3回連続になってしまいますが、旬な話題で新情報もどんどん出てくるので番禺太石村事件を引っ張らせて頂きます。
今回の事件の最大の特徴は農民が法律を盾に戦っていることです。陳進生村長(村民主任委員会)罷免動議を番禺区政府民政局に提出しようとして断られると、今度は署名活動。中国の法律によると村長罷免動議は300名の署名で成立するそうですが、その数を大きくクリアしたため動議成立、太石村のひとつ上の行政単位である魚窩鎮政府(ちなみにそのひとつ上が番禺区政府、その上が広州市政府)によって9月11日、その旨が太石村に知らされました。
法律に即して手続きを進めた村民たち。それを支えたのが、村民にはどういう権利があり、それをどう行使すればよいのかを懇切に教えた人権活動家です。軍師ですね。そしてそれに啓発されたのかどうか、そこら辺の事情が不明なのですが、やがて村民の中に積極分子が出てきます。当局から「首謀者」とされている馮秋盛氏がそのひとりです。
馮氏は村民の間に法律知識を広めることに努め、なぜ村長を罷免する必要があるのか、罷免するにはどういう法手続きが必要かを説いて回りました。署名活動も当初村民たちは気乗り薄だったそうですが、馮氏が講習会のようなものを開催することで、法律を武器に自分達の権利を行使することについて村民に自信を持たせ、ついには村長罷免動議成立までこぎつけた、というものです。
●香港紙『明報』(2005/09/14)の関連記事。
http://hk.news.yahoo.com/050914/12/1gmvc.html
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この間、ネット上で声明を発表したり言論活動を行うなどした反体制系知識人の存在も、村民の背中を押す一助になったという点で側面援護になっています。同時に、太石村の事件を広く伝える役割を果たしたといえるでしょう。
ところで「今回の事件の最大の特徴は農民が法律を盾に戦っていること」と上に書きましたが、村民たちが戦っている相手は誰なのでしょう?それは「官」のようでもあり、実は違うようでもあります。正確にいえば、中国全土に蔓延する「法制あれど法治なし」という「人治」の現状であり、同時にあくまでも「人治」を堅持しようとする「官」、ということになりますか。
これをさらにつきつめると法制や政府よりも中国共産党が優先される「国情」が元凶、あるいは法制や政府の上に立つ中国共産党が諸悪の根源、ということになりますが、反体制系知識人はともかく、太石村の村民はさすがにそこまでは考えていないようです。ただ当局は、村民ひいては国民の意識がそこまで高まることが中共政権維持にとって致命的な打撃になりかねないことを肌で感じていることでしょう。
ですから国民を「愚民」のままにしておくのです。反抗の色をみせたり、法に基づいて権利を主張するなど意識の高まりの兆候を察したら、火の手が上がらないうちに力づくで叩き潰す、というのがデフォ。その実例は昨年来の紹介している農民暴動などいくつもありますし、火の手が上がってしまったためにやむなく軍隊を投入して武力鎮圧したのが1989年の天安門事件(六四事件)です。
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だからこれもデフォということになるのでしょうか。村長罷免動議が成立したのが9月11日、ところがその翌日である12日に警官隊が……というのは前回ふれた通りです。そしてその夜、複数の反体制系ニュースサイトによると、番禺地区のテレビニュースで太石村の村民を悪者扱いする報道がなされたとのことです。
「近ごろ、わが番禺区の魚窩鎮・太石村で村民の一部が非合法に集結し、村民委員会に圧力をかけるという状況が発生している」
「一部の不法分子はある種の企てを達成するため、ごく一部の無知な村民を煽動して村長罷免の名目で村民委員会を占拠し、その財務室を封鎖、また幾度にもわたって番禺区や魚窩鎮の担当職員や同村の幹部を職務を妨害するなどの行為に及んでいる。」
「9月2日以降、村民委員会の職務は麻痺状態であり、これは社会の安定に深刻な影響を及ぼし、好ましくない影響をもたらすものである」
「番禺区党委員会政法委員会の副書記兼維安総治弁公室の陳樹桐主任は、番禺区党委・番禺区政府はこの事態を重視していると表明。関係各部門に対し、政治の高みから、また社会の大局安定を維持するという高みから、全力を以て太石村の問題解決に取り組むよう求めた」
●「博訊網」(2005/09/16)
http://www.peacehall.com/news/gb/china/2005/09/200509160024.shtml
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「一部の不法分子」
「ある種の企て」
という言葉から、当局がこの騒ぎを社会問題ではなく政治問題だと位置付けたことがわかります。そしてここには、太石村の村民が法に則って行った署名活動や、それによって魚窩鎮政府が村長罷免動議の成立を認めたことが全く出てきません(「なかったこと」にされたようです)。
1989年の民主化を求めた学生デモが「動乱」と認定され、天安門事件に至っては「反革命暴乱」との政治的評価(定性)が下されたのと同じです。太石村の村民たちが実施した合法的活動を法律を基準に論ずることなく、「政治的に悪」という中国共産党の価値観で断罪している訳です。
12日に太石村で非合法集会が開かれたため警官隊が突入したのだ、という理由付けがなされているという説もあります。前回紹介した村民のコメントの中に、
「おれたち村民は村民大会を開いて、村長の罷免を決めようとしていただけじゃないか」
というものがありました(香港紙『蘋果日報』2005/09/13)。11日に村長罷免動議が成立したことで、罷免するかどうかを決める村民の集会を以て「非合法集会」と無理矢理こじつけたものかも知れません。そうでもしない限り、警官隊が出動した理由づけができないからでしょう。
このときに警官隊は太石村・村民委員会の財務室から会計書類など一切を持ち去りました。これについても別の村民の証言があり、実は事件の前日に政府の担当者が同村を訪れ、会計書類をコピーして持ち帰っているというのです。その翌日に警官隊が突入して今度は原本を奪っていったのは、陳村長の汚職という事実の証拠隠滅を図るためといわれても仕方ありません。
●反体制系ニュースサイト「大紀元」中国語版(2005/09/15)
http://www.epochtimes.com/gb/5/9/15/n1053213.htm
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ところがここに来てまた事態が一変しました。村民の合法的行為(署名活動)を受け入れた筈が翌日には一転して悪者扱い、かと思えば再び一転して太石村村長選挙が実施されることになったのです。
番禺区政府が15日に発表したもので、日時は9月16日午前9時。番禺区政府は候補者として7人の名を挙げていますが、他に村民たちが自分達で候補者を立ててもよいとのことです。
今日公示して明日投票という慌ただしさは、もちろん村民ひいては村民を間接的に援助している反体制知識人たちに時間的余裕を与えないためでしょう。ネットなどを通じて事件の波紋が全国に広がるのを防ぐ目的もあるかと思います。
とりあえず12日夜にニュースで流れた「政治的に悪」認定は引っ込められたようですが、あまりに急な村長選挙に村民は不満なようです。
というのはこの選挙が「村長改選」を掲げているからです。「改選」では村長が任期満了になったか、あるいは病気などの理由で職務遂行が不可能になったために選挙をやるかのようではないか。……というもので、村長罷免が理由ではないという位置付けなのです。
要するに村民たちによる「罷免動議」が「なかったこと」にされ、同時に罷免理由だった村長の汚職疑惑がこれによってパッと消えてしまう訳です。この点、警官隊がすでにコピーして当局の手にある会計資料の原本を全て持ち去ったことと見事に平仄が一致しています。
当の陳村長は不測の事態に備え、すでに太石村を離れて魚窩鎮政府で村長としての仕事をしているといわれますが、限りなくクロに近いとされる汚職疑惑、これが事実なら少なくとも番禺区、あるいは広州市の要路者にまで鼻薬を効かせているのではないかと思われます。
●反体制系ニュースサイト「大紀元」中国語版(2005/09/16)
http://www.epochtimes.com/gb/5/9/16/n1054276.htm
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で、この先どうなるの?と聞かれても、これだけ二転三転してしまうともちろん私にはわかりません(笑)。ただ今回の一件は農民が法治意識を持ち、法に基づいた権利行使を「官」に求めたことが主題であるという点において「民主化運動」であり、『南方都市報』や反体制系知識人たちが画期的と評価したように他の農村争議とは全く異質なもの、ということを改めて強調しておきます。
さらに人権活動家が軍師についているというのは一種のオルグ活動ということができます。これは中共が政権を樹立するために当初地下活動として地道に行ってきたことと同じで、革命活動そのものと言えなくもありません。ただし中国国内では中共が革命政権な訳ですから、こうしたオルグ活動は「反革命」になってしまいますけど(笑)。
いや、これは笑って済まされないことです。太石村村民の活動を法律顧問として直接支援してきた郭飛雄氏が突如失踪し、9月12日から消息不明となっています。
http://asiademo.org/news/2005/09/20050914.htm#art01
今回の騒動、見方によっては農民暴動や都市暴動といった「キレる」ことで起こる騒ぎよりも中共にすれば「危険」な事件でしょう。当局にいつもの問答無用・一刀両断的な腰の強さがみられず、事態が二転三転するのも不可思議です。続報を待ちたいと思います。
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この記事を中国BLOG記事アーカイブプロジェクトに推薦しておきました。
http://www.chinawalkers.net/weblog+details.blog_id+66.htm
これを読みますと、新聞の中国報道には中国側から物凄い規制が課せられていて、それを外れると逮捕、監禁の危険性もあり、中国の実情、中国共産党にとって不都合な部分は一切報道できないことがよく分かります(その中でも古森さんという稀に見る凄い人と、それを支える優れた経営者がいた産経新聞と、中国の忠実な御用新聞となっている朝日新聞とではずいぶん開きがあることが興味深い点です)。ともかく新聞はそういう規制を受けての報道です。
御家人様、頼りにしています。中国の実情をどんどん報じ続けてください。中国の実情を伝えるのは(御家人様の)ブログしかありません。
http://www.jetro.go.jp/biz/world/asia/hk/topics/29163
【香港】横琴島をスーパー経済特区に
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050914-00000020-nna-int
広東省はこんなイケイケなことを計画中。バミューダ諸島をモデルにしたタックスヘイブンですと。
http://www.jetro.go.jp/biz/world/asia/hk/topics/29163
【香港】横琴島をスーパー経済特区に
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050914-00000020-nna-int
広東省はこんなイケイケなことを計画中。バミューダ諸島をモデルにしたタックスヘイブンですと。
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