鉄風味な写真日記

~管理人ガトーが、気まぐれにテキトーに書く日記と、撮って来た写真を貼り付けるトコです(笑)~

1951年製造グループです。 伊予鉄道モハ50形 #1

2018-01-21 21:30:44 | 伊予鉄道

長崎電軌もまだ貼り終えてないトコ申し訳ありませんが、今回から伊予電鉄を貼っていこうと思います(苦笑)

このモハ50形なんだがウィキペデアによれば自社発注車と他社から譲渡された車輛があるらしいんだが、自社発注車は1951年〜1957年製の前期形と1960〜1965年製の後期形にわかれるとの事。
ちなみに他社譲受車は呉市電1000形1001-1003と南海電気鉄道和歌山軌道線321形324号の4両だが2001年までに全て廃車との事。

そんな訳で今回は1951年製のモハ51-53の3両を貼るとしましょう。
↑は昨日、市役所前で撮った伊予鉄道モハ50形52の松山市駅行き…松山城と県庁をバックに撮ってみましたよ。

おまけ


そして↑はもう1台のカメラで撮った動画となります…道後温泉行きのモハ61と松山市駅行きのモハ52の離合シーンなんだが、残念なことにスチルのシャッター音が入ってしまいました。




↑は昨日、古町で撮った1系統環状線のモハ52…郊外電車の高浜線を斜めに横切りホームのあるコチラ側に向かって来るトコですな。




そして↑は昨日、本町6丁目で撮った松山市駅行きのモハ52と電車待っている乗客の皆様…コチラは単線の専用軌道区間なんだが↑は2系統の古町方面ホームなんで電車は華麗に通過して行きましたよ。




で、↑は振り返って撮った停車中のモハ52。
ご覧の様に1系統上一万方面ホームは国道196号の踏切の先にあるんですな…しかし、ビルとビルの隙間に電車が居るのも何だかシュールな画ですなあ(笑)



そしてここからは古町車両工場で撮ったモノなんだが全て、敷地外から撮ったモノとなります。



↑は昨日、古町車両工場で撮ったモハ53…ご覧の様に鉄道線の車輛達やモーターカーやらと並んで留置されておりましたよ。




そして↑はモハ53の新扶桑金属(←1952年に住友金属に商号変更)製KS40J台車…ええ、以前貼った阪堺モ256(元京都市電1800形)と同じ台車ですな。





で、↑は昨日に撮ったモハ51…車庫の隅っこで寝てたんで撮っておきましたよ♪
なんでも今、伊予鉄道は全ての電車とバスをオレンジ1色に塗り替える「IYOTETSU チャレンジプロジェクト」の真っ最中との事で、市内線現役最古参なモハ51も↑の様なお姿になる羽目に。
いや〜、オレンジ化の波が結構なトコまで進んでいると聞き今回の松山行きとなったんだが実際、↑の様な古いモハ50形やモハ2000形にも容赦なくオレンジの刑が処されているのを見て驚きましたよ。

しかしJR西日本の黄色いヤツもそうだが、古い車両に単色でこんなに彩度が高い色で塗りつぶすと違和感しか涌かないんだよなあ。




で、↑はモハ51のすぐ横を郊外電車である3000形3508Fの横河原行きが通過して行くトコ…郊外電車はまた後日貼るがコチラもオレンジ化の波は進んでおりました。



そして↑はモハ51のKS40J台車に貼られていた銘板…扶桑金属とあるが1949年に会社が解散してるんで新扶桑金属製です。





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