の水女子大学や大阪市立大学のように「生活科学部」を提案された。それに対して、私などは「奈良女大にはお茶大にない住居学科があること、お茶大や市大とは少しは違った特徴を持たせるべし」等で「生活環境学部」を強く主張し、「若手」の賛成も得て、そのようになった。

その後、文部省に出す「生活環境学部」への改組のための書類書きには随分苦労されたと思うが、後で読むと、ニ学科構成の意味づけなど武内先生の「思い」がこもっている感じがする。

大学のすぐ近くに住んでおられ、奈良女子大を退官された後も自転車に乗る武内先生をよくお見受けした。武内先生の後、私が四代後の学部長をすることになった時も道でお会いすると、色々励まして頂いた。

ひょっとして好きなお酒が遠因で肝臓がんになられたかもしれない。

ご冥福をお祈りしたい。




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