NEVER TOO LATE

この年齢になって、チェロを始めた、、、、、

合同演奏会ー2

2008年08月29日 | クラシック音楽
 はじめて指揮者の元で弾いた感想を中心に少し。
今回の演奏会は、子ども達からおばあちゃんまで、
また、初心者からかなりのキャリアを積んだ先生方まで、
質の違う演奏者を最大100名も纏め上げていくという、
しかも、朝の9時から夕方5時近くまで大変やっかいな作業だったわけですが、
とても根気強く、また優しく指導してくださいました。
「このテンポ、早いと思う人?」「。。。。。」
「じゃあ、遅いと思う人?」「。。。」
「ほ~じゃあ、今のでいいということですね、ふんふん」
「ここだけは指揮棒見てね、あとは見なくていいから」
そんな調子で進行していきました。
わたしなんぞは、のだめで玉木君が演じたイメージを想像していましたから、
「チェロの後の方、その音、低い」「入るのが遅れています」
といった調子でやり玉に挙げられるのを覚悟していましたし、
あるいは往年の名指揮者のように指揮棒を折って帰ってしまうのでは、
と危惧していたのですが、我慢強く目をつぶって、ア、いや耳を塞いでくださったわけです。

 結論から言って、このやり方はとても有効で、
当然、何回か繰り返すうちにだんだんうまくいくようになり(もちろん日頃こういう練習をしていませんから)、
最終的にとても気分よくなっていったのです。
今回は弦楽合奏でしたが、これにフルートやトランペット、ティンパニーなどが入って
がんがんやったらいかに楽しいか、オーケストラの人たちの気持ちがよくわかった次第です。


合同演奏会ー1

2008年08月25日 | クラシック音楽
 昨日の雷雨が嘘のように晴れ渡った日曜日の会場です。

プログラムは以下の通り

Ⅰ部 ヴァイオリン独奏・弦楽アンサンブル
Ⅱ部 弦楽伴奏による協奏曲
 1.ヴァイオリン協奏曲第6番
 「調和の霊感」より第1楽章(A.ヴィヴァルディ)
 2.ブランデンブルグ協奏曲第5番
  第1楽章(J.S.バッハ)
Ⅲ部 斉奏・合奏
 1.オペラ座の怪人
 2.パッヘルベルのカノン
 3.千の風になって
 4.「となりのトトロ」よりさんぽ
 5.バッハのメヌエット第3番
 6かわいい小品メヌエット・ワルツ
 7.きらきら星変奏曲
Ⅳ部 一般の生徒による合奏
 1.翼をください
 2.カヴァレリア・ルスティカーナより間奏曲
V部 主に会員と門下生による合奏
 リュートのための古風な舞曲とアリア第3組曲(0.レスピーギ)
  1.イタリアーナ
  2.宮廷のアリア
  3.シチリアーナ
  4.パッサカリア

笛子軍団はⅠ部で、バッハの「シャコンヌ」を演奏し、
Ⅲ~Ⅴ部もチェロパートとして出ずっぱりでした。




総練習

2008年08月24日 | クラシック音楽
 土曜日、さっさと本業を休みにしてお昼からの総練習に参加しました。
私の予想をはるかに上回る人数が参加、3-4才のおちびさんから
80才!位のおばあちゃんまでざっと100名くらいでしょうか?
 何しろ、私は指揮者の元で弾くのは初めてで、こっぴどく叱られるのかと思っていましたから、
この人数に紛れてしまったのかセーフ。
指揮をされたO先生、実は私とは浅からぬ縁があったことがわかりました。
まあ、それはさておき。
笛子軍団「セレスト」も十八番のシャコンヌで参加したのですが、
その練習で、笛子先生が気合いを込めてスタートの合図をし、私も集中して第一音を出したのですが、
皆さんまったく違う曲を弾きはじめました。
一瞬、何が起きたのか、私は脳梗塞でも起こしてしまったかと思いましたが、
よく聞くと「ハッピーバースディ」のチェロ合奏版。
そう、実はこの日私の60才の誕生日(あ~あ)、誰が言い出しっぺかわかりませんが、
素晴らしい演奏で
お祝いをしてくださったわけです。まさにサプライズでちょっと大感激してしまいました。
皆さんありがとうございます!!!

残暑厳しき折

2008年08月22日 | チェロ
 朝夕、ようやくしのぎやすくなったとはいえ、
例年より早く梅雨は明け長い夏になり、加えて、
北京オリンピックのせいで空気がきれいで
その分陽射しがきついとか嘘のような話が飛び交うほど残暑は厳しく、
我が家の老犬はすっかりへたりこんでいます。
飼い主も似たり寄ったりですが。

そんななか、笛子先生個人レッスンへでかけてきました。
週末には、日本弦楽器指導者協会愛媛支部の主催による演奏会が控えていて、
これは名前からして、
日本プロゴルフ協会主催トーナメントに私ごときがのこのこでかけるのにも似て、
相当緊張しているのですが、一方で、どだい無理、無理という開き直りもあって、
さらに、笛子先生は「弾けるとこだけ弾けばいいのよ、他の人が弾いているし」
みたいな、妙に優しく緊張をほぐしてくださるものだから、
暑さのせいにもしてしまりのない日々を送っているというわけです。
とはいえ、メンバーのボーイングが揃わないといかにも格好悪いし、
そのあたりを中心に全曲さらってきました。
フ~どうしていつもぎりぎりになってなおバタバタしているんだろう?

早朝坐禅ー凛とした生活のすすめ(祥伝社新書) 山折哲雄

2008年08月14日 | 読書
 続けて読書。
その前に、ブログにはジャンルという項目がありますが、
驚いたことに宗教、教育という分野がありません。
この本はまさにそのあたりのことが書かれているのですが、
当てはまらないのです。仕方がないから最も近いと思われる言葉を探すと、
結果的にカタカナになってしまいました。
ジャンルの選択肢を見ると、韓流スターであったり、ゲームであったり、
むかつくとか、きいてきいてとか、ああ~とため息が出てしまいます。

 それはともかく、この本の冒頭は「自殺者三万人という異常事態」という
ショッキングな表題で、この本を手にした諸氏は何かしら「心」に関する
問題意識をお持ちなのだろうという書き出しで始まります。
ま、そのとおり。
で、坐禅でも組めばチェロが上達するのではという藁をもつかむ気持ちからではなく、
むやみに練習をするのではなく、集中力を養いたいことと、
ひたすら音をかき鳴らすのではなく「無音状態」というか、
「間」を意識したかったのと、もう一つはまぁ健康にもよかろうということです。
藤原真理さんがヨガをやっているということにも少し影響されているかもしれません。

 山折さんは禅僧でも導師でもないから、いってみれば勝手禅であると断り、
こちらが想像していた風景とはかなり異なった導入をされます。
具体的にはうまく足が組めなければそれでよし、雑念、妄想けっこう。
お茶を用意し、飲みながらでもいいとも。
まずは座って半分目を閉じゆっくり呼吸をすればそれでいいのだと。
後半以降は、今日の日本、日本人が抱える諸問題に言及されていますが、
それはまぁおおむねうなずける事ですからサラッと読み終え、
さっそく始めてみました。
いや、ただ見よう見まねですが、日頃そうした姿勢で座ることはほとんどないので、
実に落ち着きます。
 とにかく、やたら浅薄空疎な言葉が氾濫し、音の暴力にさらされているわれわれにとって、
朝のこの静けさは何にも換えがたい気分です。
まだ、うまく座れず、半跏趺坐もままなりませんが、続けてみたいと思っています。
 音楽に関していえば、短調の音楽が減ってきたことを嘆いておられます。
読んでみてください。

すべては音楽から生まれる(PHP新書)

2008年08月11日 | 読書
 気鋭の「脳科学者」の音楽論です。
脳科学という分野はよくわかりませんし、「脳を活かす勉強法」という題名の著者と聞くと、
なにやら眉唾っぽいものを感じるのは、僕だけかもしれませんが。
何しろ脳内には一千億個のニューロンが存在し、
つなぎ目にシナプスがあって、その間を数百の神経伝達物質が行き来している、
そしてこれらを研究しているといわれると、
僕の老化が進んだ脳内には一億個ぐらいはまだ残存しているのかしらと
不安になるわけで。
 それにしても、この方はすっかり音楽の魅力にとりつかれてしまったようです。
音楽はあらゆる芸術をつかさどり、
そればかりか生命原理と創造性の本質にも通じていると言い切ってしまうのですから。
「音楽なしで<生>をとらえることはできない」というニーチェの言葉まで引用して。
さらに、本当らしいのは、副題にー脳とシューベルトーとあることです。
難解な現代音楽でもなく、バッハやモーツアルトでもなく(もちろん言及されていますが)
シューベルトの「等身大」の「市井」の音楽に共感されています。
ちあきなおみにすら、、、、。
 
 ということで、決して難解な音楽論ではなく、
ぼけを防止するだとか、天才児を育てるクラシック云々という怪しげなものでもなく、
純粋にすっかり音楽ファンになってしまった脳科学者のエッセイと考えればいいかと思います。

合同練習~指揮者

2008年08月11日 | チェロ
 虫のブログみたいになってきましたが、
田舎町に住んでいてもきょうびなかなか遭遇できないので、
ついつい嬉しくなってしまいます。
花が咲いたり、実がなったり、虫が訪ねてきてくれたり、、、、。

 さて、自慢ではありませんが、指揮者の元で演奏したことはありません。
日頃の合同練習は正面に座る笛子先生の演奏をちらっと見ながらついて行っています。
ライブにしても、テレビなどにしても、たくさん演奏会風景を見てきましたが、
どう見ても本番では演奏家はあまり指揮者を見ているように思えません。
そもそも、振ると面食らうと呼ばれた大指揮者フルトヴェングラーを例に出すまでもなく
見ていたらかえってわからなくなるような指揮も多いし、
特に指揮者より低い位置に座っている弦楽器奏者にとって、
演奏しながら楽譜から目を離しタクトを見るのはよほど自信がないと、、、、。
結局、本番前の練習でどう演奏したいか、どこに問題があるか、すでに伝えてあるのでしょう。

 10日の日曜日、その指揮者との練習があったのですが、残念なことに参加できませんでした。
で、軍団の情報によると、予想以上にレスピーギは速い!!!ついていけない、らしい。
次は本番の前日にある一回だけ、
ドキドキ、ワクワク、そして大失敗してしまうんだろうなというたしかな予感、、、、。

立秋

2008年08月08日 | チェロ
 今年は梅雨明けが早くとりわけ長く感じる夏でしたが、
暦の上では立秋、久々に雨も降りほっとした気分です。
写真は、裏庭でみつけたクマゼミ、
南方系の蝉ですから、今が真っ盛り、朝っぱらから元気に鳴いています。
近くの山は、山全体が鳴いているみたいです。
その声は、表現しにくいのですが、
ミンミンゼミの泣き声を早送りするとほぼ一致するのだそうです。
そういわれればそうだ。
それにしても、蝉はなんで鳴くんだろう?疲れるだろうに、
自分の歌声に酔っているのかしらん。

 で、そんな水曜日、笛子先生のレッスンを受けました。
1ヶ月ほど前、突然なんだかうまくなった気がして、なぜ?と思っているうちに、
次の日にはその感覚は忽然と消えてしまったという経験をしました。
今回、笛子先生は右手のことを随分教えてくださいました。
「長い音はもちろん短い音でも膨らませて」
「しっかりクレッシェンドして」
「その音はえぐるように、汚くなってもいいから」
「弓を長く大きく使うところと、少しだけ使うところ、よく考えて」
「そこはとなりの部屋からやっと聞こえる話し声くらいの感じで」
「そこは、弦に触らないくらいで弾くの、、」は~~?
などなどなどなど。
と、その時、あの感覚が蘇ったのです。
要するに、左手を意識していない。
表現することに集中していると、いつも気にしている音程とかポジションの事は
すっかり忘れてしまっているわけです。
でも、まあまあできているわけです。
「まぁ、あとは勢い、気合いです」
ちょっと嬉しい気分で帰途につきました。

巨匠達のラストコンサート

2008年08月05日 | 読書
 暑さを表現する言葉はたくさんあるようですが、やはり「猛暑」がぴったりのこの頃。
この季節、なぜか読書したくなります。
昔の夏休みの宿題の習性が残っているのか、あるいは、
緑陰で、とまではいかなくても涼しい部屋で過ごす時間が増えるからでしょうか?

 さて、この本、クラシック演奏家の最後のコンサートにまつわる(だけではない)
エピソードが丹念に書かれています。
最後のというのは本人も聴衆もそれを知ってのコンサートでありファイナルであろうけれど、
結果的に最後になった場合、ラストだろうという風に述べられています。
たしかに、指揮台で倒れたという話は少なくないですし(最近ではシノーポリ)、
クラシック演奏家は肉体的に驚くほど壮健で高齢にもかかわらず世界を飛び回って演奏を続け
あまり引退をほのめかしませんから結果的にそうなるのでしょう。
何度もやる「店じまい」じゃあるまいし、
さよならコンサートと称して、集客を狙うアイドル歌手などとは次元が違うのは当然として、
音楽にかける気迫は鬼気迫るものがあります。
カラヤン、バーンスタイン、リパッティから、昨年のロストロポーヴィッチまで、
同時代のまさに巨匠が取り上げられていますし、感慨もひとしお。

 この歳でチェロと格闘している身にとって、いつまで弾けるのかを思うことも少なくありませんから、
興味深く読ませていただきました。
書きたいこと、たくさんありますが、手に取っていただくのが一番でしょうね。