公事方御定書の制定
江戸の統治と、裁判に係る、重要な法典である。
江戸幕府の法実務は先例主義に立っていたので、過去の触れ、達し、裁判例を集めた編集物が、作られた。たとえば、町奉行・寺社奉行・勘定奉行がまとめた「牢帳」は、その素材となっている。なぜなら、奉行職は、幕府の裁判権を分掌し、実行機関であったから。
さらに、前述のように諸藩の自分仕置については、幕府法に準ずるとされたので、幕府は、諸藩からの法務・政務に関する問い合わせに回答するという、義務を負い、それを真面目にこなしたため、相当な問答例が蓄積され、『三奉行問答』などが、編集された。
なお、公事方御定書は、刑罰の具体的な内容が市井に広まると、法の威嚇効果は望めなくなると、秘密法典とされたが、実際には、写本が流出し、諸藩や民間に広がった。だが、評定所は民間での出版禁止や、吏員への貸出など、「法の奥を民に知らせず」の思想を貫いた。
以上
江戸の統治と、裁判に係る、重要な法典である。
江戸幕府の法実務は先例主義に立っていたので、過去の触れ、達し、裁判例を集めた編集物が、作られた。たとえば、町奉行・寺社奉行・勘定奉行がまとめた「牢帳」は、その素材となっている。なぜなら、奉行職は、幕府の裁判権を分掌し、実行機関であったから。
さらに、前述のように諸藩の自分仕置については、幕府法に準ずるとされたので、幕府は、諸藩からの法務・政務に関する問い合わせに回答するという、義務を負い、それを真面目にこなしたため、相当な問答例が蓄積され、『三奉行問答』などが、編集された。
なお、公事方御定書は、刑罰の具体的な内容が市井に広まると、法の威嚇効果は望めなくなると、秘密法典とされたが、実際には、写本が流出し、諸藩や民間に広がった。だが、評定所は民間での出版禁止や、吏員への貸出など、「法の奥を民に知らせず」の思想を貫いた。
以上