日々・ひび・ひひっ!

五行歌(一呼吸で読める長さを一行とした五行の歌)に関する話題を中心とした、稲田準子(いなだっち)の日々のこと。

母方の祖父母の墓参りへ。

2008年02月24日 | その他の日々
ちゃんと目覚めて8:00にはチェックアウト(素晴らしい!自画自賛!)。

日差しはもう春だったけど、
昨日からの春一番ですか?すごかった。

お土産を入れる前で、軽かったとはいえ、
母親から譲り受けたキャリーバックが浮くほど。

確か去年もすごかった。風が。その冷たさが。
「雨じゃないだけ、ありがたく思え!」とでもいうように。

強風が吹いているということは、
電車のダイヤが乱れているということ。
長い長い電車の待ち時間。さぶさぶさぶさぶ……。

スムーズならば、溝の口~鎌倉は、
一時間ほどのはずだったが、一時間半かかった。

幸いにも、バスは丁度のタイミングで来てたけど。
飛び乗って、鎌倉霊園へ。

     ★

鎌倉のお墓は、
母方の祖父母が眠ってる。

私が小学2年の時に祖母が、3年の時に祖父が亡くなった。

祖母がなくなった後、祖父は、
長男夫婦(私からは叔父さん)が住んでいる横浜で同居を始めたが、
一年もしないうちに、亡くなって、
祖父母にとっては、縁もゆかりもないけれど、
なぜか鎌倉で眠ることに。

その長男夫婦も、いろんな事情から、
千葉の成田に移り住み。

きっと、雑草とか一杯生えているんだろうな、と想像して、
軍手とか、ゴミ袋とか、
いろいろ持参して行ったのだけど。

思いのほか、お墓は綺麗だった。
管理所がそういう清掃もやってくれるのかな?と、
一瞬思ったけど、
お隣の墓が、枯れ草ぼうぼうだったので、
結構きているんだ、と、静かに感動する。

それにしても、霊園って、ホント広い。今も拡大中なのかな。

今は霊園のその景色にも慣れたけど、
祖父が死んで、
初めて「霊園」なるところへ来た時は、
子供心に、「公園?」と錯覚した。

それまでに、父方のお墓をおまいりに行ったことがあったけど、
そっちがわのお墓は、
おばあちゃんちの裏の山の一部を、
間借りしていますって感じだったんで、
先祖に手を合わせながらも、
なんだか山を拝んでいるような感じがして、
不思議な感覚があったんだけど、
「霊園」にあるお墓って、石碑でありながら、
「人口」って感じがして、
拝んでも拝んでも、何か、こう、拡がっていかない。

それにしても、お盆とか土日などの、
忙しいときだけとはいえ、
バスが巡回してくれているんだから、
ほんと「町」みたいだ。

     ★

私と祖父母との関係は、距離があった。
っていうか、かわいがってもらったと思うけれど、
大阪と愛媛で離れていたし、
常日頃から関わっていない分、
親しい気持ちは持てず、
常に、ある一定の緊張感を持って接していた(少なくとも私は)。

祖父母がなくなってから、大分経って、
その人生のうねりを母親から聞いてからのほうが、
親しみが湧いている。

祖父が亡くなった時、いつも持っていたかばんから、
離婚届が出てきたとき、
母の兄弟たちは、驚いたというか、
「やっぱり」というか、なんともいえない気持ちになったのだそうだ。

その祖父が我慢に我慢を重ねた祖母の気質は、
とても私に似ていると思え(笑)

もしかすると夫も、
離婚届をお守り代わりに持ち歩いているかもしれないと
時々想像したりする(笑)

きれいにして、仏花を刺して、拝んで
(強風で、お線香の火がなかなかつかず、
『マッチ売りの少女』みたいで、泣きそうになりました……)。

「写真撮るけど、出てこないでね」と、
一言断ってから、
写メして、母親に送る。

       
            ホント、ニュータウンぽいよな。霊園って。

お墓を後にして、バス停へ戻る。
ベンチに座って、人がいないことをいいことに、
朝食では食べきれなかった菓子パンを食べ始めた。

理路整然と並んだ、死を背景に、
なんとも猥雑な一個の生になって、むしゃむしゃと。

お昼にグルメなお店に入る時間を省いて、
ちょっとでも長く、鎌倉の観光に時間を当てるため。

なんせ、強風のため、
調べてきた電車のダイヤは、なんの役にも立ちそうにもなく、
そこんところを計算に入れながら、観光しなくちゃいけなくて(泣)

というわけで、『ミニミニ鎌倉観光』へ、つづく。

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