「予約で来たんちゃうんです!ただの通りがかりなんです!」
そのタクシーの運ちゃんの言っている意味を理解するのに、
三回ぐらい聞いたような気がする。
ここは、新年のとある宗教団体のある道すじ。
バスを待てないお客さんは、きっといる。
そう考えて、ここまで流してきたのだと、
タクシーの運ちゃんは言う。
あほちゃうか。このタイミング。
おろおろするご婦人。
えぇえぇ、あなたを降ろすわけには行かない。
「これに乗って、行って下さい。予約の車は、私がなんとかしますから」
これでバスが先に来たら、
私はめっちゃアホかもしれんなぁ、
いや、タクシーに乗ったとしても、
これはこれで、アホなような気がする。
どっちに転んでも、アホや……と思いつつ、
もとのバス停の場所に戻っていく。
真の予約車は、
ご婦人が乗っていったタクシーの、
大体5台後ろだった。
「稲田さーん!」
予約車のタクシーの運ちゃんが、
窓を開けて、バス停に向かって、声をかけた。
と、同時に、バスのエンジン音が聞こえだした。
とある宗教団体の場所を間借りして、
終着点であり、始発点でもある駐車場に、
おとなしく停まっていたバスが、
目が覚めた犬のように、
ガルルガルルともブルルブルルとも言えるような音を立てて、
今にもベンチに座っている人たちの前に、
移動しようとしている。
タクシーの方を、断る、という選択肢も、あったかもしれない。
が、なんだか、それはそれで、気の毒なような気がしてならない。
それに、このまま、しれっと、何事もなかったかのように、
バスに乗り込んで、いろいろと胸の中で咀嚼するのも、どうだろう。
事の顛末を、タクシーの運ちゃんにしゃべりながら、
駅へ向かうほうが、陽気な感じがしたので、
「お願いします」とタクシーに乗り込んだ。
★
行き先のF駅を告げてから、
「もうちょっと、早く来てほしかったなぁ」
と、切り出して、事情を説明した。
後ろからは、バスがついてきている。
F駅まで、240円のバスが。
静かにタクシーの運行料金のメーターが、変わる。
進めば進むほど、心なしか、早い間隔で、変わっているような気がする。
「まぁね、おたくさんところは、一台でふたりお客さんを乗せるところを、
一台ずつに振り分けれたんだから、
会社的には、ラッキーなんでしょうけれどねぇ~」
イヤミのつもりではなかったけれど、
結果的に、イヤミに響いた。
運ちゃんが、返事に窮していたからだ。
ご婦人は、私と関わったことで、ラッキーってことになるんだろうか。
結局、そんなに大差なく、バスは来た訳なんだけど。
そんなことを考えて、少し沈黙していたら、
「いいことをしたらね」タクシーの運ちゃんが切り出した。
「ひとついいことをしたらね、ふたついいことがかえってきますよ。
そういう風に、世の中はできてますから」
豊かにその言葉は、私の中で響いた。
今年最初の、信頼できる、やさしく温かい言葉だった。
いいことのつもりで、したわけでは、全くないが。
波立ったり、手で撫でられたり、爪楊枝でさされたり(いや、実際はさされてないが)、
何かと激しかった胸の内が、
その言葉を聞いて、落ち着きを取り戻し始めた。
★
F駅が見えてきても、タクシーはなかなか前に進まなかった。
宗教団体の人たちと関係あるのかないのかわからないけど、
駅へ向かう車で、道は渋滞していた。
あとひとつ、信号を通過したら、
駅前につくけど、赤信号が立ちはだかったので、
「ここで降ります」と告げた。
値段は、1980円ぐらいだったかと思う。
なんとなく、2000円台になりそうな気がしたので、ここで、と。
それに、長々と停まっている、フェンス(?)の向こうの、
この駅発の準急が、もうじき出て行きそうな気がして、
どうせなら、走った結果、間に合わないほうが、
まだ納得できる気がして。
闇雲に、全力で走って、
ホームにぶら下がっている出発時間を確認したら、
通過待ちがあって、あと2分ほど余裕があった。
タクシーで赤信号を待って、
駅の出入り口の近いところで降りて、
小走りで走っても、間に合ったかもしれないな、と、
ぜぃぜぃはぁはぁ言いながら、
テキトーな車両の出入り口の端で思ったりした。
でも、最後の方で、
私が乗っていたタクシーの間に、
いつのまにか、何台かはさんで、
後ろの方になっていたバスでは、
この電車に間に合ってなかったな、と、
出発し始めた、電車の窓から、
まだ停留所に到着していないバスを見かけたとき、
にんまりとそう思った。
さて、あのご婦人は、どうなったのか?
★
電車の終点について、階段を降りる途中で、
少し先を歩いている、ご婦人を見つけた。
この電車よりも、1本早いので乗ったのかもと、
思っていたけど、どうやら車両だけが違っていたようで。
まぁそれでも、今の時点で、
ハイウェイバスの時間までに、あと20分近くある。
大丈夫だ。間に合う。
20分あれば、
バスに乗って、これより一本遅い電車に乗っても、
間に合ったかもしれないが、ヒヤヒヤもの。
余裕なく、ギリギリ走って……というかたちになってただろう。
タクシーで、正解だったんだ。
追いかけて、
「間に合いそうですね」と後ろから声をかける。
ご婦人は、驚いた後、私にお礼を言ってくれた。
そして、
「後からのタクシーに乗ったんですか?それなら、お代を払わないと……」
と、かばんに手を入れ始めた。
『ひとついいことをしたらね、ふたついいことがかえってきますよ。
そういう風に、世の中はできてますから』
タクシーの運ちゃんの言葉が甦る。
こういうことで、ふたつのうちの、ひとつを使っちゃう?
使っちゃうの?私。
「いいえ、いいえ。お気持ちだけで、結構ですから」
では、急ぎますので、と、軽く会釈して、ご婦人の前を追い越して、
地下鉄の駅の方へと歩いていった。
★
あれからもう、8ヶ月。
今でも、タクシーの運ちゃんの言葉が、
時々甦る。
私の身に、ふたつのいいことは、起こったんだろうか。
イヤなことばかりが目に付いて、気づかなかったかもしれないし、
大どんでん返しのようなものを、求める余り、
ささやかで、当たり前すぎて、
感謝もせず、素通りしたかもしれない。
このことかも、あのことかも。
いや、まだ、ひとつも起こってはいないのでは。
その時その時のコンディションで、
ふたつのいいことは、立ち現れたり、沈んでいったりする。
実際にあったって、なくったって、本当の本当のところは、
実はどうでもいいことかもしれない。
だけど、間違いなく、
この具体的に自分が起こした行為について、
誰かがそう言ってくれたことの事実は、
自分が閉じているときも、開いているときも、
「明日」という方向を指し示していてくれた。
にんじんを頭からぶら下げて、
食べよう食べようとして、
走るパン食い競争風な、お馬ちゃんのように。
にんじんを、ふたつのいいことだけを見つめて、
ここまで来たんだ。
★
あぁ~、もうだめ。目が痛い。
今度はいつ書くことが出来るでしょう。
でも出来れば、8ヶ月以上はあけたくないです。
そのタクシーの運ちゃんの言っている意味を理解するのに、
三回ぐらい聞いたような気がする。
ここは、新年のとある宗教団体のある道すじ。
バスを待てないお客さんは、きっといる。
そう考えて、ここまで流してきたのだと、
タクシーの運ちゃんは言う。
あほちゃうか。このタイミング。
おろおろするご婦人。
えぇえぇ、あなたを降ろすわけには行かない。
「これに乗って、行って下さい。予約の車は、私がなんとかしますから」
これでバスが先に来たら、
私はめっちゃアホかもしれんなぁ、
いや、タクシーに乗ったとしても、
これはこれで、アホなような気がする。
どっちに転んでも、アホや……と思いつつ、
もとのバス停の場所に戻っていく。
真の予約車は、
ご婦人が乗っていったタクシーの、
大体5台後ろだった。
「稲田さーん!」
予約車のタクシーの運ちゃんが、
窓を開けて、バス停に向かって、声をかけた。
と、同時に、バスのエンジン音が聞こえだした。
とある宗教団体の場所を間借りして、
終着点であり、始発点でもある駐車場に、
おとなしく停まっていたバスが、
目が覚めた犬のように、
ガルルガルルともブルルブルルとも言えるような音を立てて、
今にもベンチに座っている人たちの前に、
移動しようとしている。
タクシーの方を、断る、という選択肢も、あったかもしれない。
が、なんだか、それはそれで、気の毒なような気がしてならない。
それに、このまま、しれっと、何事もなかったかのように、
バスに乗り込んで、いろいろと胸の中で咀嚼するのも、どうだろう。
事の顛末を、タクシーの運ちゃんにしゃべりながら、
駅へ向かうほうが、陽気な感じがしたので、
「お願いします」とタクシーに乗り込んだ。
★
行き先のF駅を告げてから、
「もうちょっと、早く来てほしかったなぁ」
と、切り出して、事情を説明した。
後ろからは、バスがついてきている。
F駅まで、240円のバスが。
静かにタクシーの運行料金のメーターが、変わる。
進めば進むほど、心なしか、早い間隔で、変わっているような気がする。
「まぁね、おたくさんところは、一台でふたりお客さんを乗せるところを、
一台ずつに振り分けれたんだから、
会社的には、ラッキーなんでしょうけれどねぇ~」
イヤミのつもりではなかったけれど、
結果的に、イヤミに響いた。
運ちゃんが、返事に窮していたからだ。
ご婦人は、私と関わったことで、ラッキーってことになるんだろうか。
結局、そんなに大差なく、バスは来た訳なんだけど。
そんなことを考えて、少し沈黙していたら、
「いいことをしたらね」タクシーの運ちゃんが切り出した。
「ひとついいことをしたらね、ふたついいことがかえってきますよ。
そういう風に、世の中はできてますから」
豊かにその言葉は、私の中で響いた。
今年最初の、信頼できる、やさしく温かい言葉だった。
いいことのつもりで、したわけでは、全くないが。
波立ったり、手で撫でられたり、爪楊枝でさされたり(いや、実際はさされてないが)、
何かと激しかった胸の内が、
その言葉を聞いて、落ち着きを取り戻し始めた。
★
F駅が見えてきても、タクシーはなかなか前に進まなかった。
宗教団体の人たちと関係あるのかないのかわからないけど、
駅へ向かう車で、道は渋滞していた。
あとひとつ、信号を通過したら、
駅前につくけど、赤信号が立ちはだかったので、
「ここで降ります」と告げた。
値段は、1980円ぐらいだったかと思う。
なんとなく、2000円台になりそうな気がしたので、ここで、と。
それに、長々と停まっている、フェンス(?)の向こうの、
この駅発の準急が、もうじき出て行きそうな気がして、
どうせなら、走った結果、間に合わないほうが、
まだ納得できる気がして。
闇雲に、全力で走って、
ホームにぶら下がっている出発時間を確認したら、
通過待ちがあって、あと2分ほど余裕があった。
タクシーで赤信号を待って、
駅の出入り口の近いところで降りて、
小走りで走っても、間に合ったかもしれないな、と、
ぜぃぜぃはぁはぁ言いながら、
テキトーな車両の出入り口の端で思ったりした。
でも、最後の方で、
私が乗っていたタクシーの間に、
いつのまにか、何台かはさんで、
後ろの方になっていたバスでは、
この電車に間に合ってなかったな、と、
出発し始めた、電車の窓から、
まだ停留所に到着していないバスを見かけたとき、
にんまりとそう思った。
さて、あのご婦人は、どうなったのか?
★
電車の終点について、階段を降りる途中で、
少し先を歩いている、ご婦人を見つけた。
この電車よりも、1本早いので乗ったのかもと、
思っていたけど、どうやら車両だけが違っていたようで。
まぁそれでも、今の時点で、
ハイウェイバスの時間までに、あと20分近くある。
大丈夫だ。間に合う。
20分あれば、
バスに乗って、これより一本遅い電車に乗っても、
間に合ったかもしれないが、ヒヤヒヤもの。
余裕なく、ギリギリ走って……というかたちになってただろう。
タクシーで、正解だったんだ。
追いかけて、
「間に合いそうですね」と後ろから声をかける。
ご婦人は、驚いた後、私にお礼を言ってくれた。
そして、
「後からのタクシーに乗ったんですか?それなら、お代を払わないと……」
と、かばんに手を入れ始めた。
『ひとついいことをしたらね、ふたついいことがかえってきますよ。
そういう風に、世の中はできてますから』
タクシーの運ちゃんの言葉が甦る。
こういうことで、ふたつのうちの、ひとつを使っちゃう?
使っちゃうの?私。
「いいえ、いいえ。お気持ちだけで、結構ですから」
では、急ぎますので、と、軽く会釈して、ご婦人の前を追い越して、
地下鉄の駅の方へと歩いていった。
★
あれからもう、8ヶ月。
今でも、タクシーの運ちゃんの言葉が、
時々甦る。
私の身に、ふたつのいいことは、起こったんだろうか。
イヤなことばかりが目に付いて、気づかなかったかもしれないし、
大どんでん返しのようなものを、求める余り、
ささやかで、当たり前すぎて、
感謝もせず、素通りしたかもしれない。
このことかも、あのことかも。
いや、まだ、ひとつも起こってはいないのでは。
その時その時のコンディションで、
ふたつのいいことは、立ち現れたり、沈んでいったりする。
実際にあったって、なくったって、本当の本当のところは、
実はどうでもいいことかもしれない。
だけど、間違いなく、
この具体的に自分が起こした行為について、
誰かがそう言ってくれたことの事実は、
自分が閉じているときも、開いているときも、
「明日」という方向を指し示していてくれた。
にんじんを頭からぶら下げて、
食べよう食べようとして、
走るパン食い競争風な、お馬ちゃんのように。
にんじんを、ふたつのいいことだけを見つめて、
ここまで来たんだ。
★
あぁ~、もうだめ。目が痛い。
今度はいつ書くことが出来るでしょう。
でも出来れば、8ヶ月以上はあけたくないです。