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「#Me too」から見える、文化の違い

2018-01-29 11:12:07 | アラカルト

ハリウッドから起きた「#Me too」の動きは、大西洋を飛び越えフランスにまで話題が及んだ。
インターネット時代の、情報の伝達力だと思う。
ハリウッドでの「#Me too」とフランスでの受け止め方の違いに、文化の違いがあるのでは?という、気がしてきた。

ご存じの通り、ハリウッドで始まった「#Me too」に対して、「違うんじゃない?!」と疑問を呈したのは、フランスの大女優・カトリーヌ・ドヌーブだった。
彼女の「口説く自由がある」というのは、一理だと思うということは、拙ブログでも以前エントリさせていただいた。
しかし、ハリウッド側は「口説く自由」に対して、反発をしているようだ。

確かに、「#Me too」の始まりは、ハリウッドの大物プロデューサーによるセクハラだった。
大物プロデューサーが、若い新人女優に対して性的関係を迫ったという告発が、始まりだったと認識している。
その後次々と、大物女優と呼ばれるような女優さんたちも「同様の経験を迫られた」と、告発。
そればかりか、男優さんまで「#Me too」で同調をしたことで、より大きな話題となった。
そのような動きに対して、カトリーヌ・ドヌーブさんは「口説く自由がある」と、言ったのだった。

ハリウッドもフランス映画界もそれほど大きな違いが無いのでは?という気がしながら、「なぜこれほどまでに、反応が違うのだろう?カトリーヌ・ドヌーブさんもお若いころは、このような経験はなかったのか?」と、疑問に思ったりした。そしてもしかしたら社会文化の違いなのでは?という気がしたのだ。

あくまでも個人的なイメージなのだが、「口説く自由があるなら、断る自由もある」というような自由な恋愛観(あるいは男女関係観)を持っているのがフランスで、かつての米国の煙草の広告「マールボロ」に表現されるのようなカーボーイ文化が恋愛観にも反映されているのがハリウッドなのでは?という気がしたのだ。

違う言い方をするなら、フランスにおける男女関係の主導権は女性側にあるのでは?という気がしたのだ。
だからこそ、カトリーヌ・ドヌーブさんは「口説く自由がある」と、余裕のある?発言をされたのではないだろうか?
一方、ハリウッド側(というか米国社会)の潜在的な男女関係というのは、上述した「カーボーイ文化」に支配されているのではないのか?ということなのだ。

「カーボーイ文化」というのは、米国の西部開拓の頃のような「強い男性、それに従う女性」という社会文化のことだと私は考えている。
「強い男性像」というのは、時にはプラスのイメージになる。
それは「家族を守り、地域社会の安全を守る」というイメージだ。
横道にそれるが、おそらく全米ライフル協会がイメージする「アメリカの家庭」は、このような男性像を基にしたアメリカの家族であり、その家族を守るために銃の所有を認める必要がある、ということなのだと考えている。
その一方で、「強い男性」は「乱暴で粗野、教養がない」というイメージもある。
特に、お金を持った(あるいは権力を持った)「乱暴で粗野な男性」の女性観に対する反発が「#Me too」だったのではないだろうか?

そう考えると、カトリーヌ・ドヌーブさんの言い分もハリウッドの「#Me too」の動きも、良く分かるような気がするのだ。