「日本家屋構造」の紹介-6・・・・柱杖・尺杖:矩計(かな ばかり)

2012-05-26 11:51:01 | 「日本家屋構造」の紹介
 
[文言追補 15.35][表の欠落を復旧しました 27日 7.00]

今回は、「家屋各部乃名称 第三 柱杖及各部の合印 第十七図」。

注解では、字句の「読み」と、その語についての「日本建築辞彙(新訂)」の解説を転載します([  ]で囲います)。
さらに補注として、別途解説をつけます(その文責は筆者にあります)。

はじめに当該個所。大きい版にしてあります。

内容を現代語で要約すると、次のようになります。

標題「柱杖及各部の合印 はしらづえ および かくぶの あいじるし」
              「合印 あい じるし 「二枚の布を縫い合わせるために付ける目印」(新明解国語辞典)、
              要は「目印」「記号・符号」。

「柱杖(はしら づえ)」とは、一寸~一寸四・五分角ほどの角材に、各「仕口(し くち)」の位置、
各部の高さを記した棒のこと。「間竿」とも言う。「建地割(たて ぢ わり)」あるいは「矩計(かな ばかり)」とも呼ぶ。
角材の一面には、建てる建物の各部の高さを、他の面には縁側や便所などの高さを原寸で記入してある。
記入には「符号」が用いられ、一例が左表(上の表)である。

  注 柱杖 はしら づえ [尺杖(しゃく づえ)に・・・建物中の各部の位置を盛り付けたるもの。
                間竿、間棹(けん ざお)」に同じ。]
    尺杖 しゃく づえ [木製の方形なる棹(さお)に目盛したるものにて、長さは六尺より四間位まであり。
               それに一尺ごとに目盛をなし、距離を測るに用う。]

    「矩計」の意味は、「縦方向の『矩』」を示す「物差し」。
      下の注(再掲)参照
       規矩準縄 き く じゅん じょう
       規:ぶんまわし、円形を描くための道具=コンパス。
       矩:差金、指金(さしがね)。直角(L形)状につくった物差し(物指し)。
          曲尺・曲金:まがりがね とも呼ぶ。
       準:水盛り(みず もり)。水平を調べる道具、水準器。水計り(みず ばかり)とも呼んだ。
       縄:墨縄(すみ なわ)、墨糸(すみ いと)。直線を印すために用いる糸。
          水平を見るときに張る糸は「水糸(みず いと)」。

       「縄」が、「基準」:規範、法則の語源。
     
  次に続く「建地割りのことは既に製図編・・・」については、今回は触れません。

以下の説明のために、先に掲げた軸部を囲った断面図を再掲します。


「建物の総高さ」は、「土台の下端~軒桁上端:峠までの高さ」をいう。
  注 「惣」:「(そう)」の俗形の「揔」を誤まって伝えた字。
     「(そう)」は「總(そう)」=「総」の別体(「新漢和大辞典」による)。
  注 「峠」 とうげ [最高点をいう。「桁の峠」「迫持の峠」など。]

  補注
    現在では、「土台の上端」~「横材の上端・天端」を指示するのが一般的と思われます。
    また、ここでいう「総高さ」は、木工事を進めるために設定する寸法です。
    法令が、申請書類へ記入を規定している高さなど各種の寸法は、
    工事を行なう場面を考慮していません。
    法令規定の寸法だけを記入した図面は、現場で工事用に計算しなおしているのが現状です。
    設計図には、工事を進めるために必要な寸法を記入しなければなりません。
       つまり、法令が望む寸法を記入した確認申請用の図面は、設計図にはなりません

「床板」は桁行の「地貫」上端に載せ掛け、その上に「敷居」を取付ける。

  注 これは一方法にすぎません。
    また、この手法を採るためには、厚い貫が必要です(後注参照)。
  補注
    明治期には、現在のような立上がりを設ける「布基礎」はありません。
    床を高い位置に設けるためには、「大引」を据え「根太」を掛ける方法が一般的で、
    「根太」の端部を掛けるためには柱列に添い「根太掛け」を設けるか、
    「足固め」を設ける場合は、上図のように「足固め」に「根太」型を彫って、掛けるのが一般的です。

    参考 布基礎が生まれた経緯について、下記で触れています。
    「在来工法はなぜ生まれたか-3
    「在来工法はなぜ生まれたか-3の補足

「敷居」の丈:高さ=厚さは畳の厚さとし、その上端から、所定の「内法高さ」を計って「鴨居」の位置を決める。
「内法貫」は、「鴨居」の上端より五分(約15mm)くらいの空きをとり差し、「地貫」との間に「胴貫」を二通り差す。
「天井貫」は、「回り縁」の上端に揃えて差し、その上部に多少の空きをとった位置を「軒桁」の位置とする。
これらの位置と寸法を、「柱杖」に、図のような符号で記す。
「尺杖」には、三尺、六尺ごとに目盛を記す(目盛の符号は省略)。
  注 上の図には「天井貫」は記入されていません。

  補注1 
    「尺杖」は「指金」では計れない寸法を測るために作成する道具です。
    「柱杖」「尺杖」は、木材の加工に使った後、建て方の現場で使用します。
    「尺杖」は、常備されている場合もありますが、「柱杖」は、建物ごとにつくられます。

    なお、「日本家屋構造」には、各種部材の寸法は示されていません。

  補注2
    「日本家屋構造」の家屋の事例は、主に、近世の武家の住宅が下地になっている、と考えられます。
    近世の武家住宅のモデルは、いわゆる「書院造(しょいん づくり)」と言ってよいでしょう。
    「書院造」の「矩計」や柱間隔や部材の寸法などの「規範」は、「匠明」の記述にあるとされています。
    「匠明(しょう めい)」については、下図中に簡単な説明があります。   
    「匠明」の記述を図にしたのが下図です。

    「内法高さ」の測り方が、「日本家屋構造」の測り方とは異なりますので注意してください。[追記]
    
    一方、現存する「書院造」の「矩計」から、諸寸法をまとめたのが次表です。
    [以下追補 15.35]
    いわゆる「書院造」の部材寸法は、次表のように、決して大きなものではありません(一般の住居も同じです)。
    また、これらの事例で使われている「貫」の寸法(柱径に対する比率)は、
    「貫」工法で使われる「貫」の標準的な数値である、と考えてよいでしょう。
    明治期の一般的な家屋の部材寸法は、下表の「修学院・中御茶屋」程度であった、と思われます。
    柱寸法が3寸5分角(約10.5cm)以下になったのは、第二次大戦後の現象です。
      この点について、建築史家・桐敷真次郎氏が「耐久建築論」で詳しく触れています。
    なお、数値は「仕上り」の状態の寸法を示しています。(追記 27日 7.00)

    この表で分るように、「匠明」が示している諸寸法は、実際の「書院造」の諸寸法と、
    数値が大きくかけ離れています。
    それゆえ、「匠明」が「規範」であった、と考えるには無理があるように思います。
       なお、この図・表は、講習会用に筆者が作成した*ものですので、文責は筆者にあります。
       *「伝統を語る前に・・知っておきたい日本の木造建築工法の展開」テキスト
    参考として、「書院造」の代表とされる「園城寺 光浄院・客殿」の矩計の実測図を載せます。
    この図は「日本建築史基礎資料集成 十六 書院造Ⅰ」所載の図を編集したもので、同講習会資料の一です。

 
  注 建物名の読みと本ブログ内での関連記事を載せます。
   東福寺龍吟庵方丈(とうふくじ りょうぎんあん ほうじょう)
   慈照寺東求堂(じしょうじ とうぐどう)
   大徳寺大仙院本堂(だいときじ だいせんいん ほんどう)
   園城寺光浄院客殿(おんじょうじ こうじょういん きゃくでん)
     今回の内容と重複します
   同 勧学院客殿(かんがくいん きゃくでん)
   修学院中御茶屋客殿(しゅがくいん なかのちゃや きゃくでん)

次回は「継手」の解説の項に入ります。

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1 コメント

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とても参考になります (ishi goro)
2012-07-07 02:24:09
 かつて、民家建築の解体をする前に、修復家が大工さんに命じたのは、「すべての矩計と、柱間を尺杖に写せ」ということでした。
 計画と実際の施工とは誤差があるので、誤差を含んだ数値を生け捕りにしておかなければ、組み立てるときに色々と面倒になるからでしょう。
たとえば、新築なら柱を先に加工してから敷居鴨居の仕口は柱の歪み(かゆみ)をヒカリ付けて加工しますが、古建築の場合先に敷居と鴨居の仕口が決まっています。厳密に測ると、敷居と鴨居の胴付長さは結構違っている物です。柱を垂直に直して建ててしまうと、仕口が合わなくなる箇所が多々出て参ります。


 私は古井家住宅を担当された修復家に尺杖の大切さを教えていただきましたが、今この尺杖をつかって施工するということが全く忘れ去られています。

 プレカット時代には必要なくなったのでしょうか。
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